7 探索
自分達のいまいる砂浜をもう一度見回した。
海岸線から砂浜の奥の豊かな林までの幅は、だいたい二十メートルもないぐらい。
林は壁みたいに鬱蒼と茂っている。ガジュマルとかアダンとかそういう名前の木だろうか。
こんなことなら、もうちょっと旅行先の勉強でもしとくんだったと賢司は嘆息した。
裏手の林は、ほんの少しだけ小高い丘になって続いているようだった。
砂浜は左も右も緩やかに内側に入りこむ円弧を描いて続いていて、その延長上に、建物や人のいる痕跡を確かめることは出来ない。
砂浜の潮のあとを見る限り、いまは満潮に近いみたいだ。
白と水色が交じり合った部分がしばらく続いてから薄い青へ、そして深い青緑へと海水の色が変わっている。
そこから先は、見渡す限り海は青い。本当に海の色がエメラルドグリーンに見えることがあるのだ。
これでもうちょっとマシな状況ならこの景色にも素直に感動出来るのだが。
賢司は、辺りの景色を眺めるにつれて、ある確信が深まっていくことに気付いていた。
昨日の夕方に見た宿の辺りの景色とは、明らかに違う。
風景は似ているけれど、地形が根本的に違う。
ワッカ島の宿は、西海岸北寄りの入り江の平地にあった。
二階から、ワッカ島の西半分の海岸線がほとんどすべて見渡せたが、この砂浜は、見たおぼえがない気がする。
それに、あの角度なら、西海岸からなら賢司達の宿はともかく、なにかしらの他の建物は必ず見えるはずだ。
建物が海岸線にそって点在していたのは見ているのだ。
もしここが西海岸ではなく、賢司達が見たことのない東海岸なら、地形が違うことも納得出来るし、どの方向が宿のほうかもわかる。
だがもしこれが西海岸だとすると、ここは、やっぱりワッカ島ではない別の島ということになるのではないだろうか。
方角がわかればいいのだ。
西か、東か。
由里はそこまでわかったから、どこに行けばいいのかもわかったのかもしれない。
「スナフキンさ、いま、何時ごろかわかる?」
「十時半ぐらい」
紀雄が、自分の時計を見て答えた。
賢司も、自分の時計で確かめた。
林の向こうに太陽がある。
南の島とは言っても、十時ごろに太陽がある方角は、ほぼ東だろう。
とすると、この海岸は、西海岸か…。
賢司は少しだけ沈黙したが、すぐに顔を上げて、右手、つまり北を指差した。
「こっちだ。由里の行くほうであってる。もしここがワッカ島なら、宿があるとすりゃこっちだよ」
「よっし、わかった。じゃ、歩こうぜ」
紀雄が、いつの間にかつないでいる妙子の手を引っ張って歩き出した。
育枝と辰也も続く。
寝室から着の身着のまま連れてこられたので、みんなもちろん裸足だ。
賢司は、早歩きで、由里に追いついた。
「由里、そんなに急ぐなって」
彼女は、心なしか歩調を緩めた。
「見て。遠くに島影が見ない?」
由里にささやかれ、賢司は水平線を眺めた。
眼を細めて凝らす。確かに、平べったい島があるように見える。
「私、あれがワッカ島だと思うの」
「ここはワッカ島じゃないのか?」
「橋本君だって、もうわかってるでしょ?」
「…つうか、ここがワッカ島じゃないとしたら、なんなんだ? なんの意味があって誰がそんなことした? 六人も船に乗っけてワッカ島からここまで運んできて放り出したのか? なんのために? いたずらじゃないくさいぜ。俺はマジで殴られたしな。犯罪じゃんか」
「私にもわからない」
由里は独り言のように言った。
「けど…」
「けど、なんだよ?」
由里は、しばらく、ざくざくと砂を踏みながら無言で歩いた。
それで、賢司も無言になった。
何十歩か歩いたときに、由里がようやく一言、ぽつりと言った。
「…怖いの」
賢司はうなずいたが、なにも返す言葉がなかった。
得体の知れない漠然とした不安感が身を締めていた。なにが起きていて、なにが起きようとしているのかわからない、それがこんなにも心を不安にさせるものだとは思わなかった。
別荘とやらがあって、そこから流星を見ればいいだけだ。
誰かに、そう太鼓判を押してほしかった。
もしそういうことなら、頭を殴られたことも、きれいさっぱり水に流してしまっていいと思った。
五分ほど歩いた。
時計を見ていたから確かだ。
つまりだいたい二百メートルから三百メートルぐらい歩いたはずだ。
緩やかだったカーブが急になり、そして、砂浜の面積が急速に縮小したかと思うと、行き止まりになった。
太陽の位置からすると、島の北側にまわってきたようだ。
海に直接岩壁が張り出している。
岩壁の直下には、岩壁から転げ落ちたような大きな岩がごろごろし、海にも転々と巨岩が突き出している。
岩壁の高さは数メートルはあって、上のほうは草に覆われている部分もある。
「な~んだ、こりゃ?」
紀雄が立ち尽くして素っ頓狂な声をあげた。
「由里、橋本君。方角間違えた?」
妙子がうわごとのように言った。
「宿…ないね」
「ちょっとぉ、宿に帰るんじゃなかったのぉ?」
育枝が、だれた声をあげた。
辰也が、ちらっと賢司を見た。
無言だが、説明を求めている。
責めるような表情はなく、ただ辰也も不安がっているのだけなのだとわかった。
思わず腕組みをした賢司の顔を、下から由里が覗きこんだ。
「橋本君。言うしかないんじゃないかしら?」
紀雄が、妙子を引っ張りながら賢司に近づいてきた。その顔に浮かんでいるのは怒りではなく困惑だった。
「橋本。これってやっぱ、俺達がいるのって…」
紀雄の言葉がそこで止まった。
「…い、家だ!」
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