63 シオン無双と不穏の正体

 一騎当千、読んで字のごとく。


 銀閃が奔る。レベル29の膂力でもって振るわれた祖白竜の短剣は、並み居る魔物をバターのように切り裂いていく。ゴブリンも、アイアンゴーレムも、18層のエビルゲーターですら関係ない。銀閃の後に立ち上る煙が大きいか小さいかの違いしかない。


 白狼種は、獣人の中でも特に素早さに優れる種族だ。

 さらにその速度は、白王狼革の靴と始祖エルフのネックレスにより倍化している。


 そこにシオンの持つスキル【超感覚】により強化された知覚が加われば。



 シオンは瞬時に周囲の状況を読み取る。


 あらゆる魔物が静止している。


 自分が駆け抜けるべき道が、ラ・メイズを縦断する大通りよりも広く、整って見える。


 短剣を刺し入れるべき場所が目の前に表示されている。

 走りながら、両手の短剣で線を引くだけ。


 シオンの戦いに見とれている者は多いが、その動きを追えている者はほとんどいない。

 知覚できるのはシオンが走り抜けた後の結果のみ。


 今もまた銀閃が複雑な軌跡を描き、10を超える魔物の首が宙を舞った。


 シオン

 年 齢:15

 種 族:獣人(白狼種)

 レベル:29

 スキル:【超感覚】【竜ノ心臓】

 装 備:祖白竜の鎧 祖白竜の短剣 祖白竜の短剣 白王狼の靴 不死鳥の尾羽 始祖エルフのネックレス



「閣下」


「コウエン、指揮は良いのか?」


「は、今はシオン殿が前線を支えてくれております。それに第一分隊には指揮経験がある者を集めておりますゆえ、しばらくは私が抜けても問題ありません」


「そうか。コウエン、見事な戦いぶりだった。それに采配も素晴らしい。正直、戦闘班が短期間でここまでの戦力となるとは思っていなかった。コウエンは役に立つ。今後の活躍も期待している」


「光栄です。…閣下、報告したいことがあります」


「聞こう」


「はっ。今回のスタンピードは、明らかに魔物の質が上がっております。今の段階ですら18階層のエビルゲーターが確認されております。この状況は、獣人の口伝により伝えられている災害の前触れに酷似しています。ひょっとすると第4波が存在するやもしれませぬ」


「なるほど。それはどのようなものだと伝わっている」


「はい、口伝によると、第2波の終盤に、30階層の非常に強力な魔物が出現するそうです。それを退けても、第3波の魔物の群れの最後には、40階層の魔物が出現したと伝わっております」


「40階層か」


「は、口伝ゆえ、確証はないのですが。しかしもし真実であれば、撤退も視野に入れなければならないと考え、報告させていただきました」


「なぜ撤退するのだ?」


「そ、それは。誠に恐れ多いことながら、40階層の魔物となると、現代の勇者であっても敗北する可能性が高い化け物であるからです。以前閣下の変化されたアスラオニ・サイクロプスですら35階層相当。いかな知恵を持つ魔物である閣下と言えども、危険が大きいかと…」


「つまりコウエンは俺が負けるかもしれないと心配してくれているのだな」


「…はっ、口にするのもはばかられることながら」


「そうか、コウエンは忠義者だな。下手をすれば俺の不興を買うというのに、進言してくれるとは」


「もったいないお言葉です。それでは閣下、第2波と第3波の合間に撤退の手はずを…」


「いや、コウエン、撤退はしない。40階層の魔物程度問題は―――」


 ガガ、ザリザリ…


 その程度は問題ない、と言いかけた時、無限工房に収納していた【迷宮主の紫水晶】が起動した。


 俺はコウエンにしばし待つように促し、【迷宮主の紫水晶】を取り出す。

 精緻な彫刻が施された紫結晶が淡い光を放っている。


 シロから通信のようだ。


「シロか。どうした?」


「…トシゾウ殿、緊急事態です!予測されていない巨大な瘴気が確認されました。至急、主からトシゾウ殿に依頼したいことがあるとのことです」


 おぉ、シロがシロ呼ばわりに文句を言わないとは。

 よほどの非常事態であるらしい。


「先ほど、迷宮のスタンピード機構に邪神の干渉がありました。このままではスタンピードにより人族が滅びる危険があります。トシゾウ殿、どうか力をお貸しください」


「それは、スタンピードの第4波があるという話か?」


「ご存知でしたか。さすがはトシゾウ殿。ご明察の通り、トシゾウ殿には第4波で出現する魔物の討伐をお願いしたいのです」


「40階層相当の魔物が出るという話なら、どうせ邪魔になるから片付けるつもりだった。だから問題ないぞ。というか、その程度ならば他の眷属に頼めば良いのではないか?」


「い、いえ、そうではなく。それはそれでありがたいのですが…」


 ――出現する魔物は、60階層相当なのです。


 シロの言葉に、俺は一瞬思考が停止した。


「…シロ、もう一度言ってくれ」


「はい。より詳しく説明いたしますと、第3波がなくなり、そこで排出されるはずだった瘴気が、新たな邪神の瘴気と混ざり、結果として60階層相当の魔物が出現することになります」


「…60階層というのは本当なのだな。迷宮は50層が最深層だと思っていた」


「はい、“今の”最深層は50層です。ですが条件が満たされれば新たな階層が開放されるのです」


「…初耳だ。その話は後で詳しく聞かせてもらおう」


「はい。…主が、着信拒否されていなければ話していた。と申しております。今からでも…」


「却下だ」


「そ、そうですか」


「それで、60階層相当の魔物だが」


「はい、魔物についての詳細をご説明します。もちろん報酬も…」


「必要ない」


「ト、トシゾウ殿!?ですが…」


「シロ、迷宮主の依頼を受けよう。情報も報酬も不要だ。その代わり――」


 ―――俺の邪魔をするな。毟るぞ。


 KYAIN!


 トシゾウの声を聞き、シロは反射的におすわりする。


 【迷宮主の紫水晶】を通して、彼の渇望が伝わってくる。


 欲しい、欲しい、欲しい―――


 鱗を全て毟られた時の記憶がフラッシュバックし、シロはトシゾウの本性を思い出す。


 トシゾウはミミックである。


 目的は宝を集めることだ。


 迷宮に生き、冒険者をなぎ倒し、魔物を駆逐することで宝を集める魔物。


 その過程をすら楽しむことのできる、蒐集と闘争に生きる魔物なのである。



「…コウエン、今の話を聞いていたか」


「はっ、…閣下、その珍妙な石の言うことは正しいのですか」


「うむ、これ以上ないほど信頼できる情報源だ」


 なんといっても本人たちのウ、排せつ物であるからして。


「なるほど、60階層の魔物。階層の開放。俄かには信じられませんが…。閣下は、戦われるおつもりなのですね」


「改めて言おう。…コウエン、撤退はしない。60階層の魔物程度、問題はない」


「っ!…閣下、ご武運をお祈りします」


 コウエンは胸に手を当てる。虎種流の敬礼だ。


「うむ、コウエン、お前は良い部下だな」


「はっ、恐縮です」


 コウエンはそれ以上口を開かず、黙って戦場へ戻っていく。

 それは主を信じる、武人の背中だった。


「ドラゴンだ!ドラゴンが出たぞぉぉぉ!」


 ラ・メイズに衝撃が走る。


 第2波は佳境を迎える。第4波へとつながる前哨戦の幕が切って落とされた。

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