第十章 七日目・誕生に愛を(四)
エレベーターはそのままゆっくり下降していくと、真っ黒い強大なピラミッド型の建築物の頂上の上に来た。
「あれ、この建物は何? 前に来た時には、四角く布で覆われていたけど?」
「前に来た時は建設途中で、覆いに囲われて配線や骨格が剥き出しになっていました。ですが、ついに完成しました。これは、この星の住民の家になります。最下層には、この星の住民がいます。さあ、では、この星の住民たちに会いに行きましょう」
すると、真っ黒なピラミッドの頂点が拡がり、カプセル型エレベーターを収納できるスペースが現れた。
エレベーターが奥に移動し、階層を抜けて巨大な二枚の扉を越えると、サーバー室に到達した。
一行はエレベーターを降り、サーバー室に入った。
部屋の中央には大きな能面が二つ並んでおり、空中に浮かんで、ゆっくりと回転していた。
「まず、この星は現在の主力となっている有機系生命体ではありません。この星の住民は電子情報の集合体である、いわば電子情報生命体です。皆様の中には、これを奇異と見る方もおられましょうが、これは新たな試みであり、可能性なのです」
正宗は灰色の羽を拡げて飛び上がると、半笑いの表情をしているお多福の面の横に静止した。
「これが情報生命体の暮らすサーバーです。この中には現在、人間換算で約十万人分の個が存在し、眠っています。彼らはサーバーの中で一生を過ごしますが、遠隔操作でロボットを操り、自分たちの星を維持します」
七穂はサーバーと横に並ぶ正宗を一枚ぱちりと撮った。七穂はサーバーをジーッと見つめながら、正宗に尋ねてきた。
「情報生命体の一生を教えて」
正宗は情報生命体の成長過程について詳しくないので、グッドマンを見ると、グッドマンが頷いた。
グッドマンはスーツの背中から白い翼を生やして、正宗の隣に浮かび上がった。
「電子情報生命体は、活動を始めた直後は、ほとんど何もできない状態です。しかし、彼らは試行錯誤を繰り返し、学習して、サーバー空間の中で成長を続けます。ですが、情報生命体のほとんどは、成長の過程において行き詰まります」
七穂が不満そうに声を上げた。
「それじゃあ、進歩しないじゃないのー」
「いいえ、彼らは行き詰ると、やがて自壊します。そして、成長過程で得られてきたデータは分類され、他の情報生命体により検証されるのです。検証後に成功例は温存されます」
「でも、失敗だと思ったけど、あとでやっぱり必要だ、ってなったら、どうするの?」
「失敗はすぐには破棄されません。成功例以外は、容量に余裕がある限り十万分の一に圧縮され、保存されます。元の情報生命体がいたサーバーのメモリーは、その時点で開放されたメモリー上に新たな電子情報生命体が発生します。そうして、残ったデータの積み重ねが文明となり、発展するのです」
七穂は能面サーバーを色々な角度や距離からからカメラに収めていった。七穂は目の前のサーバーにのめりこむように撮影しながら、グッドマンに質問した。
「サーバーはどれくらい保つの?」
グッドマンはツルツルしたサーバーの表面を手で触りながら、
「サーバーは残念ながら、工場や発電所ほどには保ちません。ですが、ロボット工場の技術転用で新たに作れる程度の簡単な構造となっていますので、電子情報生命体が進化の過程で製造可能になるでしょうし、彼らはそうするでしょう」
七穂は真剣な面持ちで確認する。
「それで、歌ったり踊ったり、土地神様を祭ったりできるのよね」
「その言葉を待っていました」と言わんばかりにグッドマンは得意げに胸を張った。
「それは可能になりました。彼らは特定の関数や数列を心地よいものとして認識できるので、特定の数学的波動により、歌と踊りを踊るのです」
「もう一つ質問。電子情報生命体の種類は?」
「簡単に言いますと、拡散型と収束型の二種類が年月と共に誕生期、成長期、停滞期、再生期に変化します。ですので、合計八種類でしょうか」
「サーバーの中で、犬とか猫のペットは飼えないの?」
またまた七穂から爆弾発言が飛び出した。
グッドマンの目が大きく開かれ、声が一段とヒステリックに高くなった。
「電子情報生命体が電子ペットを飼うのですか!」
七穂はグッドマンのリアクションを見て顔を曇らせた。
「ダメ、なんですか?」
「ダメとか、そういうのではなくて、異なる種類を作るのは、そのぉ、可能ですが……」
グッドマンが助けを求めるように正宗を仰ぎ見た。正宗はすかさず、七穂の横に降り立ち、真意を問うた。
「七穂さん、なぜペットが必要なのですか? 電子情報生命体には、仲間がいます。まず寂しくないと思いますが」
「そうじゃなくってね。電子情報生命体にも、自分とは違う存在がいる、ということを学んで欲しいのー」
グッドマンは、これ以上の要望を抑えたいのか、慌てて早口に捲し立てた。
「それでしたら、前に七穂さんが追加した仕様の『花鳥風月を愛する』という項目のために、辞書ライブラリーを追加しました。電子情報生命体はそこから、宇宙には生物がいることを理解しています」
七穂は一歩つっと前に出ると、真摯な顔で発言する。
「グッドマンさん、そうじゃないの、情報生生命体にも、生きることと死ぬことを学んで欲しいの。さっきの話を聞いた限りでは、電子情報生命体には生死の概念がないじゃないの。生死を学べば、きっと他者に対して優しさを学ぶと思うの」
グッドマンは難しい顔をして、腕を組んだ。グッドマンは新たに出てきた問題でも見上るように天井に視線をやる。
「生きることと死ぬことを理解して優しさを学ぶ、ですか? それは、ちょっと、今からでは……」
この最終段階に来ての追加要求は、本当に止めてもらいたい。
でも、時間がないのは七穂も承知のはずだ。それに、七穂の考えは惑星開発の最終局面まで来てみれば、間違っていなかったのも事実だ。ともすれば、無視はできない。
本当に必要なら、己の裁量権の発動と関係部署への根回しを駆使するという、伝家の宝刀を抜くのだが、正宗にとって伝家の宝刀は確実に足腰にくるほど重たいので、できれば抜かずに済ませたい。
正宗は七穂の真意を見極めるべく、しっかりと見つめて答えた。
「わかりました、七穂さん。ですが、それはサーバーに電子情報としてペットを残しても、意味がないことです。実際に生き物がいなければダメです」
「じゃあ、生命を作ればいいわ」
正宗は首を振った。
「もう、多様な生態系を作るのは、時間的に無理です。この環境下では、生物にとっては過酷です。わかってください」
七穂は露骨にがっかりした。それでも、サーバーを優しい目で見ながら語る
「そう、無理なのね。でも、この子たちには、命について伝えたかったなー」
今まで黙っていた土地神が手を上げた。
「できることがあります。創造者様が情報生命体に直接、伝えたいことを伝えるのです」
だが、正宗は土地神の提案は理解しがたかった。七穂が自分の共感を完全に言葉にできるとも思えない。
また、仮にできたとしても、七穂の考えをグッドマンが百パーセント電子情報生命体に伝えるには、種の壁があるので難しい。
万に一つも可能だと仮定して、七穂が話してグッドマンが書いていくのでは、伝達できるスピードが遅すぎる。最終日の今日では、電子情報生命体に与えられる情報量が少なすぎて、ほとんど効果が出ないだろう。
正宗は土地神より頭一つ分ほど高い位置に浮遊し、見下ろして意見した。
「そんなこと、できるわけがないでしょう」
けれども、七穂は土地神の発言に興味を持った。
「ねえ、クロさん。土地神様は、何て言ったの?」
正宗が土地神の言葉を通訳すると、七穂は驚いたように尋ねる。
「そんなこと、できるの? クロさん、もう少し詳しく聞いて」
正宗が土地神に七穂の言葉を伝え、土地神の意見を通訳した。
「正宗さんが創造者様の意思を霊的なものに変えて、私に送ります。そして、私がロボットに電気信号として、それを伝えます。ロボットは受け取った電気信号を電子情報生命体独自の言語に置き換えます。そうすれば、七穂さんと電子情報生命体は共感できると思います。どうでしょう?」
確かに正宗はエンジェルリングを通して七穂の言葉を理解している。エンジェルリングの感度を上げて手を繋げば、もっと微妙なニュアンスや感情を受け取ることもできる。
自分は幽霊だった土地神を殴れるように体を霊体に変えることができる。そして、霊と霊は、意思を寸分も違わずに瞬時に伝えることが可能である。
更に、土地神がロボット技術に精通し、プログラムを瞬時に書き換えたり、制御したりする術に優れているのも認める。
土地神なら、自分の思うように意思を電気信号に変えて、大量の情報をロボットに伝えることができるかもしれない。
ロボットは電子情報生命体の手足や擬似的な感覚器官として機能するように作られている。そのため、受け取った情報を電子情報生命体に特有の言語や感覚信号に変えて神経伝達並の速さで伝えることができる。
理屈の上ではそうだが、そんな器用な芸当ができるのか。
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