第43話 銀色の鱗

「逃げるか?」


 さっきより勢いを増す黒い獣を見据えながらセイヴァル様が言った。先輩神官達が私とセイヴァル様のいる所に獣を近づけまいと鬼気迫る表情で戦っている。


「もう、見つかったんですから逃げても一緒です。戦いましょう。」


「ヴィダルに怒られない?オレ。」


 大振りの剣を肩に担いでセイヴァル様が溜め息混じりに言った。

 私はセイヴァル様に防御の魔法をかけた。


「大丈夫です。」


 乱闘場から黒い獣が1頭こちらに飛びかかってくるのを、セイヴァル様の剣が鮮やかに斬り裂いた。


 ドォン!!


 という爆発したような音と共に、私達のいる所から西側の鉱山中腹から火柱が立つ。


「噴火?」


 噴石が雨の様にバラバラと飛んできた。咄嗟にセイヴァル様が、噴石から庇う為に身を低くして私に覆い被さった。


「いや、デカいのが出てきた。」


 収まった噴石を確認してセイヴァル様の肩越しにその姿を見つける。


 ドラゴンだ。


 銀色の鱗に長い尾と鋭い鉤爪。広げた翼は10メートルはあるだろうか。群青色の瞳でこちらに首をもたげている。


「セイヴァル様!」


 ドラゴンに気を取られていた私達の元に、いや、正しくはセイヴァル様の背中に、青い炎の球が飛んできたのを、私が魔法で作った光の盾で弾いた。


「チッ、外したか。」


 黒い獣の頭を長剣で串刺しにしたまま、兄がこちらに左手を翳して舌打ちした。

 ホントに何考えてんだ、この人。


「お兄様・・・。」


「ヴィダル!?

 お前、何やってんの!?」


 呆れる私と、何が起きたか判らず混乱している様子のセイヴァル様。


「リオが魔物に襲われてたからな。」


 兄はしれっとした表情で長剣に付いた血を払い鞘に納めた。立ち上がった私とセイヴァル様の元へ近付いてくる。


「お兄様。そんな戯れ言を言っている場合ではないです。」


 銀色のドラゴンが私達のすぐ頭上までやって来ていた。翼からの風圧で体が持っていかれそうになる。

 ドラゴンの口が大きく開き、口の中のギザギザの大きな牙が顕になった。


「あれ?コイツさっき穴の中で仕留めたヤツか?」


 兄が魔法を放とうと右手をドラゴンに向かって翳した。


「いや、全然違うだろ。さっきのより明らかにデカくね?色も緑だったし。」


 セイヴァル様も大振りの剣を両手に構える。

 ドラゴンの喉の奥が光りだした。


「セイヴァル。

 穴の中と違ってコイツ飛ぶから、お前何にもできないし。役立たず。」


「あのカルラって戦闘用?」


 セイヴァル様がチラリと待機中のカルラに目をやる。


「ただの移動用。」


 ドラゴンの口から赤い炎が放たれた。

 兄の防御魔法で炎が霧散する。辺りに蒸気が立ち込めた。


「あー、んじゃ魔法で羽、狙ってよ。

 墜ちてきたとこヤるから。」


「了解。」


 言葉と同時に兄が青い光の弾丸をドラゴンの右翼目掛けて連続で放った。

 ドラゴンは雄叫びをひとつあげて、その翼の風圧で弾丸を一蹴した。


「・・・効いてませんね。」


「あれ、魔法効かない系?」


 立ち尽くしてドラゴンを眺める私達。


「ヴィダル。」


 黒い獣の数が落ち着いてきた様でアイレン先輩と数人の先輩神官がこちらに援軍にきてくれた。


「はい、それじゃ皆でアイツの羽狙いで総攻撃ーー!

 アイレンとリオは援護ヨロシク。」


 兄の指揮で先輩神官達が一斉に構えた。

 一発目の青い光の弾丸を機に魔法の弾丸が無数の矢の様にドラゴンに襲いかかった。空高く舞い上がり旋回しながら攻撃を避けるドラゴンに、容赦なく撃ち込まれる弾丸の嵐。


「やっぱり効いてねーな。」


 翼で弾かれたりもしているのだけど、体に当たった光の弾丸も固い鱗のせいか、大したダメージにはなっていないようだ。


「剣や槍でも効かなそうですね。」


「こういう時は目とか口の中が弱点ていうのが相場だよね。」


 兄とアイレン先輩と共に上空のドラゴンを眺めていると、ドラゴンの動きが止まる。まだ先輩神官達の攻撃は衰えていない。


「ロザリオ!来るぞ!」


 翼を畳んだドラゴンが地上に向けて真っ逆さまに急降下してきた。迷わず一直線に私達の方に向かってくる。

 剣を構えて応戦するセイヴァル様。跳躍してドラゴンに斬りかかる。セイヴァル様に防御魔法をかけて、私とアイレン先輩が後方に飛び退いた。

 セイヴァル様が振りかぶった剣が、降下するドラゴンの首元を捉えた様に見えたが、やっぱり銀色の鱗に弾かれる。


「助太刀するぞ。セイヴァル。」


 兄が青い光の弾丸をドラゴンに撃ち込む。かなり適当な感じに撃っているので、セイヴァル様にも時折当たりそうになる。


「やめろ!ヴィダルっ!やっぱりバカっ!」


 ドラゴンの繰り出す鉤爪攻撃と兄の魔法攻撃にセイヴァル様が慌てている。チラリと兄を見ると楽しそうに笑いながら攻撃している。こわ。

 可哀想なので助けてあげよう。


 私は腰に差していた細身の長剣を抜いた。自分の親指を刀身に軽く当て、小さく傷を作る。すぐに赤い血液が滲んできたので、それを刀身に垂らし、その刃に口づけした。


「あなたは最強の剣。

 あなたに斬れない物は何も無い。」


 血の契約だ。


「セイヴァル様!

 助太刀致します!!」


 ドラゴンの攻撃と兄の邪魔に苦戦するセイヴァル様の元に走った。兄の光の弾丸を剣で弾き、振り上げたドラゴンの右腕を、そのまま斬り払う。


 ボトリと音を立ててドラゴンの銀色の右腕が地面に落ちた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る