第四章 四日目・ITと金融(二)
七穂がやってくる惑星開発の四日目になった。
正宗は相変わらず、白シャツ股引の腹巻姿に、捻り鉢巻をしていた。
今日は新たなプランの代わりに、手にメモ帳を持っていた。今回はこちらからプランを押し付けずに、七穂の意見を聞くために。
そうして七穂を待っていると、ジジジ、という何か電気がスパークするような音がした。だが、近くに電子機器など存在しないし、発電所は遠く離れたところにある。
空耳かと思い、辺りを見回したが、何もない。そんな怪奇現象に気を取られていると、地面から灰色のエレベーターが現れた。
正宗は今しがたあった不思議な現象を頭の隅に追いやり、エレベーターのドアが開く様子を見守った。
エレベーターが開くと、赤と黒のチエック柄のシャツとズボンを着て赤い靴を履いた、七穂の姿があった。七穂の柔らかな丸顔には元気が戻っていた。
良かった。正宗はそれでも、控えめな態度で尋ねた。
「七穂さん。もう一度ぜひ惑星開発をやっていただけますか」
七穂は赤と黒のチエック柄の袖から、白い手をそっと伸ばした。
「心配させて御免ね。もう、途中で投げ出したりしないから」
どうやら、七穂は復活したらしい。正宗はさっそくメモを構えた。
「それで、七穂さん。今日はこの星をどうしたいのか、貴女のビジョンを聞かせてください」
「私はね、ロボットの星を作るの。そこではもう誰も死なない。そして、皆は広い宇宙を旅して、大勢の人たちと友達になるの」
七穂のビジョンを聞いたが、やはり共感は持てない。それに『もう』と言っているところを見ると三日目に見せた態度と、この星の開発は、関係があるのかもしれない。
正宗は努めて優しく、七穂に自分の意見を述べた。
「七穂さん。あなたがロボットの星をどうしても創りたいと言うなら、そうします。ですが、それでも、この宇宙に永久不変なものなんて全然ないんですよ」
七穂は少しだけ口を尖らせるようにし語る。
「でも、壊れたら交換できる体なら、病気にはならないわ」
正宗は七穂の顔を見た。そこには不安を隠し、本当はわかっているのに、それを認めない七穂がいるように思えた。
七穂は、なぜムキになるのだろう。断固として譲れない何かがあるのだろうか? だが、そこまで強い決意には見えなかった。
あえて、何か言って関係をこじらせるのは、得策ではないな。
正宗は「何も言わずに、やり過ごそうか?」とも考えた。
だが、先日の源五郎との会話を思い出し、考えを改めた。自分は決めたのだ。七穂と話し合い、最善を探るのだ、と。
正宗は七穂の顔をしっかりと見る。
「そうとも言えません。高度な頭脳を持たなければ、そうかもしれません。でも、七穂さんの言うロボットは、そうではないでしょう。そうなれば、きっと心の病気はなくせません。それに、事故は防ぎようがないでしょう」
七穂の顔が曇った。言い方が悪かったか。
とはいえ、ここを避けてはいけない気がする。それに、ここで自分の意見を言わないと、本当に望む七穂の星を作れないような気がした。
七穂は正宗の言葉を受け取ってくれなかったのか、少しムキになったように、
「そうかも知れないけど、生き物よりはずっといいわ」
「それは――」
正宗は言いかけて、言葉を止めた。
創造者に対する反対意見。それは、明確な規則違反以外の時には絶対してはいけないと、先輩から口を酸っぱくして教えられてきた。
正宗は教えを忠実に今まで守ってきた。しかし、正宗は七穂に対して、今ここで初めて明確な反対意見を口にした。
「それは違うと思います。人間は体が丈夫じゃないから、ロボットから見れば不幸かもしれません。でも、それは必ずしも、幸せじゃないことにはならないんです」
七穂は少し寂しそうな顔で発言した。
「クロさんは、ロボットの国に反対なの?」
もちろん営業的には大反対だ。だが、今はもう少し高い所に立って言わねばならない時だ。
正宗はできるだけ優しい口調で、七穂の顔を見ながら自分の意見を述べた。
「七穂さんの考えを聞いた限りでは、反対です。おそらく、そういう考えで作ったロボットの国は、七穂さんの思い描いたものと違うと思います。人間でもロボットでも、そこに住む者の幸せを考えて作りませんか」
七穂が顔を曇らせ黙ってしまった。何か反論したいのを抑えているように見える。
だが、反論はおそらく正宗にするのではなく、もう気が付いている心の中の自分にしているように正宗には思えた。
正宗は言ってしまったことを少し後悔した。失敗だったか。やはり、慣れないことは、するもんではない。
七穂が正宗に背を向けると、エレベーターのボタンに手を掛けた。
正宗は顔では表情を崩さなかった。けれども、心の中では、血の気が音を立てて引き始めていた。
(おいおい、まさか。打ち切りなんてことはないよな)
七穂はエレベーターに入ると、顔を背けたまま元気なく口にする。
「クロさん。少し休憩にしましょう」
エレベーターの扉が閉まり、黒とチエック柄の背中が灰色のエレベーターの扉に消えた。
(まさか、戻ってこない気じゃ?)
いや、そんなことはないだろう。七穂は休憩と言っていたので、今日中には戻ってくるのだろう。たぶん。
でも、もし、戻ってこなかったら? せっかく源五郎に与えてくれたチャンスを自ら潰したことになる。だが、安易な妥協で終わらせないと決めたのは俺だ。黙って見守ろう。
正宗はそのまま、しばらく七穂を待つことにした。
どれほど時間が経ったろう。正宗が地面に座ったまま、腹巻から黄金のベルが付いた時計を出すと、既に今日の予定時間を半分ほど過ぎていた。
黙って見守ると決めたが、本当に戻ってこないと、不安と後悔が襲ってくる。正宗は不安で不安で、つい弱気なった。
「やっぱり、やめればよかったかな。まだ、心の傷の残る七穂には、酷だったのだろうか」
たった一回の初めて任された惑星開発が創造者の職場放棄失敗で終わる。そして、あとは退社のレールに乗せられんだろうか。
待つしかない。待つしかないのはわかっている。一人で待っていると、どうしても不安になる。
「ダメなのか……」
そう感じたころに、再びエレベーターが戻ってきた。
エレベーターの扉が開くと、七穂が少しはにかんだように立っていた。
七穂はエレベーターから出てくると、
「ルクレールちゃんに、少し怒られてしまいました」
「そうですか。なら、私が後であいつを叱ってやります」
源五郎がうまくやってくれたか。これでまた、借りができたな。
正宗は立ち上がると、腹巻から星球儀を出した。
「さあ、七穂さん、仕事をしましょうか」
七穂は台風の去った後のような爽やかさで正宗に微笑むと、宣言した。
「そうね、お星様宇宙船計画の再始動です」
「あ、その件なんですけど、七穂さん」
正宗の捻り鉢巻がプルプルと小刻みに揺れた。正宗は腹巻に手を突っ込んで、携帯電話を取り出した。
着信を示すランプが点灯していた。相手は『来い来い屋』だった。
「ちょっと失礼します」
正宗が電話に出ると、向こうから蘭孤丸の声がした。
「いやー、正宗さん。待たせたッス。喜んでください。推進装置、どうにかなったッス」
正宗は七穂に内容を悟らせないように、背を丸めて小さい声で話した。
「お前、こないだは無理だって、言ってたろ?」
「そんなこと言ってないッスよ。難しいって言ったッス。惑星開発事業部に設計図が残っていたお陰で、何とかなったッス」
まさか、古い資料に設計図が付いていたのか。やられた。
こんなことなら、源五郎に聞いた段階で、その資料を自宅に持って帰って、ベッドの下にでも隠しておけばよかった。
後ろを振り返ると、七穂のぽっちゃりした顔が不思議そうに正宗を見ている。
まだ希望はある。設計図しかなかったということは、これから製作するわけで、完成までに時間が相当かかるはず。
うまく行けば、ギリギリ間に合わないのでは? そんな〝後ろ向きの希望〟が、ふっと正宗の胸に浮かんだ。
「それで、組み上がるのは、いつなんだ」
蘭孤丸は明るく答えた。
「今ちょうど品物を配送中ッス。もう少しで着くッス」
正宗は小声で怒りながら、蘭孤丸に突っ込んだ。
「早すぎだろう。施工不良じゃないのか?」
「失礼ッス。ちゃんと完成しているッス。ただ――」
蘭孤丸の言葉が切れる。それが胸に嫌な予感を掻き立てた。
「ただ、何だ? 言ってみろ」
「品物が古いッス」
品物は既にあったのか。つまり、それが古いということは……。
「中古品なのか?」
「新品ッス。ただ、在庫品として倉庫にあったんッスが、誰も用途がわからずに放っておかれていたので、イツころからあるか、わからないッス。それが設計図が出てきたお陰で、推進装置だとわかったッス」
話がヤバくなってきた。新品どころか、中古品どころか、大古品じゃないかよ。そんな古いもの、動かないならまだしも、下手して大爆発して、星ごと吹き飛ばすんじゃないだろうな。
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