45 宝箱は奴隷を買う 後

「奴隷50名と当面の衣料、および雑貨。そ、総額1400万コルとなります」


 奴隷商人が言いよどむ。額が額だし、無理もないか。

 50人もの奴隷が一度に売れることなどあまりないだろうしな。


 奴隷商館で奴隷たちが使用していた衣類や雑貨もまとめて買い上げた。


 前世で換算すると奴隷50人で14億円。もちろん同じように比較はできないが。


 人族の世界では、迷宮から産出される素材がインフラの多くを担っている。


 食費は意外と安く、エンゲル係数は低い。

 ナイフなどの鉄製品、武器防具類も前世で包丁を買うような感覚で買える。

 それでも冬の凍死者、餓死者は多いが、生きていくだけなら意外となんとかなるものだ。


 逆に生きていくのに必須ではないものは高い。嗜好品の値段は恐ろしく跳ね上がる。


 奴隷がいなくとも生活はできる。つまり奴隷は嗜好品扱いだ。

 だがこの世界は生存可能な領域が限られている。


 人は余っている。

 供給はそれなりに多いため、そこそこの値段で落ち着く。


 奴隷を前世の感覚で例えるなら、車を買うようなものだろうか。

 値段もピンキリだ。安い奴隷は1万コル以下、高い奴隷は100万コルを超える。


 人間一人を所有することの対価として高いと感じるか低いと感じるかはそれぞれだろう。


 俺は無限工房から大金貨を140枚取り出し、テーブルに置く。

 ほぼゴールドの塊である大金貨は、大きく、重い。

 140枚の大金貨がテーブルの上に落ちる音は、人を惹きつける。


「い、いったいどこから。…確かにお受け取りしました」


 奴隷商人が恐る恐る枚数を数え、屈強な従者がそれを運んでいく。

 俺にとって金はさほど価値がないものだが、人族にとっては違う。


「うむ。良い取引ができた。また来るかもしれないから、それまでに奴隷を仕入れておけ」


「かしこまりました。その、お客様が魔物というのは、本当なのでしょうか?」


「うむ。魔物に商品を売るのは問題があるか?必要ならば保証人も用意できるが」


 王弟ラザロ、宰相ダストン、軍団長ドルフ、そのあたりか。

 奴隷を買うという話はダストンにしたこともあるので、問題ないだろう。


「いえ、手前どもは商人でございます。商品をご購入いただけるなら、それはすべてお客様です。ただ、寡聞にしてこのような話を見聞きすることがなかったもので、少々驚いてしまいました」


「そうか。だが謙遜することはない。お前の誠実な対応に満足している。おまけに遊び心もある。良い仕事だ」


「まさか、“知恵を持つ魔物”のお客様にお褒め頂ける日が来るとは。商人冥利に尽きます。手前どもも良い商いをさせて頂きました。また、よろしくお願いいたします」


 頭を下げる奴隷商人。


「うむ。…準備はできたようだな。行くぞ」


 トシゾウは商館の従業員全員に見送られながら、【迷宮主の紫水晶】を起動する。トシゾウは新たな所有物を得て、スラムを後にした。


「て、転移…?迷宮外でも可能なのか…?」


「旦那様、いくら50人とはいえ、あのような安い値段で、よろしかったのですか?」


 トシゾウが奴隷ごと転移で去っていったことに驚愕する従者と、レイン・オブ・エリクシールを見て考えることを止めた従者。

 考えることを止めた方が、従来の常識に従って主人に声をかける。


 従者の言うことはもっともだ。

 奴隷商人の提示した1400万コルというのは、本来交渉を重ねて妥協できる、ギリギリの金額だ。

 もちろん、50人分なのでかなりの利益にはなるのだが。


 いくら相手が知恵を持つ魔物とはいえ、旦那様ならばもっと値を吊り上げられたのではないか。従者はそう言っている。


「魔物であるあの方が迷わずこの店を訪れたのは、他のお客様の紹介があったからでしょう。口には出しませんでしたが。値段を吊り上げるわけにはいきませんよ」


「なるほど…」


「それにあれはとんでもない大物です。いくら知恵を持つとはいえ彼は魔物。本来人族の常識、ましてや奴隷には疎いはずです」


「た、たしかに」


「にもかかわらず、こちらの意図を正確に見抜き、必要な時には許可を求めた。圧倒的な力を持つ魔物が、まるで熟練の商人のようでした。しかも天性の才能とでもいうのか、奴隷の扱いを実によく心得ている。彼が人族なら、私の後継人にしたいくらいですよ」


 おそらくあの魔物はまた奴隷を買いに来るだろう。ならば自分は奴隷商人として、彼の満足いく品を集めなければなるまい。


「ひとまず店じまいです。スタンピードも近いですからね。それから仕入れに行きましょうか」


 それに私にとっても楽しい取引の時間でしたからね。

 奴隷商人は奴隷を安値で売ったにも関わらず、鼻歌を歌いたい気分になる。


 なんのことはない、買われていった奴隷と同じく、奴隷商人もあの魔物のことが気に入ったというだけのことだ。

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