01 宝箱は満足している

 俺の名はトシゾウ。迷宮の奥でミミックをやっている。


 前世は地球で人間をしていた。


 ミミックになってから長い。

 人間だった時のことはほとんど覚えていない。


 通りが良いのでミミックと言っているが、本当の種族名はオーバード・ボックスという。

 超越した箱、安直な名前だ。


 最初の種族名はメイズ・デミボックスだったはずだ。

 いつの間にか進化していたらしい。


 まぁ見た目はそのまま宝箱なのでそう大した違いもない。


 趣味は宝物を集めることだ。前世からだ。

 宝物の良し悪しについては話し始めると長いので、今は省略しよう。


 とりあえず俺が冒険者の敵である魔物だということがわかってもらえれば良い。


 冒険者とは、迷宮にやってくる人間たちのことだ。

 だいたいは人族だが、獣人やエルフ、ドワーフに海人なんてのもやってくる。


 彼らの目的は迷宮で獲れるアイテムだ。

 そんな冒険者を返り討ちにして、手持ちのアイテムをかっぱらうのが俺のライフワークである。


 欲しいものは力で奪い取れ。それが迷宮のルールだ。


 最初に奪ったアイテムは石の槍だった。


 そこらで拾った石を削って、木の棒に固定しただけの武器と呼ぶにはギリギリの一品。

 それが、かけがえのない宝物に思えた。


 ミミックとして転生してから初めての戦闘。

 そして俺は自分のやるべきことを理解した。


 宝物を集めること。

 よりたくさん、より価値あるものを。

 実用的で、優美で、希少で、歴史があって…。とにかく、良い宝物が欲しい。


 欲しい。欲しい。欲しい。


 使い込まれた鉄剣、貴族が懐に忍ばせている煌びやかな短刀、どちらも素晴らしい。


 それから俺は迷宮に訪れる冒険者や、迷宮の魔物たちとの奪い合いに明け暮れた。


 戦うことも楽しかった。

 その先に宝を得ることができるからだ。

 相手が強敵であるほど、宝への期待が高まる。


 連戦に次ぐ連戦。

 死にそうになった回数は数えるのも馬鹿らしい。

 幸い俺は生き残った。


 迷宮の奥深くに行くほどに戦闘の数は減ったが、宝は良いものが増えた。

 より価値ある宝を求めて迷宮の最深部に拠点を移した。

 それからは戦闘が起こることはほとんどなくなった。

 自分以外の生物に会うことそのものがほとんどなくなったからだ。


 そのころには宝物を集めるという渇望もある程度落ち着きを見せていた。


 ふと誰かと会話がしたくなった。

 訪れた冒険者や魔物と会話を試みたのもこの頃だ。


 迷宮最深部に至る過程で力と知恵が発達したのだろう。

 転生した直後は魔物としての本能に引っ張られてほとんど思考ができていなかったのかもしれない。


 極稀に訪れる冒険者や、一部の知性ある魔物との対話はなかなかに楽しいものだった。


 当然戦いになることも多かったが、それなりに関係を築いた時もある。

 迷宮の外の世界についても断片的にだが知ることができた。


 もっとも、外の世界にそれほど興味がそそられることはなかった。

 冒険者は探求心を満たすため、名誉を得るため、何より宝物を求めて迷宮を訪れる。

 それはつまり、今俺がいる迷宮の最深部こそが最高の品々が手に入る場所であるということだからだ。


 闘争と蒐集の日々。

 俺はそんな場所で暮らせて幸せだった。


 迷宮深層に冒険者が訪れなくなるまでは。

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