第47話 封印

「リオちゃん。」


「はい。」


 父が私に向かって手を差し伸べた。その手をそっと握る。


「君に言ってなかったことがある。

 ダル君も聞いてくれ。」


 いつになく真剣な父。

 あまりにもシリアスな雰囲気に、不謹慎にも笑っちゃいそうだ。


「キャル君。・・・キャルロットの事なんだ。」


「セラフィエル様の事?」


 頷く父の金色の右目が鈍い光を放つ。


「・・・先の大戦で、僕とジンはキャル君のその身に、魔王を封印した。」


 先の大戦はラグドール皇国と魔王ルシファー率いる魔王軍との戦争。セラフィエル様の活躍で魔王軍に勝利し終戦したと聞いているけど・・・。


「・・・ありえない。」


 掠れた声しか出ないし、手が汗ばんできた。


「セラフィエル様は騎士とはいえ、魔力のないただの人間ですよね。そのセラフィエル様の身体に魔王を封印するなんて・・・。」


「無謀だ。」


 私の代わりに兄が強い口調で続けた。父が目を臥せて頷く。


「あの時はそうするしか無かったとしか言えない。僕もジンも限界だった。

 ・・・魔王もね。

 瀕死だった魔王がキャル君の身体を乗っ取ろうとしたところを、そのまま封印したんだ。」


「じゃあ、私がシンガプーラ神殿で見たは魔王ルシファーだったのですか?」


 あの邪気に満ちた禍々しい黒い翼を思い出す。


「間違いない。」


 ジン副大神官が言った。


「元々、精神力の強いヤツだったからか、魔王を封印したキャルロットの身体に暫くは何の変化もなかった。そして、我々も監視を怠らないようしていた。

 ところが3年前、自分の身体の違和感を感じたキャルロットが俺達の元にやって来たんだ。」


「魔王が復活しかけていたのですね?」


 私の言葉に父とジン副大神官が頷く。


「キャル君の身体の中でジワジワと力を蓄えていた魔王は、今度こそキャル君の身体を乗っ取ろうとしていた。

 やむを得ず僕達はキャル君から魔王の身体を引き離そうとした。」


 父が深く息を吐いた。


「引き離そうとしたけど、できなかった。

 どういうわけか、キャル君の気力が引き離そうとする力に耐えられなかったんだ。

 悪魔は精神的な弱味や闇につけこむのが上手いから、キャル君の何らかの心の不安要素が押し広げられたのかもしれない。」


 シュナンの背中を突き破り、這い出そうと力づくで藻掻く黒い翼を思い出していた。

 たぶん父とジン副大神官の二人なら、セラフィエル様から魔王をあんなに強引に引き離す事はないだろう。


「あらゆる手を尽くしたけど、もう、キャル君ごと葬り去るすべしか思い付かなかった。」


 宿主を失った悪魔は滅ぶ。それが魔王にも通用するかはわからないけど。


「キャルロットもそれを望んだ。」


 部屋の酸素が足りなくなったように息苦しく感じる。3年前と言えばラグドール皇国の英雄セラフィエル様が失踪した時期だ。


「そんな・・・。

 セラフィエル様が死んだ?」


 ビションフリーゼが目を見開いて愕然と呟く。


「待ってください。

 じゃあ、あのキャルロットは・・・?」


 兄が父のベットに身を乗り出した。


「うん。本人だよ。

 キャル君、死んでないから。」


 何で紛らわしい言い方したんだろう、このオッサン。


「大神官と俺はキャルロットの運命を、ひとつの希望に託すことに賭け、一時的にキャルロットの身体を魔王ごとラグドール神殿に封印した。」


 父が私の手をぎゅっと握り返した。


「僕には無くて、リオちゃんにある力。」


『魅了』。

 異性の心を掴む誘惑の能力だ。


「もう少しリオちゃんが大人になってくれるまで、封印は持つと思ってたんだけど、これだけは予想外だったね。

 でも、リオちゃんのワンちゃんには魅了の効果があったようだからそれで充分だ。

 今度こそ魔王を引き離し、掌握できる。」


「シュナンが私の前に現れたのは、偶然ではないということですか?」


「それは運命とか、神のお導きとしか言えない。

 僕達が気づいた時にはキャル君の身体がラグドール神殿の何処にも無かった。」


「記憶喪失で声が出ない呪術は誰が?」


 父とジン副大神官が首を横に振った。

 どうやら二人ではないようだ。


「それはキャルロットじゃないか?

 アイツが呪術についていろいろ聞いてきたことがある。」


 兄が言った。

 何故シュナンが血塗れだったのか、呪術を使ったのが本当にセラフィエル様だとして、何故使う必要があったのか疑問が残る。


「お父様。

 何故このタイミングで打ち明けて下さったのですか?」


「本当はね、僕達の尻拭いをリオちゃんにさせたく無かったんだ。

 今でも他に方法が無いのか模索中だよ。」


 父が左目を押さえた。


「でも、僕にはもう力は無い。無くなってしまう。

 リオちゃん。ゴメンね。

 もう君に頼るしか無くなった。」


「わかりました。

 私、セラフィエル様をお救い致します。」


 これ程までに弱った父を見るのは初めてだった。いつも飄々として物腰柔らかにずっと私を助けてくれた父に、今まで守って貰った恩返しをしなきゃいけない。


「セイヴァル様は大丈夫でしょうか?」


 こうしている間に魔王が復活しないのだろうかと急に不安になった。

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