88 レインベル開放会議

 観光を終え、コレットの屋敷に戻ってきた。


「地面が揺れないのはとても良いことです」


 シオンが安堵の息をもらす。

 この屋敷は陸地に建てられている。領政の中心地だからだろう。


 レインベル領の領民は環境の変化に不安を覚えながらも、活気にあふれた生活を営んでいた。


 だが【常雨の湿地】にボスが復活した以上、レインベル領が荒野に飲まれるのは時間の問題だ。

 そうなればあの活気が失われることになるだろう。

 彼らは生きる場所を失い、奴隷か浮浪者として生きていくことになる。


 活気は人間に力を与え、多くの宝を生み出す。それに、あの活気は心地よいものだった。

 それが失われるのは惜しい。ここからは仕事の時間だ。


「コレット、少し良い顔になった。コレットが笑顔だと私も嬉しいです」


「ええ、シオン。心配させてしまったわね。こんな時に観光なんてと思っていたけれど、良い息抜きになったわ。…やっぱり、私は領地のみんなを守りたい。たとえレインベル家が貴族でなくなったとしても。シオンも力を貸してちょうだい」


「うん、任せてコレット。私はご主人様のおかげでとても強くなったの。ボスなんて一発です」


 シオンがフンフンと素振りをする。

 本気でやると風で壁に穴が開くからほどほどにな。


「ふふ、頼りにしているわ。でも無理はしないでね?」


 コレットがシオンの頭を撫でる。


「コレット様、エルフ族の応援が到着なさいました。これで全種族が揃ったことになります」


 用意が整ったことをレインベル家の使用人が報告する。

 ラザロほどではないが、仕事のできそうな老紳士だ。

 いや、そもそもラザロは王の弟なので、比べるのは少しおかしいのか。


「わかりましたわ。それでは、ボス討伐のための会議を始めます。全員を会議室へお通ししてちょうだい」


「かしこまりました。…コレット様、緊張がほぐれたようで、安心いたしました。細事は我々使用人が整えますゆえ、どうか心安らかに、コレット様はコレット様にしかできない仕事に専念してください」


「ええ、ありがとう。これからも頼りにしているわ。あなたたちの仕事も、守り抜かないといけないわね」


「なに、我々もレインベルの住民です。いざとなれば魚を釣り、薬草を採取して暮らしますとも」


「ふふ、そうなったら私も一緒に魚を釣るわ。…ではトシゾウ様、シオン、行きましょう」


 俺たちは特殊区画【常雨の湿地】のボス討伐の打ち合わせをするために会議室へ向かった。



「皆さま、この度はレインベル領の窮地に駆けつけて頂いたこと、感謝にたえませんわ。レインベル領を維持するためには、迷宮15層【常雨の湿地】に復活したボスを討伐する必要があります。どうかそのために皆さまの力をお貸しくださいまし」


 コレットが礼をする。


 会議室には、ボス討伐に挑む遠征軍のメンバーが勢ぞろいしているようだ。


 冒険者ギルドからは、戦闘班長のコウエンを含めた5名が席についている。


 遠征軍の予定人数は事前にコレットから聞いている。

 もっとも、会議の結果次第で変わることもあるらしいが。


 予定している人数は、


 人族20、冒険者ギルド戦闘班5、エルフ10、ドワーフ10、獣人10。


 このままいけば、50人を超える規模となる。

 人族はレインベルの兵士と、冒険者の有志から抽出したらしい。


 レインベル領は荒野と隣接している。

 魔物の侵入に対応するため、優秀な人材の全てを迷宮に投入することはできない。


 さらに周辺の領地は人族至上主義者の息がかかっており、援軍を寄越すどころか、何かにつけてレインベル領に妨害を仕掛けてくる。


 そのため、コレットは他種族へ援軍を求めていた。


 単なる穴埋めではない。

 迷宮に潜るうえで、人族にない攻撃手段を持つ他種族の存在は非常に大きな戦力となる。


 俺とシオンを除いたメンバーの平均レベルは17。さらに数名はスキル持ち。

 現代において一流と呼ばれるだけの能力を持つメンバーたちだ。


 【常雨の湿地】は15階層の特殊区画である。

 迷宮を探索するには階層と同じか、それ以上のレベルがないと非常に危険だ。

 数だけ揃えるのは被害を増やすだけであり、質を重視する必要がある。


 平均レベルが17という数字は、通常の15階層を探索するなら十分なレベルだと言える。

 だが、特殊区画となると話は別だ。


 戦いやすい通常の迷宮とは違い、特殊区画では魔物が活性化し、時に大発生する。

 さらに環境に適した魔物が出現するため、地の利を奪われる。


 そのため、レベル15相当の能力を持つことは最低限のラインだ。


 さらにボスを討伐するなら、安全に討伐する場合は階層+10レベルのパーティで挑みたいところである。


 つまりレベル25のパーティがいればボスの討伐は容易だ。

 しかし現代においてレベル25のパーティというのは現実的ではない。


 迷宮を独占している人族ですら、勇者、人外と呼ばれる者たちを集結させてやっと実現するかどうかといったところだ。


 人族至上主義者の邪魔により、人族以外は迷宮でレベルを上げられない。


 エルフやドワーフにとって、平均レベル17の部隊は最強の戦力だ。

 人族における勇者パーティに相当する人材を投入したということになる。


 レインベル領は周囲の領地から非難を浴びながらも、他種族との融和を進めてきた。

 その一つの成果が、ここに集った戦力である。


 しかし客観的に見て、まだまだ戦力不足であることは否めない。


 俺としては、可能な限り人間の力で状況を打破してほしいと思っている。

 ボスを倒すだけなら俺とシオンがいれば簡単だが、その後の維持のためだ。


 どこまで戦力を確保できるかはこの会議次第と言える。


 コレットが遠征についての説明を終え、着席する。

 かくして会議が始まった。

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