番外編 あたしメリーさん。いま冒険者の指導をしているの……。

 うろ覚えだがネットで見た昭和の漫画で、『世紀末、日本中の平均気温は35℃を越え…』といって砂漠化した日本列島が描かれていたが、今年の猛暑は「35℃? やった、まだぜんぜん余裕よゆー!」と、人類の方が世紀末に適応化し、凌駕していた。

 ちなみに本日の最高気温、摂氏42.3℃。都市部の照り返しのある場所だと余裕で50℃を越えているんですけど?

 あれぇ? どーでもいいけど、昔は体温が40度を超えると正体がバレたパー○ンみたいに、脳味噌がトコロテンになるとか言われてたんじゃなかったのか!? 


『♪39度●とろけそうな日♪』

 ラジヲから流れる確か1999年、もろに世紀末に流行った歌の歌詞でも、すでに炎天下では三十九℃を謳っていたということは、地球温暖化はかなり急速な勢いで進行していたらしい。

 ついでに50度を越えると人体の細胞に深刻なダメージが与えられるというが、

「いや、暑い、暑いわぁ!」

 で、済んでいるところをみると所詮は机上の空論だったもようである。


『あたしメリーさん。このクソ暑いのに冒険者ギルドで新人向けの講義をするように、ギルド長から無理やり指名依頼をされたの……』

 夜になっても熱帯夜のまま、ドンキで買ってきたカキ氷器でカキ氷を作って、実家から送られてきたカルピスをかけて食っていたところへ、メリーさんからの怒りに任せた電話がスマホにかかってきた。


異世界そっちも暑いのか。とりあえず熱中症にならないように、小まめに水分は取れよ。こっちは、窓用エアコンだと威力が足りないので、いろいろと気分転換に夏を演出してるんだが……」


 海水浴場は軒並みやっていないし、プールは高いので、仕方がないから気分だけ南国リゾートのつもりで、部屋の中で海パン一丁にアロハシャツ、サングラスをかけて夏を満喫……しているふりをしている俺だった。

 なお、自称地縛霊であるところの霊子(仮名)――きっとこれから先も『ガール○レンド(仮)』みたいな扱いなんだろうが――も、俺に合わせて水着姿でビーチチェアに寝っ転がって、カキ氷を食べている。

 なお、人はレム睡眠とノンレム睡眠がストレスなどで逆転した時に、明瞭な幻覚や金縛りなどを体験するというので、夏の暑さが俺の脳にストレスをかけている……という具合に解釈していることにしていた。


『メリーさんもアイスとか食べているの! あとムカついたから、食べていた井○屋のあず○バーで冒険者ギルド長をぶん殴ったら、ギルド長が着用していたサファイア製の鎧兜を粉砕して、意識不明になったけど、証拠の鈍器をメリーさん即座に口の中で処分したから、事件は迷宮入りになったの……!』

「サファイア製の鎧兜って、そこの冒険者ギルド長はロビ○マスクか!?」

〝えっ、ツッコミどころそこなの!?!”

 カキ氷を片手にテレビの心霊特集を眺めていた霊子(仮名)が愕然と振り返った。


 何を不審に思う? 『あず○バー』の硬度を精密に測定したら、瞬間的にサファイアを上回る硬度だったのは有名な話だろう。ダイヤモンド以外なら確実に破壊する人知を超えた食べ物。それが『あず○バー』である。


 ――HRC10……30……100……200……!? 馬鹿な!? まだ上がるだと!?(硬度を測定したナイフメーカー『ジー・○カイ』)

 ――どうやらわしはとんでもないものをこさえてしまったらしい…(井○屋㈱)

 【by:実話・公式発言】


 状況を考えてみろ。鈍器で頭を勝ち割られた被害者の脇で、幼女がアイスバーをなめていても何ら不自然なことはない。

〝いや、めっちゃ不自然だと思うけど!”

 金田一もコナン君も、まさか『あず○バー』が凶器になるとは想像もつかないだろう。これを使えば完全犯罪も自由自在。なにそれこわい!


 と、俺が恐怖に慄く様子を眺めていた霊子(仮名)が、半眼になって憮然と呟く。

〝心霊現象とか都市伝説に囲まれた状況で、あず○バーへの恐怖に震えるとか、微妙にプライドが傷つくわね……”

 釈然としない表情でぶつくさ文句を垂れる霊子(仮名)。


『ともかく、やりたくないけどメリーさん、勇者として、あと冒険者のプロとして、『ちょっと危ない橋を渡って一獲千金』とか、ナメちゃんな考えの新人を指導することになったの。先生なの……!』

 見た目五歳くらいの幼女先生とか、エロゲーか!

 そう思った俺の思考を読んだかのように、

『枕詞に「あぶない!」とか「まいっちんぐ!」とか付きそうな、セクシー女教師なの。熱血路線の「ゆう○が丘の総理大臣」とか「さよな○!!岸壁先生」でもいいけど……!』

「いや、それはない。あと絶望ならともかく岸壁はさすがにマイナー過ぎる!」

 誤ったメリーさんの自己認識を即座に否定する俺だった。


「つーか、冒険者を全否定してないか、お前?」

『あたしメリーさん。とーぜんなの。冒険者なんてダンジョンに潜って、わけのわからないドロップアイテムをお金に変えるクズ集団なの。現実で言うなら、パチプロみたいなもので、冒険者ギルドって換金――』

「それ以上はいけない! 建前としては存在しないことになっているんだ、は。曖昧に『不思議な小箱をお金に変えてくれるお店』くらいにしておけ!!」

 問題ありまくりのメリーさんの発言に、慌てて待ったをかける俺だった。


 ともあれ、翌日の冒険者ギルド本部『マツタケの間』新人冒険者研修会場にて――。

『お前らよく来たの! メリーさんが勇者にしてウルトラスーパーデラックスハイパーミラクルロマンチックレジェンドS×無限大級冒険者の超幼女メリーさんなの……!』

 聴講生相手にいきなりかますメリーさん。

 お前は超〇女明日香か!?


『『『『『『……まずは消費者センターに連絡を』』』』』』

「おい、詐欺だと思われてるぞ、メリーさん!」

 一瞬で結託した聴講生を前に、

『お前らそこに並べなの! バラバラにしてやるのー……!!』

 フ〇ーザ様のように怒りをあらわにして、メリーさんが包丁とあず〇バーを両手に持って振り回す。


 十五分後――。

 ギルド職員立ち合いのもと、メリーさんの身分が証明されたところで、講習が開始された。

『いちいちしょうゆを確認しないと、相手の力量もわからないとか、お前らそんな風だからアマチュアなの……!』

『『『『『『しょうゆじゃなくてソースです、ソース!』』』』』』

 とりあえず反論はスルーして始めるメリーさん。

『昨今の若者の冒険者離れが進んでいる現在、メリーさんを見習ってお前らも立派な冒険者になるの……』


 なるほど。前途ある若者に対して、こんな阿呆な幼女でもやっていけるという、ものすごーーく低いハードルを示して、会員を増やそうという意図が透けて見えるな。

 昨今の若者はちょっと圧力がかかると、レンジでチンすると縮む冷凍チャーハンみたいに、あっという間になくなるからなぁ。


『――あの、質問があるのですが』

 そこで新人冒険者から挙手があった。

『メリーさん、身長はリンゴ十個分で、体重は〇〇個分なの……』

「キ〇ィちゃんか、お前は!? つーか、そんな質問はされていないだろう! あと、リンゴでも種類に応じて大きさも重さも違うよな⁈」

 俺のツッコミは無視して、あちらの会話は続く。

『俺は十四センチです!』

『パーツのはなしじゃないの……!』

 質問者はなかなか剛の者であったらしい。


『えーと、実は俺のスキルが「使えねー」と言われて、田舎から出てきた仲間から追放されたのですが……』

 途端、俺も、私も、と次々に同様の声が上がる。

 ああ、現実でもよくある話だな。ただドラッカーの著作では『無能』というのは個人の資質やコミュニケーション能力、やる気の問題ではなく、組織が適材適所に配置できずに、無駄に短所を矯正しようとする『資源の無駄遣い』をしているのが問題――つまり組織の問題だと書かれているんだが。


 そのあたりをわかりやすく説明するようにメリーさんにスマホ越しに促す俺。

『それが浅はかなの。使えねーと思われていたスキルが超進化するのがテンプレってものなの! 少女漫画でイケメンが主人公に惚れる理由が「面白い女」以外にないのと同様なの……!』

 違う! そうじゃない!!

『あと、そこのお前――』


 最初に挙手した新人冒険者を指さすメリーさん。


『ジョン・スミスです!』

 匿名希望みたいな名前だなぁ……。

『お前のスキルでも使い方によっては天下が獲れるはずなの! 要は使い方なの……! ちなみにスキルは何なの……?』

『バルーンアートです!』

『大道芸人になったほうがいいと思うの……』

 メリーさんの非常に真っ当な助言に対して、

『えええええっ! ちょ、ちょっと膨らませるので、実際に触って確かめてくださいよ! ほらほらこんなに長くて固くて立派なんですよ!』

 バルーンをその場で膨らませて迫るジョン・スミス。セクハラ行為に聞こえるのは、俺の気のせいだろうか?


『あたしメリーさん。確かに世の中には、手から和菓子を出すだけの能力で天下を取った奴や』

 それなんてダ・〇ーポ?

『オハジキを武器にのし上がった〝ピス〇ル隆太”というカープファンもいるの……』

 節子それオハジキやない。ハジキや。


 ちなみに他の新人冒険者のスキルは、

『ぬいぐるみと話せます!』

『ファンシーなの。ちょっと羨ましいの……』

『他人の便通を良くしたり、便秘にできたりできます! 自分には効果がありません!』

『やりようによっては強力な敵を便秘で斃すことも……』

『あ、一メートル以内で付きっきりでないと効果は持続しません』

『マッサージ師でも転職したほうがいいんじゃないかしら……』

『「このタンクトップは乳首はみ出るな」と買う前からなんとなく分かる能力です』

『筋トレ好きでだるだるのタンクトップ着てる奴には重宝しそうなの……』

『どこでもケーキが焼けます!』

『メリーさんと専属契約を結ばない……?』

『声を聴いた瞬間に、M・〇・Oだと聞き分けができます!』

『それは凄いの……』

 素直に感心するメリーさん。


「つーか、明らかに冒険者に向いてないぞ。向いてない奴はさっさと切るのもドラッカー流なんだが……」

『むう……ここでこいつらを脱退させたら、メリーさんの査定に響くの。とりあえずまとめて現場に放り込めば、なんか化学反応とかイヤボーンで潜在能力が開花するかも知れないの……』

 ないと思うがなぁ……。

『大丈夫なの! そのスキルでもなんとかなるの! 米軍コードネームで"BAKA"と呼ばれた人間爆弾「桜花」が、戦後にロマン兵器扱いされたみたいに、お前ら全員が協力し合えば未知なる力が湧き出すの! 友達の友達は友達じゃないけど、とりあえずつるんでみるの……!』


 やはりメリーさんこいつは、『友達の友達は他人』論者であったか。

 ともあれ、メリーさんに叱咤激励された新人冒険者たちは、その気になって協力して近くにあったダンジョンへと初の冒険へと踏み出したのだった。


 一週間後――。

「あちいな~、いい加減に残暑も店じまいにしてくれんかな」

 アパートの部屋にいるのに、すっかり日焼けした俺がこぼすのに合わせるかのように、メリーさんから着信があった。

『あたしメリーさん。夏休みの学生が文句を言うななの。この暑いさなかに働いている倍勤バイキンマンや土勤ドキンちゃんもいるのに……』

「冷房の効いた部屋でアイス食っている幼女に諭されるいわれはない! ……そういえばこの間の新人冒険者たちは元気なのか?」


 あんな微妙なスキルで本当にどうにかなったのか?


『ああ、最初にダンジョンに挑んでこりごりしたとかで、いまはダンジョン前で大道芸をしたり、マッサージをしたりして、商売に励んでいるの」

 ……まあ妥当な結論だろうな。

『ただ、ケーキ屋が覚醒して、ケーキでドラゴンを窒息させたりして、無茶苦茶レベルがあがったとかで、いまじゃ「ケーキ屋が強くて仲間にできない」状況なの……』

 口惜し気に地団太を踏むメリーさん。

「ほー、景気けーきのいい話だな」

 そう相槌を打った瞬間、

『ローラ、急に寒くなったの! 冷房の設定温度をもっと上げるの……』

 という台詞ととともに電話が切られた。

 なんという失礼な幼女だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る