迷宮都市ラ・メイズ

11 宝箱は王都の光と闇を見る

 迷宮都市ラ・メイズは、世界の中心にある都市である。


 これは比喩ではない。


 迷宮への入り口は人族の領域に複数存在する。


 その中でラ・メイズの中心に存在する入り口はメインゲートと呼ばれる。

 他の入り口に比べて数々の利点があり、多くの冒険者がメインゲートから迷宮へと潜っていく。


 全盛期に比べては落ち着いているものの、経済においては迷宮から産出される素材や宝物、さらにそれを求めてやってくる人々から生まれる需要で潤う。


 地理においても世界の中心に位置する。

 人族の王都であり、人族や他種族との交易の中継地であり要衝である。


 貴重な素材だけでなく、日常で消費する衣料や食料においても、人族の迷宮への依存度は大きい。


 特に、人族の世界に流通している肉の大半は迷宮から産出される魔物の肉であり、低階層においては専門の冒険者パーティが効率よく肉を生産する。

 迷宮都市から地方へ行商に赴く馬車には、魔物の肉が満載されている。


 ラ・メイズの構造は特殊だ。

 雑に言うならドーナツ型。射的の的のような形をしている。


 まるで歯車のようなギザギザの形をした内壁と、規則正しい正五角形の外壁が内外の脅威からラ・メイズを守っている。


 内壁は対魔物、外壁は対人を想定して設計されている。


 城壁以外にも数々の防衛網が張り巡らされるラ・メイズは、軍事的にも人族の象徴的な都市であった。


 内壁と外壁の間には王城をはじめとした貴族区画と、比較的生活に余裕のある富裕層の邸宅が立ち並ぶ。


 外壁の外には比較的収入の少ない中流階級の家が無節操に増改築を繰り返し、元の王都の枠を超えて発展している。

 職人の工房が立ち並ぶ工房区画と、迷宮で産出された品と外部から輸入された品々が並べられる商業区画を持つ。


 庶民の間で、ラ・メイズと言えば外壁の外を含めた一帯を指し、貴族は城壁の内部のみをラ・メイズと呼ぶ。


 冒険者の間でラ・メイズと言えば単に迷宮都市としての認識が強い。


 冒険者の多くは迷宮に近い内壁の内側を拠点にすることから、こちらは冒険者区画と呼ばれている。


 内壁の外側はしっかりとした造りの建築物がほとんどだが、内壁の内側は撤去可能なテントや、木を組んだだけの粗雑な建物が軒を連ねる。


 メインゲートへ向かう冒険者や貧民層を対象にした商いが盛んだ。

 冒険者区画と呼ばれているだけあって、活気だけは他の区画を圧倒している。


 今も年若い冒険者が屋台で商人と素材の交渉をしている。

 その後ろでは小金を手にした者たちが酒場や娼館に早足で向かっていく。


 五角形の外壁と歯車型の内壁を備え、まるでモザイクのように分かれる区画は、上空から見るとさぞ面白いものだろう。


 そこに住む者にとって様々な顔を持つのが迷宮都市ラ・メイズであった。



「これは、大したものだな」


 トシゾウは眼下の活気ある光景を素直に称賛した。


 トシゾウ達が転移してきたのは迷宮の入り口、メインゲートのすぐ傍だ。

 メインゲートを中心として半径数十メートルは広場のようになっている。


 さらに広場は小高い丘のように盛り上がっていて、内壁に囲まれた冒険者区画を見渡すことができた。


 雑多に立ち並ぶテントの間を縫うように、人が行き交う道が放射状に広がり、多くの人々が歩いていた。


 大通りを歩く人々の顔は明るい。


 冒険を終えたばかりの冒険者パーティと、今から迷宮へ潜るのであろう冒険者パーティがすれ違いざまにハイタッチしている。


 彼らは知り合いなのだろうか。冒険の無事を喜び、次の冒険の無事を祈っているのだろう。


 俺が周囲を見渡している間にもメインゲートからひっきりなしに人が出入りしている。

 迷宮から脱出できる【帰還の魔石】を使用して、直接広場に転移してくる者もいる。


 しばらく観察していると、忙しくメインゲートから出入りする者たちがいる一方で、メインゲートの近くで待機して、メインゲートから出て来た冒険者たちに声をかける者たちがいるようだ。


「彼らは何をしているのだ?冒険者には見えないが」


 気になったのでシオンに尋ねてみる。


「か、彼らは冒険者を相手にいろいろな商売をしている者たちです。例えばあの頭に布を巻いた男性は商人で、冒険者が持ち帰ったオークの肉を買い取りたいと交渉しています。あの杖を持ったおばあさんは火の回復魔法を使える術士で、傷を負った冒険者に回復を申し出て金銭を得ています。あの派手な女性は、酒場や娼館の客引きです。あるいは、自分を売り込んでいるのかもしれません」


 シオンが一人一人を観察しながら説明してくれる。


 スキル【超感覚】の補助があるのか。

 冒険者たちとシオンとはそれなりに距離が開いているのに、まるで隣で話を聞いているかのように的確な説明だ。


 実にわかりやすい。


「なるほど。シオン、お前は役に立つな」


「あ、ありがとうございます」


 シオンは少し照れたように礼をした。


「では彼らは?どうも他とは違って暗い表情をしているようだが」


 俺はメインゲートから少し離れた広場の隅を指さす。

 光の加減か若干薄暗い印象を受けるその場所には、幼い子供や老人が座っていた。

 青年もいるが、そのほとんどは人族ではなく、獣人族だ。


「彼らは、拾い屋です。魔物を倒す力がない者が、冒険者に荷物持ちや雑用として着いて行って分け前をもらいます。私も、迷族に捕まるまであそこにいました」


 シオンがどこか悲しそうに話す。


「それならば知り合いもいるだろう。あいさつをしてくると良い」


「よろしいのですか?」


「あぁ、俺はもう少し周囲を見ていたいから、行ってこい」


「はい、ありがとうございます!」


 シオンは嬉しそうに駆けていった。


 シオンの存在に気づいたのであろう、拾い屋たちが歓声を上げている。

 喜び合う様子を見て、俺も少し嬉しい気持ちになった。


「お時間を頂きありがとうございました、トシゾウ様」


「うむ。ところでシオン、ずいぶん歓迎されていたようだが、戻ってくるのに引き留められたりしなかったのか?」


「はい、みな私に居場所ができたことを喜んで送り出してくれました」


 そうか。居場所、か。


 命の恩人とはいえ、俺がシオンを所有物にしたことを快く思わない者がいると思ったのだが、そうでもないらしい。


 身請けをしてくれる者がいる。

 頼れる人を持たない者たちにとっては、ただそれだけで、恵まれたことなのかもしれない。

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