112 薄氷の上の一撃
人族はみな多かれ少なかれ魔力を持つが、スキルを発現しない限りそれを使用することができない。しかも、スキルで使用可能な属性は火に限られる。
だが武器や道具の中には、魔力を込めることで特殊な効果を発揮するものがある。
属性魔石などが有名だ。
それらの道具を介することで人族でも多様な魔法を扱うことができる。
もっともその力は火属性に比べて格段に落ちるため、よほどの高レベル、高魔力でない限り実用性は低い。
コレットに特別な魔法の素養はない。
ゼベルを怯ませるほどの氷の礫は、並外れた高いレベルによって実現したものだ。
コレットが再び氷の礫を放つ。
礫の対処に意識を割かせ、そこへレイピアで追撃を狙っているらしい。
ゼベルも負けじと礫を迎撃しつつ、隙あらばコレットへ突きを放つ。
フェイントの織り交ぜられた高度な攻撃をレベルに任せて強引に回避するコレット。
良い勝負だ。
この一戦だけでもコレットの対人戦の経験値は飛躍的に高まることになるだろう。ゼベルには感謝しないとな。
しかしなんというか、やりとりを見ているとまるでコレットが正義のヒーローみたいだ。
「がんばれ!コレット!そこです!」
そしてシオンはヒーローを応援する子供だな。コレットの動きに合わせて体が動いている。かわいい。
ちなみに俺はコレットの主張よりも、心情的にはゼベルの主張に全面的に同意していたりする。
もちろん、それはゼベルに味方する理由にならないのだが。
俺が求めるのは宝、ゼベルの求めるものは権力。
ゼベルは俺とよく似ている。目的のためならば他はどうなっても良いと考えている。
思考回路が同じで求めるものの規模が大きいと、高確率で両者は交わることになる。
それが敵としてか味方としてかは状況次第か。
あるいは、ゼベルを王にして俺の目的を叶えさせる道もあったのかもしれないな。
まぁ、今回は巡り合わせが悪かったと諦めてもらう。
「そろそろ決着か」
対人戦に慣れ、動きが最適化されていくコレット。
培った経験からコレットの並外れた身体能力に適応していくゼベル。
互いに一撃必殺の火力を持ちながら、意外にも戦いは長期化していた。
だがその均衡が崩れる時がやってくる。
ズキッ
「息が…!?うっ、ゴホッ、コホッ!…くぅっ…!」
コレットが前触れもなく咳きこむ。ゼベルの容赦ない突きが迫る。大きく跳び下がることでかろうじて回避する。コレットは反射的に肩に目をやり、ゼベルの突きを受けた場所が紫色に腫れ上がっていることに気付いた。
「はぁ、はぁ。これは、毒…」
「ふん、ようやく効いたか。黒曜鳥の毒は呼吸器系を瞬時に麻痺させる即死毒だぞ。それが動きを鈍らせる程度とは。化け物め」
黒曜鳥は強力な毒を持つ魔物だ。
対策をせずに挑んだ場合、レベル30に満たない者は一撃で絶命する。
その素材を利用したエストックは、やはりその特殊能力を継承していたようだ。
目に見えて動きを鈍らせるコレット。邪神の天秤により引き上げたレベルによって今は耐えているが、このままでは倒れるのも時間の問題だろう。介入するべきか?…いや。
「コレット…!」
俺はシオンが飛び出しそうになるのを片手で静止する。
「放してくださいご主人様!このままではコレットが…」
「落ち着けシオン。【超感覚】を研ぎ澄ませてコレットの体内を探ってみろ」
「は、はい。…これは…!」
互いに決定打はないため、本来なら毒が回る分コレットにとって不利な状況になっていくことは間違いない。だがそうはならない。シオンの並外れた聴覚は、コレットの体内で脈動する新たな力を捉えた。
「思うように動けまい。じっくりと甚振ってやりたいところだったが、残念ながら余裕がなくてな。すぐに意思なき操り人形にしてやろう」
急所目掛けて突きを放つゼベル。
ゼベルに油断はない。長年の経験から毒に侵された敵の動きは把握している。
毒の回った状態ではどうあがいても避けきれない一撃だ。だが――
「なんでもあなたの思い通りになると思ったら大間違いですわ!」
コレットが渾身の力でレイピアを振り上げる。
青い剣閃がコレットに迫るエストックを真下から掬い上げ、そのまま天高く弾き飛ばした。
「ばかなっ!?なぜ動け…」
「はぁっ!」
全力の突きを弾かれたことでコレットに対し無防備な正面を晒すゼベル。
返す刀で振り下ろされたレイピアがゼベルを切り裂いた。
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