15 賢司Ⅰ

賢司は、砂浜に戻った。


辰也と育枝が一緒だ。

家にいるとくしゃみが出るという辰也を連れていこうとすると、育枝までついてきた。

どうのこうのと言うくせに、育枝はやっぱり辰也にくっついていたいらしい。

不満のはけ口が身近にいると楽しいというだけの理由かもしれないが。


由里が、賢司の監視をするためについてくるかと思ったが、彼女は家に残ることをあっさり決めた。

彼女いわく、賢司と一緒にいるのは生理的に嫌なんだそうだ。嫌われたものだ。


賢司は、砂浜の、だいぶ手前のほう―波が届かないだろうと思われる辺り―の砂を掘り始めた。掘って出た砂を、穴の縁に固めて乗せていく。


「なんで穴掘るの?」

「風よけ」

賢司がそれだけ言えば、辰也には充分だった。辰也は手伝い始めた。


育枝は砂浜にうつぶせになって、暖かい陽光を背中にたっぷりと浴びている。

「いい気なもんだね、宮崎さん。ぼくらが穴掘ってるそばで寝てるんだから。なにしに来たんだろ」

「愚痴るなよ、辰也。あいつ、お前と一緒にいたいだけなんだよ、たぶん」


「茶化さないでよ。香川さんが来てくれないからってひがんじゃって」

「ば、バカ言うな。なんで俺が由里のことでひがむんだよ? そんなこと言ってっと、お前、埋めるぞ?」

「はいはい、ごめんね」


穴がある程度になったところで、賢司は手を止めた。

あの家から持ってきた板切れを穴に差しこんだ。玄関付近の、脆い板や角材を、男三人がかりでひっぺがして、ここまで持ってきていた。


「葉っぱとか積むと煙が出やすいと思うよ、たぶん」

辰也が言うので、青々した葉も茶色いのもかき集めて板のまわりに積んだ。


賢司は、尖った石を拾って、それでシャツの裾を引き裂いた。切り裂いた布きれをよじって、枯れている葉と板切れとが重なっているところにそっと差しこむ。


それを火口にしようという賢司の考えは正解で、ジッポで火を点けると、くすぶりながらも火はぐんぐんと進み始めた。葉と板から青白く濃い煙が上がり始める。


賢司と辰也は顔を見合わせて笑った。

うまくいきそうだ。

これなら助けだってすぐに来るかもしれない。


だが、二人のちょっとした興奮は、すぐに冷めた。

煙は、二人の身長ぐらいまでは色濃く昇っていくが、二メートル、三メートル、周りの林よりも高くなる頃には拡散して、辺りの空気を灰色に染めるだけの仕事しかしない。


高く昇っていることは確かだが、こう煙が広がってしまっては、狼煙としての役割は果たしてくれない。

映画やドラマみたいにはいかないものだ。もっとまっすぐひょひょろ昇ると賢司は思っていたのだが。


狼煙もダメとなれば、いよいよもって紀雄を泳がせでもするしかないのかもしれない。

そうなるにせよどうするにせよ、今日一日は、あの家で過ごす可能性が高くなってきた。


…そうなると、食い物が欲しい。

この火は狼煙にはなりそうもないけれど、料理には使えるかもしれない。

賢司はそう考えて、辰也に声をかけようとした。

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