第50話 微熱

 朝食を済ませてシュナンとセイヴァル様の部屋の扉の前に来た。兄が先に来ている筈だけど、何だか嫌な予感。


 コンコンっ。


 扉をノックして返事を待つ。


「・・・ロザリオ?」


 扉1枚隔てた向こう側からビションフリーゼの声が聞こえる。


「ビション?開けるよ?」


「ダメダメダメダメ!!!」


「・・・んじゃ開けないけど。」


 暫く扉の前で待っていると、兄が不服そうな表情でひょっこりと顔を出した。


「なかった。」


 ビションフリーゼが兄の足下の方から這い出す。完全に腰が砕けている。


「・・・アタシ。見てはイケないものを見ちゃったワ・・・。野獣ヴィダル様・・・。」


 一体、何があったの?


「ヴィダルのせいで、すっかり目が覚めた。」


 上半身裸のセイヴァル様が腰から下にシーツを巻いて奥から出てきて、不機嫌そうにそのままシャワー室に入っていった。


 何故、裸?


「ついでにセイヴァルも身体検査しといた。アイツにも印、無かったな。」


「『ついでに』って。」


 要するに寝ている二人の身包みを無理矢理剥がしたのか。もう少しやり方無かったかなー?もしかして、シュナンもまだ裸?

 何だか頭がクラクラする。


「お兄様。私、礼拝に行ってますね・・・。」


「うん?一緒に行こうか?」


「ビションと行きますので大丈夫です。お兄様は二人に付いてて下さい。」


 腰砕けのビションフリーゼを拾い上げて礼拝堂に向かった。

 礼拝の後で父の様子を見に行こう。


 ラグドール神殿は最高神ヴィシュヌ様を祀っている。他の神殿の彫像は普通の人間サイズだけど、ヴィシュヌ神様はその2倍の大きさで美しさと迫力がある。

 ビションフリーゼはまだフニャフニャしているので、私の膝の上に乗せて礼拝した。


 ダメだ。

 何だか熱っぽい気がする。

 寝不足かな?


 父の所に行く前に少し休もうと、少し怠さを感じる体で立ち上がった。よろけながら礼拝堂を出ようとした所で、礼拝にやって来た神官達の団体に出会した。


「ああっ。」


「ロザリオ様・・・。」


「美しい。」


「まるで女神様のようだ。」


 私を見る神官達の瞳。

 この瞳は知っている。


 なんで?


 どうして気づかなかったのか。

 男性神官達の瞳が『おねだりの術』にかかった時の兄の様になっていて、入り口は完全に塞がれている。数人いる筈の女性神官の姿を探すが何故か見当たらない。

 そうだ、こんな時こそ、例のアレの出番だ。

『悪魔から身を守る聖なる香水』。


「なんか、・・・臭くねぇ?」


「うわっ!ヤバッ!窓開けろ!」


「鼻が曲がる!」


 効果絶大です。蜘蛛の子を散らすように四方に走り出す神官達。

 恐るべし。『悪魔から身を守る聖なる香水』。最早、この香水が悪魔級なのではないかという気もするけど。


 まだ痛む頭を押さえてラグドール神殿での自室に向かって、ビションフリーゼを引摺った。ゆっくり眠りたいから、この香水は暫く付けたままにしよう。

 寄宿舎までの道程が遠く感じる。


「リオちゃん。」


 背後から声をかけられて振り返ると、眼帯をつけた父が大神官室の前で立っていた。


「お父様。具合はもう良いのですか?」


「うん。それよりリオちゃんの方がキツそうだ。パパの部屋で休んでいきなよ。」


 大神官室の隣が父の私室だった。あの部屋で休めるかわからないけど、とりあえず一刻も早く横になりたかった。少しだけでも休ませてもらおう。


「ありがとうございます。」


 父に促されてあの例の部屋に入る。

 まだトリップしちゃってるビションフリーゼとベットに横になった。自分の顔に囲まれて寝るのは不思議な感覚だけど、すぐに心地よい微睡みの世界に。


「リオちゃん。パパ、隣の部屋にいるから何かあったら呼んでね。」


「・・・ありがとうございます。」


 父はもう大神官の職務に復帰しているようだ。昨日より顔色は良いようだけど。

 あれ?そういえば、私、あの香水つけてるのに父は何の反応も見せなかったなぁ。臭くなかったのかな?

 ビションフリーゼの黄緑色の羽毛に顔を埋めた。癒される・・・。

 父が部屋を出て扉を閉める音を聞きながら眠りに落ちた。



 夢の中、溶かしたバターの中にいるような不思議な空間に、9柱の神が私を囲んで見下ろしている。まばゆい光に包まれた御神体は、その姿をはっきりと捉えることができない。


「さて、時が来た。

 そろそろ誰の嫁にするか決めよう。」


 神様の内の一柱が声高に言った。狭い空間にいるような反響する声。


「そっか。そんな時期か。何年ぶりの嫁?」


「あー、100年位?」


「俺達にとっては刹那だけどな。

 退屈しのぎにはなる。」


「どうする?またじゃんけんにする?」


「あれ?

 つーか。まだ全然子供じゃん。」


「んじゃ、お前パス?」


「いや?

 顔は好みだから欲しい。もちろん参加。」


「じゃんけん強いからな~。クリシュナ。

 何人目の嫁だよ。」


 次々に何柱かの神様がお話するけど、反響する声に誰が発しているのか定まらない。

 ただ、憧れのクリシュナ神様のお顔を拝見したくて、目を細めたけれど、やはり後光が眩しくて見えない。


「ねぇ、ボクもソレに参加させて?」


 背後に立つ人の気配。

 ううん。違う。人ではない者の気配に気づく。


「権利はあるよね?

 だって、ボクも神なんだから。」

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