孤独は蠱毒

むぎちゃ

狂人乱文

 遠い世界。


 私達が知らない、途方も無い程、遠い世界。


 人間は機械を捨て、自然に回帰した。

 互いに其の身を食い合う、破滅の未来から逃れるために。

 再び見えざるものに畏怖し、再び神の存在を信じた。

 重力崩壊が如き収縮を始めた人間へ、古代人はメッセージを残していた。

 哀れな全能感に、僅かな自身への嘲りを添えて。


「何それ、雷さまみたいにチカチカ光って目が痛いよ」

「まあ見てみなって。これが昔の人が信じた神さまのかけららしいぜ。言い伝えの歴史には無理矢理線で結んだ、ウソばっかり散りばめられてる。"レキシシュウセイシュギ"ってやつさ」


────


 蠱毒、という言葉をご存知だろうか?

「様々な虫を一処に集め殺し合わせ、最期に残った一匹を使う呪術」というテンプレートを思い浮べた諸氏も居ることだろう。

本場である中国では生き残った蠱に応じて細やかに区分されており、キョンシーの雛形となった苗族なる部族により更なる先鋭化がなされていたという。

 それが古来日本では簡略化され伝わり、右テンプレートが定着、魘魅──まじないのこと、例として、藁人形の呪い──の一として忌み嫌われ、しばしば詔を以て禁止を発布していたという。


 ──我々は、これにあまりに似すぎたものを知っているのではないか?


 狂人が奇人に馬乗りに殴り掛かるのが日常の世界──そう、インターネットである。

 悪夢にも出てこない筆舌に尽くし難い手段、想像も及ばぬ経緯でのミーム汚染……

これらは「こいつは叩かれて然るべきだ」「余りにもダウナーに過ぎる、皆に見せて後ろ指をさしてやろう」という、他を貪り喰う蠱のような暴力的発想が発端なのである。その性質故真っ直ぐに壊し、壊れていく。

 断っておきたいのが、インターネットにおけるこの『日常』が匿名性によるものと思っているのなら、認識が甘いと言わざるをえない。

仮に匿名性を排斥した所で、「匿名性をかさに殴り掛かる空け」の代わりを、「実名を手にしたことで殴り掛かる権利を手にしたと勘違いする空け」が埋めるだけである。

場当たり的規制をした所で、ガワを変えた他の方法蔓延るなど火を見るより明らか──

あのグーグルでさえ、ジョークSNSとでも言うべきGoogle+での失敗に併せてこの「実名での暴力」に嵌ったのだから、その威力は推して知るべしだろう。


 では、何故この『蠱毒の壺』に嵌ってしまうのか?

 答えは簡単だ。


 楽しいのである。


 『蠱毒の壺』を用いて、揺り動かして、他者を剽かしインターネット上から抹殺するのが、楽しいのである。

ターゲットが己の引いた図面通りに動き、葬るまでもなく、虚像の嫉妬で自ら崩れゆけば尚更だ。

ある界隈を究め輩とともに頂点に立つより、一人の人間を蠱毒に落としインターネット上から消すほうが、達成感に満たされる。

正の方法で何かを成しても、物足りなさを感じてしまう。

築いた屍を踏み潰すことで、安心感を得てしまう。

一度その昏い悦びを知ってしまうと、後戻りができなくなる。


 しかしそれ以上に、これら昏い情動に身を委ね、そこより発想を得た創作を捻り出すのが、堪らなく楽しいのだ。

棒立ちの不格好な人形に、『蠱毒の壺』で得た思いつくだけの罵声と無能と滑稽さを添えて、一切の加減無くひたすらに動かし、そのさまを書き続ける。

 これはままいわれる「自己顕示欲」、もっと言えば「他人によい評価をされたい」という、低すぎる虚栄心が生む他者に理解して欲しいという我儘なのか?

いいや有り得ない。

 麻薬だ、中毒だ、と言うには容易いが、それともまた違う。

 『蠱毒の壺』には人間を惹き付ける何かがある。

 負の方向でではなく、正の方向で、だ。

 世に出しあれやこれやと囃し立てられる悶々としたさまではなく、

 しかし無垢な幼児にポルノを見せる下衆な発想でも無く、

 一切の加減のなさが生む、僅かな欠けや綻びすらなきもの。

 それをまだ出だしも着地点すらも固まりもしない中、頭のなかで思い巡らし考え、完成した暁にはどんな鵺となるだろうかと未知に馳せることが、最も愉しいのだ。

 敢えて言うなら子供が口にする「いいこと考えた」であろうか。

そこには負の感情はなく、ただただ出来上がるものへの好奇心だけがある。

 不純から絞り出された純粋。

 アンビバレンスな存在が、そこにあった。

 私が見つけた、ただひとつの真実であった。


 新しいものは、クローズドな環境から生まれるという。私もその論を信奉してならない。この見渡す限りの規制と形を変えていく暴力、そして悪意が皮肉にも創作のエネルギーに変わる、インターネットの世界が亡びない限り。


 私は、命のようにひとつで、ひとりだった。


────


「なんだこりゃ、訳が分からないや。聖書みたいなものなのかな」

「そんな訳ないだろ。この時代は誰でもこういった文章を残せたらしい。昔の人間は、誰でも神さま気分を味わえたんだってさ」

「何やってんの?」

「骨董品。10年後の俺が、歴史の探求者になるための」

「やめなやめな。少し見ていくだけならまだいい。でも、こんなものに10年も縋り付くなんてのは、他人を信じられない弱い者のすることさ。それは、人を孤独にする」

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