102 インターバル

 迷宮15層


 周囲に魔物の影はない。特殊区画が開放されたばかりだからだろう。

 遠征軍はその場にとどまり、傷を負った者の回復とドロップの整理を急いでいた。


 本来ならば、アイテムや素材を集積している【常雨の湿地】の入り口があった場所まで戻りたいところだが、それをしないのには理由がある。


 まだ最後に一戦、迷宮での戦いが控えているのだ。



「コレット、良い指揮だった。死者がでなかったのは君の力だ。誇ると良い」


「ルシア、ありがとうございます。エルフの弓術のおかげで、何度も危ない場面を切り抜けることができましたわ。それでも、トシゾウ様がいなければ遠征軍は壊滅していました。私にはまだ足りないものが多いのだと思いますわ」


「ああ、もちろん完璧だったとは言わない。ただ、トシゾウ殿を引き入れたのもコレットだろう?それならば、トシゾウ殿の活躍も含めてコレットの手柄だ。遠征軍のリーダーとして胸を張りなさい」


「ふふ、ありがとうございます。ルシアには勇気づけてもらってばかりですわね。私もルシアみたいに強い女性になれるようにがんばりますわ」


 コレットが微笑む。


「コレットよ、真似せんで良い。このエルフの真似をすると婚期が遠のくぞ」


 コレットとルシアのやり取りを見ていたドワグルがからかう。


「ルシアだ!ドワグル、貴様にはデリカシーと言うものがないのか!」


「ル、ルシア落ち着いてくださいまし。…コホン、ドワグル、この度はドワーフの助力に感謝します。ドワーフが前衛を固めてくれたおかげで、皆が存分に力を発揮することができましたわ」


「なに、それがドワーフの役目だ。こればかりは他の種族に譲ってやるわけにはいかんわい」


 かゆくもないのに鼻の下を指でゴシゴシとこするドワグル。


「おい、仲が良いのは結構だがさっさと済ませろ。この後が控えているのだろう」


 三人の会話を遮ったのは獣人の代表、ゴルオンだ。


「ええ、ゴルオン。ですがまずあなたにも礼を述べさせてください。獣人の努力に心から感謝いたしますわ。最も多くの魔物を屠ったのは獣人です」


「約束通り、当然の仕事をしたまでだ。…それより良いのか、必要ならこの後まで手伝うぞ」


 ゴルオンの発言に、ルシアとドワイトも同意するように頷く。


 この後とはすなわち、特殊区画の出口で待ち構えている人族。

 レインベルを陥れようとしている者との戦いのことだ。


 コレットは彼らの申し出を嬉しく思った。

 だがここからは人族内の醜い争いだ。


 先ほどまでの戦いが、レインベル領を救うための大儀ある戦いだとすれば、これから始まるのは、ただの人族の縄張り争い。

 そんな汚い戦いに他種族の戦友たちを巻き込むのは、コレットの本意ではない。


「皆さん、ありがとうございます。…ですが、本当にここまででけっこうですわ。レインベル領は救われました。すべての戦いが終わったら、必ず皆さんに恩を返させてくださいまし」


 コレットは繰り返し頭を下げる。


「恩返しなど、気にすることはない。我々にも大きなメリットのある戦いだった。報酬というのなら、レベル制限の解除と迷宮のドロップで釣りがくるほどだ」


「まったくだわい。それにしても良いのか。竜玉と得体の知れぬ卵しか求めないとは。我らに遠慮しているのなら無用の気遣いだぞ」


「…無欲すぎる者は早死にするぞ」


 ルシア、ドワグル、ゴルオンは各種族の代表ではあるが、利益を多く得ようとは考えていない。

 種族の利益のためなら私情を捨てる彼らだが、今回はその必要がないからだ。


 失ったものは何もない。

 犠牲者も出ず、薬も人族持ちで、武装は無限工房により修理済み。


 逆に得たものは多い。

 レベル制限の解除、貴重な迷宮の素材、さらに経験値まで得ることができたのだから。


 むしろ彼らは、コレット率いる人族の得る宝が少ないことを懸念していた。


「ええ、テンペスト・サーペントの竜玉は、討伐の証拠として民を安心させるために必要です。あの謎の卵についてはトシゾウ様が求められましたので。…トシゾウ様によると、他は替えがきくけれど、この卵は替えがきかないということですわ。レインベル領の財政負担についてもトシゾウ様が肩代わりしてくれるということですので、他は遠慮なくお納めくださいまし」


 もっとも、黒字にすらなりそうなのですが…とコレットが少し困惑気味に話す。


「ふむ、トシゾウ殿か。あの御仁は本当にすさまじいな。いくら知恵ある魔物といえども、あれほどの力を持つ者は他にいないだろう」


「まったくだわい。あれはその気になれば世界を滅ぼすことすらできるだろう。コレット嬢ちゃんの責任は重大だな。もう嬢ちゃんとは呼べんわい」


「…トシゾウ閣下」


「ゴルオン、閣下呼びは獣人の代表者としてどうかと思いますわよ。あとドワグル、いつまでも私を子ども扱いしないでほしいですわ」


 …それにトシゾウ様は、そのようなことはなさいませんわ。と小さく呟くコレット。

ドワグルとルシアの目がきらりと光る。おもちゃを見つけた時の目だ。


「ほう、嬢ちゃんはもう大人になっちまったか」


「コレット、ぜひ初夜の話を聞かせてくれ。参考にしたい」


「そ、そんなこと、まだしておりませんわ!」


「まだ?そうか、時間の問題か。しかし、遊ぶのも良いが、ちゃんと世継ぎも作れよ」


「うう、私も長老に急かされるのはもう嫌なのだ。コレット、なにかモテるためのコツがあるのなら教えてくれ。やはり、見合いなどではなく自然な恋愛というのが…」


 完全に子供をからかうような調子のドワグルと、どこか本音が見え隠れするルシアであった。


「おい、お前ら、俺の話を聞いていたのか。くだらない話をする暇があるのなら代表としての仕事を…」


 にぎやかに談笑する代表たち。

 外から見れば、ゴルオンも立派にくだらない話に混じっているように見えるのだった。


「あいつら何をやっている」


 その様子を呆れた様子で見るトシゾウ。


「ボスを倒したからと言って気を抜きすぎだ。シオン、一発叩いて来い。…シオン?」


「みんながご主人様を称えています。さすがご主人様です。でも、初夜はだめです。だめじゃないけど、ちょっぴり悔しいです」


 シオンが尻尾を振ったり垂らしたりしている。


 …。ため息をつくトシゾウ。

 全員に喝を入れてやろうかとも思ったが、今は気分が良いので見逃すことにした。

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