09 宝箱は契約する
それにしても、九死に一生を得たばかりだというのに、二人は落ち着いたものだ。
この世界の人間、特に冒険者は本当にしっかりしていると思う。
命が軽い世界だからこそ、子供であっても幼いままではいられないのだろうか。
「俺の名前はトシゾウ。迷宮の魔物だ。お前たちは俺に助けられた。だが俺は、別にお前たちを助けようとしてここに来たわけではない。俺から見れば、お前たちは迷族から奪った宝のおまけに過ぎない」
二人の顔を見ながら話す。
コレットとシオンは素直にうなずく。
物と同じに扱われていることを気にすることはないようだ。
この世界は人の命が軽い。
人の命は物と同じテーブルに乗っている。そのことに疑問を持つ者はいない。
二人は俺が魔物だと聞いた時、少し驚いた様子だったが、取り乱すことはなかった。
うすうす悟っていたのだろう。
宝箱の姿で迷族を虐殺しておいて、人間だというには無理があるしな。
これは後から知ったことだが、知恵を持つ魔物が人と接触を持つことは昔から稀にあるらしい。
人と会話が可能なほど知能が発達した魔物はほとんどが非常に強力な固体であり、人間で言うところの英雄と比肩する存在として畏れられるのだとか。
二人が俺の話をしっかりと聞いていることを確認し、続ける。
「だが、いくらおまけとはいえ、俺は手に入れたものを対価なく手放すことはしない」
当たり前の話だ。それは二人もわかっているが、あえて俺が宣言したことで身構える。
「まず迷族から助けた命の対価として、二人の自殺を禁じる」
「は、はい。…え?」
返事したコレットは目が点になっている。
「何を考えているのかはわかるが、求めるのは生きること。それだけだ。お前たちの価値観は関係ない」
「わ、わかりましたわ」
「はい」
どこか訝しがりながらも返事する二人。
生きていれば消費が生まれ、迷宮での需要が生まれる。
結果として冒険者が増える。
元が冒険者ならそのまま金の卵を産む鶏を助けたことになる。
俺にとってはその程度のものだ。
「ではシオン。エリクサーの対価として、その身体をもって一時的に俺の所有物となれ。俺は魔物だから人間の事情に疎いところもある。だが少なくとも衣食住は保証しよう。命令には従ってもらうが、どうしても嫌な命令には拒否権を与える」
「は、はい!」
決意を固めた表情のシオン。契約は成立だ。
「次にコレット。エリクサーの対価として、今後俺が必要になった際に協力することを求める」
「…わ、わかりましたわ」
先ほどとは違い、重々しく頷くコレット。
コレットの置かれている状況は複雑だ。端的に言って余裕がない。
それゆえコレットは、トシゾウがすぐに対価を求めなかったことに安堵しつつも、“貸し一つ”の意味がわからないほど貴族として未熟ではないため、気を引き締める。
冗談のように聞こえた命の対価は建前で、実際はこちらの要求がメインなのだろう。
「魔法契約書をお持ちですか?」
「いや、魔法契約書は必要ない。俺は、契約は自分で守らせる主義だ」
「わかりましたわ。対価は必ず、お支払いします」
コレットは冷や汗を流しつつも宣言する。
魔法契約書は、魔道具の一つだ。
双方の契約内容と破った際の罰則を定め、それを強制することができる。
魔法契約書を使用する場合、内容は厳密でなければならない。
“貸し一つ”というようなあいまいさは抜け道を残すことになる。
コレットは、トシゾウは魔物だが、そのことを知っているのだろうと判断した。
同様の魔道具には、【帰還の魔石】、【奴隷紋】、【奴隷の首輪】などが含まれる。
魔道具は、種族ごとに決まった属性の魔法しか使えない人間にとって、明らかに能力の枠を超えた代物である。
かつての英雄、あるいは神と呼ばれる存在が作り出したものだと伝わるが詳細は不明だ。
新たに開発できるものは現代に存在しない。
ただ魔力を込めることで、既存の魔道具を量産する方法が現代に伝わっている。
今回トシゾウが魔法契約書を使わないことに大した意味はなかった。
トシゾウにとってエリクサーは貴重品というわけでもなく、軽い気持ちで貸し一つと言っただけである。
迷宮の外に出た時役に立つかもと軽く考えただけであった。
もっともトシゾウが本気で求めた契約や対価を拒絶した場合、契約相手は魔法契約書を使えば良かったと後悔することになるのだが、それは別の話だ。
「最後にコレット、お前に情報を要求する」
「情報ですか。それはどういう意味ですの?」
「俺は迷宮の外に出るつもりだ。コレットは貴族だな?貴族は人族の中でも数が少ないのだろう。迷宮の外について、いくつかの質問に答えて欲しい」
迷宮の外に出るのは初めてだ。可能ならば、簡単な情報を仕入れておきたかった。
貴族ならば、いろいろと知っていることも多いだろう。
「わかりましたわ。…領地を失陥の窮地に追い込み、部下に裏切られ、あげく迷族に囚われ、友人が魔物の所有物になるのをただ見ていることしかできない愚かな貴族の話で良ければなんなりとお話いたしますわ」
コレットが自嘲気味に呟く。
いろいろ事情があるらしい。知ったことではないが。
「助かる。わかる範囲で構わない。対価は【帰還の魔石】だ。いや…、助けた対価を返してもらう前に死なれるのは困る。情報しだいで、お前の今後に必要な道具一式も与えよう」
「それは願ってもないことですわ。なんなりと聞いてくださいまし。私が人族至上主義のブタ貴族に嵌められて迷族に囚われた話も、このままではレインベル家がブタの食い物にされることも余さずお話しましょう」
「それは別に…いや、必要か?…それより良いのか?こちらから言っておいてなんだが、魔物に情報を与えるなど」
「構いませんわ。トシゾウ様は恩人ですし、常識人ですから」
「得体のしれない魔物を相手に常識人とはよく言ったものだな」
「非常識なほどの常識人ですわ。圧倒的に有利な状況でありながら、対等な取引を持ちかけてくださるなど。あらゆる情報をお渡ししますわ。その代わり、ぜひとも私の復讐に必要な力をお貸しください。私にはトシゾウ様が神様に見えますわ」
知らないうちに何かのスイッチを押してしまったらしい。
「コレットは面白い人間だな」
「ふふふ。いろいろあって少し自棄になっているのかもしれませんわね。それにトシゾウ様がその気になれば、情報の有無など関係なしに人間の世界など滅ぼせるのではありませんか?それならば私の知る情報をお教えして、領土の安堵と、トシゾウ様による人間世界への影響を最小限に抑えることを考えるべきだと思いますの」
「世界を滅ぼしたら誰が宝物を運んでくるんだ。さすがにそんなことはしない。が、なるほど。コレットは強かだな」
「できないとはおっしゃらないのですわね…。私は矮小な人間です。知恵を持つ魔物、それも恩ある方に逆らうほど愚かではありませんわ」
「そうか。情報を得られるのは非常にありがたい。俺としても貸しがあるからコレットには元気でいてもらいたい。それでは話してもらおうか」
くくく…。
ふふふ…。
トシゾウ様についていくという私の判断は正しかったのでしょうか。あぁ、でもそれしか恩を返す方法は…。
黒そうな二人の顔をみつめて、白狼種の少女は頭を抱えるのであった。
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