55 シオンは所信表明する

 シオンが酔いつぶれた翌朝。


「おはようございます、ご主人様」


「朝か。うむ、おはようシオン」


 シオンの元気な声で目を覚ます。俺を起こしに来たらしい。

 冒険者ギルドの寝床は男女別だ。

 風見鶏の寄木亭では同じベッドで眠っていたが、今は別々の場所で眠っている。


「なんだか、とても爽やかな気分です。お酒のおかげでよく眠れたのかもしれません」


 シオンがうーん、と伸びをする。


「そうか、シオンが元気なのは良いことだ。今日も俺の役に立て」


「はい、ご主人様!」


 班長たちに、朝食の時間になったら俺のテントへ集まるよう伝えてくれ。食事をしながら話を聞きたい。


「はい!すぐに伝えてきます」


 命令を受けたシオンが駆けていく。残像が見える。

 シオンは酒を飲んだことを覚えているが、その後のことはよく覚えていないらしい。

 いつも通りの様子を見せるシオンを見て、安心する。


 昨日のベルの意見は、とても貴重なものだった。

 シオンは俺の所有物だ。所有物は常に最高のパフォーマンスでなければならない。


 俺は女心に疎い。本能にも引きずられる。

 すぐに変わることは難しいが、シオンを悲しませないように努力しようと思う。


 今日も一日が始まる。

 スタンピードまであと4日。まだまだやることは残っている。


「よし、それでは会議を始めよう。エルダからだ」


 俺は冒険者ギルドの主要メンバーを集めた。

 卓につくのは、副ギルドマスターのシオンと各班の班長たち。

 情報の共有を行い、スタンピードまでの方針を決めるためだ。


「料理班からは特に何もないよ。商業班の買い出しで食材は確保できてるしね。それにしても無限工房ってのは便利だね!新鮮な料理を食べてもらえるから評判も上々。大満足さ」


「うむ、エルダはよくやってくれている。引き続き頼む。何か要望はないか?」


「そうさね、製作班は今日から建物の建築に入るんだろう?それなら厨房や井戸なんかの水廻りを優先してくれるかい?」


「わかったわい。美味い飯のためだ。製作班も喜んで仕事をするだろう。建材は確保できているから、希望があればどんどん言ってくれ。製作班が怠けていたらケツを蹴り飛ばしても良いぞ」


「助かるよ。そろそろ凝った料理も作りたいからね」


 ドワイトとエルダが笑い合う。この二人は波長が合うのかもしれないな。


「よし、次はドワイトだ」


「そうだな、防壁が完成したから、今日からはギルド建物の建築と、簡単な防柵を周囲に設置していく予定だ。間取りや柵の配置なんかの希望があれば聞きたいところだな」


「わかった。冒険者ギルドはすべての種族が快適に利用できる必要がある。できる限り広く意見を集めて建設を進めてくれ。コウエン、スタンピードの第二波までは防壁の外で戦う予定だ。希望する防衛設備があれば、ドワイトと相談して設置しろ」


「御意。効率よく魔物を倒せるよう、ドワイト殿と相談して準備を進めます」


「うむ、ではコウエン、戦闘班から何かあるか?」


「はっ、戦闘班は迷宮で訓練を行っております。表向きは皆真面目に取り組んでいるのですが、どうしてもやる気のある者とない者の差が目立ち始めています」


「そうか。戦闘班は希望者ばかりで構成しているが、ギルドメンバーの来歴は様々だ。どうしてもやる気の違いは出てくるだろう」


「はい。そこで戦闘班をさらに細かい分隊に分け、訓練の成果に応じて報酬を与えようと思っております。そのための権限と、可能ならば閣下にその報酬を設定して頂きたく思います」


「なるほど、競争させることでやる気を引き出すわけか。良い工夫だ。許可しよう。ギルドメンバーに渡す給料の一部を、コウエンの権限で自由に分配できるようにしよう。他の班長も同様だ。自分の物とするも良し、均等に分配するも良し、自由に使え」


 冒険者ギルドはいずれ俺の手から離れてもらうことになる。

 各班長たちには、それぞれの班員を掌握してもらわなければならない。

 そのために班長独自の権限を与えることは重要だ。

 コウエンは良い提案をしてくれた。


「ではシオン、副ギルドマスターとしてあいさつを」


「はい」


 シオンが立ち上がる。

 ここでのあいさつは事前に決めておいたことだ。


 シオンは14歳の少女である。

 前世ならまだ中学校に通っているような子供だ。

 普通なら、大人を含む100人の集団を率いるような立場ではないはずだ。


 冒険者ギルドは俺が設立した組織であり、現状俺の意見がすべてに優先する。

 たとえ子どもでも、俺が二番手として指名したシオンに文句をつける者はいない。表向きは。


 今は役職などあってないようなものだ。

 だがギルドが大きくなればなるほど、その中での役職に価値が生まれ始める。

 その時、役職に見合わない者がいればどうなるか。

 その地位を奪おうとするだろうし、命令しても誰も従わないだろう。


 役職を持つ者は、その肩書にふさわしい価値を示す必要がある。

 副ギルドマスターはギルドのトップであるギルドマスターに次ぐナンバー2だ。

 シオンには、自分の場所を自分の力で手に入れてほしいと思っている。


 …まぁシオンに従わないようなら、喜んでシオンに従うように教育するだけのことなのだが。


「ご主人様から副ギルドマスターに任命されたシオンです。私は未熟です。ご主人様のように万能ではないし、皆さんのようにすごい特技もありません。


 でも、ご主人様は私に居場所を与えてくれました。仕事を与えてくれました。私はその期待に応えたいです。私は副ギルドマスターとして、冒険者ギルドと、ギルドメンバーの皆さんを守ります。


 ご主人様が決めたからではなく、私自身を認めてもらえるように頑張ります。これからもよろしくお願いします!」


 シオンが頭を下げる。

 あいさつするように言ったのは俺だが、俺自身シオンの言葉に心動かされていた。

 シオンは賢い。自分なりにいろいろ考えていたようだ。

 俺の中で、シオンの価値がまた一つ上がった。


「シオンちゃん、また料理を手伝っておくれ。男の胃袋を掴むとっておきを教えてあげるよ」


「嬢ちゃんの腕力がとんでもないことは知っておるわい。嬢ちゃんが望むなら、道具の扱いから教えてやろう」


「ウチら商業班はしーちゃんに救われたからな。みんな感謝しとるで。あまりの強さにちょっとビビっとる子もおるから、お手柔らかにしたってや」


「シオン殿の人柄は、拾い屋だった時から知っております。同じ古参の拾い屋仲間ですから。シオン殿、ともに冒険者ギルドを守りましょう」


「みなさん…。あ、ありがとうございます!」


 班長たちは心からシオンを歓迎している。

 俺がシオンのことを特別扱いしていることはみんな知っている。

 シオンがどんな人物なのか、見定めようとする者は多かった。


 短い期間ではあるが、シオンは影に日向によく働いていた。

 そのことをギルドメンバーの多くが知っている。


 今の評価は、シオンが自分の力で作ったものだということを、自己評価の低めなシオンは気付いているのだろうか。


 そもそも、1000人の兵士を相手に戦える者を、特技がないとは言わないと思うが。

 それをわざわざ指摘するのは無粋だな。


 冒険者ギルドの幹部はまとまっていることがわかった。

 まだギルドメンバー全員がまとまっているとは言えないが、これならば許容範囲だ。

 スタンピードに向けて力を結集することができるだろう。

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