33 アズレイ王子はボロ雑巾になる

「あー、これはだめじゃな。ここまでじゃ。まさかトシゾウ殿だけでなく、その従者までこれだけの力を持っているとはの。我々の判断は正解だったようじゃ。あのバカ王子もこれで多少は大人しくなるじゃろうて」


「まったくだな。兵士のやつらにも良い経験になっただろう。訓練としては差が開きすぎていたみたいだが…。あの獣人の嬢ちゃんとは今度戦ってみたいもんだ」


「あ、脳筋ドルフ軍団長、撤退命令を出しますぜ」


「おう、頼むわ。それと脳筋は余計だ。降格させっぞ」


 どこか遠い目をしながら眼前の光景を傍観するダストンとドルフ。


 彼らの視線の先では、アズレイ王子と私兵が醜態を演じていた。


「ひっ、くるな、くるなぁ!お前たち、余が撤退するまでの時間を稼げ!」


 私兵を盾にして逃げ出そうとするアズレイ。最初の余裕はもはやどこにもない。


 私兵たちは顔を見合わせ頷き合うと、アズレイを置いて一目散に逃げ始めた。


「なっ、お前ら…。これまで散々良い思いをさせてやったというのに、裏切るつもりか!?」


「馬鹿言ってんじゃねぇ、うまい汁が吸えるからムカつくことがあっても従ってやってたんだ。お前のために死ぬなんざまっぴらごめんだぜ」


「まっ、まて、せめて余も連れて…」


「ここは王城ですよ?これ以上どこに逃げるんですか?」


「ひぃ!?」


 兵士たちの三重の包囲を食い破ったシオンがアズレイの前に降り立つ。


「アズレイ王子、ご主人様の命令です。今からあなたをボコボコにします」


「や、やめっ、そうだ!特別にお前を余の妾にしてやろう。美味いものも食べられるし、危ない迷宮に潜ることもない。あの男の元にいるよりもよほど満足な暮らしをさせてやる!だからめゴェッ」


「…これは、ご主人様を侮辱した分です」


「や、やめブッ」


「これは獣人のみんなを馬鹿にした分です」


「ま、本当にもう…」


「ここからが命令でボコボコにする分です」


 ゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッ


 規則的な音が響く。シオンはアズレイ王子の上に馬乗りになり、無表情で拳を振り下ろし続けた。



 うむ、上出来だ。

 トシゾウは満足げに頷く。


 自分の磨いた所有物が良く働き、美しい輝きを見せる。

 宝を蒐集することが生きがいであるトシゾウにとって、とても喜ぶべきことである。


 シオンは俺の所有物として良い働きをした。

 磨いた甲斐があったというものだ。


 仕事人なシオンもかわいいな。

 ちゃんと死なない程度に力を加減している。あれなら骨と心が砕ける程度で済むだろう。


 さて、シオンが頑張っているのに、主人の俺がさぼっているわけにもいくまい。


 トシゾウは逃げていく私兵の方へ視線を向け、【擬態ノ神】を発動させた。


「ずらかるぞ!あいつらは王子に気を取られて…、ん、男の方はどこに消えた!?…この箱は何だ?」


 アズレイ王子を見捨てて逃げ出した私兵たちの前に、突如として箱が出現する。

 アーチ型の蓋、木と鉄でできた何の変哲もない箱。正面には鍵穴が付いている。


「これは迷宮の宝箱か?なぜこんなところに…」


 あっけにとられる私兵たちの前で、宝箱の蓋がゆっくりと開いていく。

 本能的に宝箱の中身に視線がくぎ付けになる私兵たち。

 やがて蓋が開き…。



「お疲れさまですご主人様」


 シオンが俺の命令を果たし、こちらへ駆け寄ってくる。身体には傷一つついてない。


「うむ、シオンもよくやった。シオンは役に立つな」


「ありがとうございます!」


 ブンブンと尻尾を振るシオン。

 シオンはとびきりの美少女であることを除けば、なんの変哲もない白狼種の女の子だ。


 戦いの熱に白い肌が上気し、強烈な魅力を放っている。


 一筋の汗が流れる。

 舐め取りたい。

 尻尾と耳がピコピコ揺れている。モフりたい。

 未発達な少女の身体を思いきり…。さぞ…。


 ゴクリ。


 危なかった。トシゾウは無意識に伸ばしかけた手をシオンに気づかれないように引っ込める。

 なぜか、戦闘前に比べてシオンの魅力が増したような気がする。


 今は【擬態ノ神】で人族の姿になっている。人族としての本能が一瞬顔を出しかけた。


 …自分の所有物に手を出すというのはどうなのだ。

 シオンは俺の所有物だ。所有物に欲情して襲い掛かるというのは、いかがなものなのだろうか。


 所有物に欲情するのは初めての経験だ。斬新だ。実に興味深いが、今は保留だ。

 こだわりのない無節操な蒐集に価値などない。前世からの俺のルールを思い出せ。


 …今度娼館にでも行ってくるか。


 シオンに叩きのめされ死屍累々の広場の中央で、トシゾウはひそかに娼館通いを決意したのであった。


 トシゾウが娼館に行くことを決意したのは、人族としての本能や自分のこだわりによるものだけではない。

 オーバード・ボックスとしてのトシゾウの中にも、シオンという新たな所有物に対しての特別な感情が芽吹きかけていた。

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