第45話 緊急事態?
大神官である父が倒れたとの一報を受け、私達はコラット神殿に戻った。
先に戻っていた兄のヴィダルとアイレン先輩が神殿のエントランスでコラット神官長と話をしていたが、私とビションフリーゼ、シュナン、セイヴァル様の姿を見つけると会話を中断した。
「ロザリオ神官。」
神官長に名前を呼ばれて3人がいる輪に加わった。3人とも神妙な面持ちで私を見つめている。
「神官長会議で特例が出た。」
神官長が私の目の前で書簡を広げた。
コラット神殿の研修修了証。
「俺とアイレンは今からラグドール神殿に行く。」
修了証を受け取るのを確認して兄が静かに言った。修了証から目を外して兄の顔を見ると、その青みがかった栗色の瞳が僅かに潤んでいる様な気がする。
「ロザリオ神官。いや、ロザリオ=ビアンコ次期大神官。」
「・・・はい。」
「次期大神官にもラグドール神殿への召集命令がかかっている。」
頭が混乱していて兄の言葉を理解するのにとても時間がかかった。
え?私、コラット神殿の研修あと2日あるけど終了したの?ラグドール神殿に行くの?
「鉱山の様子も気になるけど・・・。」
「その点は心配いらないだろう。皇都からも調査が入るだろうから・・・。」
また神官長と兄、アイレン先輩とで会話が始まった。暫く呆然と立ち尽くす私。
「ロザリオ、荷物を纏めないと。」
肩の上にいるビションフリーゼが私の顔を覗き込んだ。
「ロザリオ?」
たぶん震えていた。
震える私の手をシュナンがそっと握ってくれていた。顔を見上げると、紫色の瞳で優しく見つめてにっこりと微笑むシュナン。
「あの、お兄・・・副神官長。
召集期日はいつなのでしょうか。
私、もう出発した方が良いのですよね?」
「ああ、それも特例で魔法陣で行くんだよ。緊急だからな。」
ラグドール神殿まで歩かなくていいの?それはそれで嬉しいような・・・。
ん?
「緊急って・・・。」
「ピッテロ様、死んじゃうんですか!?」
私の言葉を遮ってビションフリーゼが叫んだ。人の肩の上で羽をバサバサするもんだから、とても鬱陶しい。
狼狽するビションフリーゼの首根っこを突然兄が掴んだ。
「縁起でもねーこと言うな。クソ鳥。
それを確認しに行くんだよ。今のところ身内しか大神官にお目通りできないらしいからな。」
アイレン先輩が私とシュナンを見た。
「魔法陣でラグドール神殿に行くとして、問題がひとつあるんだよね。」
「問題?」
「あの魔法陣は一度行ったことのある場所にしか行けない。」
「そうですね。」
「ロザリオさんはいいとして、シュナンさんは魔法陣を使えるかな?と思って。」
「あっ!」
そっか!シュナンってば、記憶喪失中だったんだ!
その場にいた全員がシュナンを見ているのだけど、シュナンはニコニコしているだけだった。前から思っていたんだけど、シュナンって小さい子供みたいな時もあれば、急に大人びた表情をする時があるんだよね。どっちも可愛いからいいんだけど。
「キャルロットだったら何度かラグドール神殿に行ってるけどな。」
今までの様子を遠巻きに見ていたセイヴァル様。腰に帯刀した大振りの剣が神官の制服には不釣り合いに見える。
「キャルロットが行ったことあってもなー。記憶喪失の人間の場合どうなるんだ?」
「前例がないからなんとも。」
兄に尋ねられてアイレン先輩が顎に手をあてて考える様な仕草で答えた。
「あ!そういえば!」
荷物から赤い表紙の手帳を取り出し、シュナンが描いたラグドール神殿のページを開いて皆の目の前にかざした。
「シュナンの記憶にはラグドール神殿が残っていたみたいだから、行けるんじゃないでしょうか。」
「行けるかもしれないね。」
「良かった。」
アイレン先輩の言葉にホッとする。
シュナンは相変わらず私達の会話をニコニコしながら聞いていた。
「失敗してどっかに飛ばされたりして。知らない国とか。異空間とか。」
またいつもの兄の妄想癖が始まった。
この顔は本気で失敗して欲しいとか思ってる顔だ。
「過去とか未来とかもありそうだな。」
「そんなことにはならないよ。
その場に留まるだけだよ。」
「試したことあんのか?アイレン。」
アイレン先輩の一言で妄想話が終了。
「もし、ラグドール神殿まで行けなかったらどうしましょう。」
「その時はオレがカルラで連れて行くよ。ロザリオは大神官の元に急いだほうがいい。」
セイヴァル様がシュナンの腕を掴んだのを、シュナンが怯えた仔犬の様な目で私とセイヴァル様を交互に見つめている。
神官の制服があまりにも似合っていたから、今までうっかり忘れていたけど、セイヴァル様はラグドール皇国第一皇女アリア様付きの騎士様だった。神官の格好をして私達と今一緒にいるのも、シュナンの正体がラグドール皇国の英雄キャルロット=セラフィエル=ソーヴィニヨン様だからだ。
「もしもの時はお願いします。」
ラグドール神殿に行ったらシュナンの記憶が戻るかもしれない。記憶が戻ったら私達はもう一緒にいられない。離れてしまえばどうなるか想像できないくらいに私とシュナンは一緒にいすぎた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます