第八章 六日目・プロトタイプ完成(一)

 正宗は出張の準備をしていた。別の星系への出張なんて、三年以上したことがなかった。

 されど、グッドマンから電子情報生命体の試作品完成の知らせを受けたので、直にチエックをしに行かなければならない。

「やれやれ、スケジュール通り進行だけど、チャンと動くのかよ?」


 口からボヤキが漏れた。仕事は少し減り、過労死の危険水域からは脱したが、うっかり口に出して喋ってしまう独り言のクセは、まだ直っていない。

 正宗は引き出しを開けて、契約書のコピーを取り出し、溜息をついた。

「今日もしダメなら、もう手仕舞いにしよう」


 正宗は忙しさから解放されるにつれ、段々と不安になってきた。

 もう惑星開発の失敗を半ば覚悟していた。今までかなりの綱渡り的な仕事をしてきたが、進めども進めども綱の先に、いっこうにゴールは見えない。こんな仕事は初めてだった。


「電子情報生命体の開発は、上手く行っても売れるとは限らないしな。何せ、元悪霊っていうコブも見つかったしな」

 正宗は取り出した契約書のコピーにある契約解除特約条項に、特に目立つようにマークを入れた。


 撤退するなら、ここいらで手を引くのが賢いかもしれない。退く勇気という奴だ。

 正宗はすでに惑星開発五日目を過ぎた辺りから、契約書に記載されている、契約解除特約を実行した場合のシミュレーションも、ボチボチやっていた。


 スッパリ諦めるほどの根性もなく、今日まで迷ったのだ。グッドマンからの試作品完成の知らせを聞いて、ようやく決心がついた。

「これは、決断のときだ」

 正宗は契約書のコピーをカバンに仕舞い、明日に備えた。


 GRCの会社は、会社を立ち上げた大学の中にあり、大学は正宗が住む惑星とは別の惑星にあった。

 大学は惑星の古い地方都市にあり、有名な大学で、その名前くらいは正宗でも聞いた覚えがあった。


 確か創立した初代学長は、有名な政治家だった気がする。

 歴史なぞ高校以来ずーっと興味を持たなかった正宗では、独りで考えても名前は出てこなかった。学長の名を言われれば思い出すのであろうが。


 大学の教育方針は『失敗を怖れず挑戦する』がモットーで、有名な企業家を何人も出していた。出身大学別の社長数ランキングにも登場した。されど、ここ十年はランキング圏外だった。

 学生の質、つまりこの場合GRCの社員の質ということにも同時になるのだが、大学入学に必要な偏差値は名門であるので、それなりに高い。


 とはいえ、一般人から見れば一流の部類には入らないのも、仕事を発注する正宗には不安の一要素だった。

 正宗は紺のスーツを着て黒い手提げカバンを手に、大学の二階にある渡り廊下を歩いていった。


 空に浮かぶ廊下は光を高密度で物質的性質を持たせ、半永久的に壊れない光凝集子でできている。そのため、開学から五百年が経っても、緑色の光沢を失っていなかった。


 それでも、大学の通路に物が置かれ、光を出す発光体は古くなっているのか、くすんだ色になり、古さを感じたりする。が、すれ違う学生は皆いずれも若々しい。

「スーツを着ての訪問なんて、久しぶりだな」


 正宗にしてみれば、大学と名のつく建物に入るのは十年ぶりくらいだ。

 大学の廊下を歩いていると、惑星開発に夢を見ていた学生時代のことが頭に浮かんだ。

 正宗は苦笑いした。

「もっとも、自分の現状をあの時に知っていたら、果たしてこの仕事に就いていたかどうか」


 そんな懐古的な感傷に浸りながら、正宗は階段を下りた。

 階段を下りた先には、ピンク色の金属の扉があった。年代が経ったいい味が出た校章が彫られている。


 扉の上には《ギャラクシー・リスク・チャレンジ(GRC)》という真新しい白い光凝集子に、墨のように黒い文字が浮き出た看板が掛かっていた。


 正宗が扉の前に立つと、校章が光り、扉が消えた。

 扉の向こうには、灰色の特殊加工石で作られた部屋があった。

 この特殊加工石は、汚れが付着しても自動分解する機能を持っている。正宗が一歩を踏み出すと、靴跡状に光を放ち、靴に付着した汚れを即座に分解していく。


 広い部屋の中には型落ちのコンピュータが載った量産型事務机が並べられていた。並べられた机の間を超高速情報伝達用ケーブルがぼんやりと光り、簡単に束ねられ、床に張り巡らされていた。

 また、部屋には窓らしい窓がなかった。が、室内は明るい。天井からは量産品の永久灯が填め込まれて白い光を煌々と放ち部屋を照らしていた。そのため、部屋では良くも悪くも時間の流れを感じさせない。


 部屋には十人くらいのラフな格好をした若い猫たちがいた。しかし、猫たちは、入ってきた正宗に挨拶することもなく、正宗の存在なぞ全く気にせず、立体モニターに向かって黙々と作業をしていた。

 黙々と作業している猫たちの座っている机の上には、作業用のコンピュータの他に食玩とペットボトル、それに書類の束が載っており、雑然としていた。


 ここがGRCの本社である。本社といっても元は大学の物置として使われていた、広いだけの半地下部屋だったそうだ。そこを大学の学生たちが企業を立ち上げた時に大学側の好意によってタダ同然の家賃で借り、自分たちの手で改装しているという話だ。


 確かに、部屋の内装を見ると、素人っポイ感じがする。

「うーん。予想以上の貧弱さだ。本当にこんな会社に発注しても大丈夫だったのか?」

 と正宗は、今さらながら思った。


 正宗が初めてやって来たGRC社の内部を眺めていると、部屋の奥の大きな机に座っていた、真新しいグレーの背広に紺のネクタイをビシッと決めた三毛猫が、堂々と歩いてきた。

 正宗は社長のグッドマンとはメールで何度かやりとりあったが、こうして直に会うのは初めてだった。


 スーツを着て、毛ヅヤの良い頭頂部から額にかけて綺麗な茶の縞が入った若い三毛猫。彼こそ紛れもなく、GRCの社長であるグッドマンであった。


「いやー、正宗さん、よくおいでくださいました。ついに試作版の電子情報生命体が完成したので、今日は是非それを見ていただこうと思いまして」

 今日が決断の時なのだ。もし、電子情報生命体の完成度が低ければ、今日で仕事を打ち切る。何を言われても、契約書の特約どおりに打ち切ろう。

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