71 談合と脅しは力でねじ伏せるもの

 スタンピード後の場所取りは、冒険者区画の名物らしい。


 俺達はのんきに宴会をしているが、冒険者ギルドの外では場所取りの看板を持った者たちが走りまわっている。


 実に賑やかだ。

 金を得るための場所取り。

 その金は回り回って俺の宝となる。素晴らしいことだ。


 言い争いをする者、交渉をする者、すでにテントの設置を始めている者、そして…。


「聞いているのか!何が冒険者ギルドだ。わけのわからないものを建てやがって。代表者を出せ!」


 ケンカを吹っかけてくる者だ。



 冒険者ギルドはメインゲート前の一等地ど真ん中を占拠している。


 メインゲートは迷宮への入り口だ。


 多くの冒険者が迷宮へ潜り、素材を持ち帰る。

 あるいは次の冒険のために装備を整えたり、酒場や娼館で金を落とす。



 その需要と供給を求めて多くの商人が店を構えようと殺到しているのだ。


 力のある冒険者は、価値のある素材を持ち帰る。

 さらに迷宮で長居するため、多くの物資を必要とする。


 彼らは金払いも良く、割高でも質の高いサービスを望む。


 オフィス街にある高級店をイメージするとわかりやすいかもしれない。

 一等地には、資本とコネを持ち、一流の商品を扱うことのできる大商人が店を構えるのだ。


 どの世界でも一等地の奪い合いがあるらしい。

 談合、賄賂、だまし合いは当たり前。時には傭兵を雇い脅迫する。


 大商人が冒険者ギルドを敵視するのは予想できていたことだ。

 早い段階でケンカを売られたのは、むしろ幸運だと言えるだろう。


「おい、何とか言ったらどうなんだ!ぶっ殺されたいのか!」


 冒険者ギルドの入り口で騒いでいる男たち。

 チンピラ風の男が三人に、小物感たっぷりのちょび髭商人が一人だ。


 横暴な男たちを見てギルドメンバーとゲストたちは静まり…かえってないな。

 完全に無視して宴会を楽しんでいる。


 いまさらこの程度の恫喝では反応すらしないのだろう。頼もしいことだ。


 さて、どうしたものか。

 力も正当性もこちらが上だ。適当にひねり潰しても問題はないのだが。


 今後も似たようなことが起こるだろうし、予行演習がてらギルドメンバーに相手をさせるか。

 穏便に済むなら良し、済まないなら…。


「ベル」


「はいなトシゾウはん」


 商業班長のベルを呼び寄せた。


「お前が相手をしろ」


「はいな。何か条件は?」


「好きにしろ。最悪力で叩き潰すから問題ない」


「了解や。おーい、そこの人ら、ウチが交渉担当や。なんか用か?」


 ベルの余裕のある声に男たちは一瞬たじろぐが、声の主が若い女性だと知って顔を見合わせて笑う。


「なんだ、汚らしいケモノがいるかと思えば今度は女が代表者か?冒険者ギルドが聞いて呆れるぜ。いいか嬢ちゃん。おままごとじゃないんだ、夜道で襲われたくなかったら…」



「まぁまぁまぁ、そのような言い方をするものではありませんよ。美しいお嬢さんを怯えさせてしまうではありませんか」


「へい、すいません。おい女、ロボス様の慈悲に感謝しろよ」


 どなるチンピラをちょび髭がなだめる。

 わざとらしいな。これがこいつらの手口なのかもしれない。


 ケモノに、女か。

 種族や性別は、人間の価値を決めるものではない。

 この手の奴らは自分以外なんでも差別する。ただ自分を上に見せたいから差別する。信念のない連中だな。


「お、ロボスはん、あんたは話がわかりそうやな。とりあえずここ掛けてんか」


「これはこれは。一等地を占有しているとは思えない、粗末な椅子ですね。」


 ベルが席を勧め、ロボスは椅子の粗末さを鼻で笑いつつも席に着いた。


「ありがとうお嬢さん。それで、あなたが代表で間違いないですか?」


「ウチは冒険者ギルド商業班代表のベルベットや。ロボスはんの言う代表で間違いあらへん。ベルって呼んでくれてええで」


「わかりました。それではベルさん、さっそく本題に入りますが、冒険者ギルドにはすぐにここを立ち退いてもらいたいのです。これはあなた方のために言っているのですよ?」


 ロボスは後ろに控える男たちへこれ見よがしに目をやる。

 男たちはニヤニヤと笑いながら腰の剣を見せつけたり、腕を組んで威圧している。


 その様子を見てベルはあきれ顔だ。


「なんやいきなり。わけわからんこと言うたらあかんで。ウチらは先に場所を取った。正規の手段でや。ロボスはんも、商人ならルールを守ることの重要性はわかっとるやろ?」


「ええ、ええ、もちろんですとも。ルールを守ることは重要だ。お互いにね」


「どういう意味や?」


「わかりませんか?この場所は昔から商業ギルドが管理している土地なのですよ。あなた方はそれをいきなり現れて奪い取った。これは明らかなルール違反。横暴ではありませんかな?」


「なんやそれは。ロボスはん、そんな身内のルールを持ち出されても困ってしまうわ。ここは国が管理する土地のはずや」


「新参のベルさんにはわからないかもしれませんが、我々には我々のルールがあるのですよ。看板を立てた者勝ちの決まりなど、すでに形骸化している。それこそあなたの言う身内のルールにも及ばないのです」


 冒険者ギルドが立ち退いて当然だと言わんばかりの態度だ。めちゃくちゃだな。


「つまりロボスはんは、法律よりも自分らのルールが強いと言いたいんやな?」


「そうは言いませんが…。私はあなた方を心配して忠告しているのですよ。商業ギルドの力は巨大です。貴族様の支援も頂いています。どこかに訴え出たところで無意味ですよ。我々は商人ですが、結局のところ、最後にものを言うのは力なのですから」


「…そんなこと言うたら、ウチらはスタンピードを乗り切った冒険者ギルドやで。力で勝てると思うとるんか?」


「ふん、誰がそんな与太話を信じるか。どうせ汚い手を使って先に入ったのだろう。兵士に身体でも売ったのか?白竜も出たのだ。貴様らが生き残れるわけがなかろう」


 チンピラが馬鹿にしたように笑う。


 どうやらまだまともな情報が出回っていないようだ。

 運のない奴らである。

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