番外編 あたしメリーさん。いま神の力で獣から人になるの……。

 てくてくと炎天下の王都を日傘をさしたスズカと、文字通りの乳母日傘おんばひがさで、その影に入って、『ゴリゴリ君』という異世界限定のゴリラマークのアイスを食べながら、日差しを避けて歩いているメリーさん。


『とりあえず西に向かうの。王都の西側にはデパートや今は亡きジャ〇コもあるの……!』

「お前、西って方角わかるのか?」

『簡単なの! コバルト60の崩壊に伴い発生するβ線が多く飛ぶ方向をS極、逆側をN極と定め、S極を上、N極を下として、これに直交する導線に電流を流す時、電流手前から見て導線に力がかかる向きを……』

「わかったわかった!」

 このクソ暑いのに脳が茹るような会話はやめれ!


『そういえば、今日は8月9日、現世では長崎原爆の日ですねー。オリーヴさんに聞いたのですけど、その後、世界では核軍縮の動きが加速されて、世紀末にも核戦争が起こったりはしなかったそうで、安心しました。平和って素晴らしですね~』

 ふと思い出して、スズカがしみじみと語る。


『あたしメリーさん。その代わり、核兵器持っている国の数がズンドコ増えたり、アメリカも割と隠さずに戦略核持ったまま日本に寄港したり、東北では原子力発電所が軒並み爆発して現在も放射能をモリモリ垂れ流しているけど、まあ平和なの……』

 ゴリゴリ君を齧りながら、メリーさんが割とどうでも良さげに付け加える。

『いやいやっ、なんですかその現実逃避したような平和は!?』

『現代人は基本的にそこにある危機は見えなくなる特殊能力を発揮してると思うの。ほらツ〇ッターでもあるでしょう? ミュート機能……』

『いや、ツ〇ッターというのがわからないんですけれど……』

『ともかく、メリーさん思うんだけど、「可哀想過ぎるのは抜けない定期」とクリ〇タルボーイも言っている通り――』

 言ってないぞ。

『悲惨すぎる状況はかえって萎えるので、この世に核兵器の神がいるとしたら、きっとこうやって小出しにして、その時々の状況を愉しんでいるに違いないの……』


「……アホに正解を指摘されると、なんか自分がそのレベルに落ちた気がするな」


 この時期になるとどこのご家庭もおかんが連日のように茹で、また独り暮らしの学生の元へ山ほど送られてくる素麺を茹でたものを、市販のツユで食べながら思わず俺が愚痴ると、勝手に大皿から素麺をシェアして食いつつ――まあ、俺が目を離している間に勝手に茹でる素麺の量を増やして、吹きこぼれしないようにガスの調整をしていたので(暑いので俺は見て見ぬふりをした)、とやかく文句をつけるつもりはないが――点けっぱなしのテレビで長崎平和の式典を眺めていた霊子が振り返って、

〝図星を指されたって何が?”

 そう聞かれたので、薬味の皿から何種類か薬味を取り出して、ツユにつけながらテレビに映った平和を祈る人々を眺めつつ、独り言のように答える。

「いや~、原爆なんて人類の愚かさの証明だな。どこのどいつが・・・・・・造ったのかは知らな・・・・・・・・・いけど・・・、こういう悲劇は二度と起こしてはならないよな、うん」

〝……なぜかしら、なーんか空々しいというか、放火魔が火事場を眺めて「うわ~、大変だな」「火事には気を付けないとな」と、憤りをあらわにしているような、文字通りのマッチポンプ発言に聞こえるのは、あたしの錯覚かしら……?”


 まあ、確かに造るようにそそのかしたのはニャルラトホテプだが、その後の核兵器おかわりや、杜撰な管理は人間の自業自得だぞ。

 そう思いながら、薬味の納豆と明太子とバター、レモン、マヨネーズを一緒に溶かして素麺を啜る。


〝うわ~……納豆と明太子はギリ許せるとして、バター、レモン、マヨネーズはないわ。単体ならどーにか納得できるとしても、全部入れとか……”


 ドン引きしている霊子をよそに、どの店に入るかああだこうだとお互いの主張を交わしているメリーさんとスズカだったが、そこへ若い女性の声が割り込んできた。


『神様! もしや、貴女は御先稲荷オサキトウガ様ではありませんか!?』

『――げっ』

 げんなりした口調で一言呻いたスズカが、声をかけてきた相手に向かって嫌々振り返ったところ――。

『ぎゃあああああああああああっ! ワニっ!!』

 目の前になぜか直立歩行をしたワニが立っていた。

 尻尾を逆立てて硬直するスズカの隣にいるメリーさんはマイペースに、

『そういえばワニ〇ガジン社って、えっちな本以外にもグルメ本とかも出しているとか、意外だったの』

 本当にどうでもいい感想を口にしていた。


 そんなふたりをよそに、ワニはスマホから聞くと女の子そのものの声で、感極まった様子で、

『ああ、もう何の手立てもなくなり、神頼みしかないと思って王都にある異世界人が建立したという、謎の稲荷神社にお参りしたその足で、まさか神様にお会いできるなんて、まさに天祐です! ――ねえ、テツヤさんっ!』

『そうだね、ケイコさん!』

 呼びかけられて物陰から若い男性の声が応える。そんでもって現れる、でっぷりと太ったワニ。


『うわ、また一匹増えた!』

 さらに恐慌をきたすスズカ。

『あたしメリーさん。正確には最初のはイリエワニで、今度のはクロコダイルなの……』

『どっちも似たようなもんです。区別なんてつきません!』

『『『いやいやいや、全然違うの(違います)』』』

 すかさず否定するメリーさんと当のワニ二匹。


『そんな風だから、女は軽ワゴンもワンボックスも区別がつかないと言われるの……』

 困ったもんだと嘆息するメリーさん。

『え、いまの私が非常識な流れになるんですか?!』

 愕然とするスズカ。

『とりあえず、先制攻撃なの! ワニは噛む力はスゴイけど、開く力はヘッポコなので、口を開く前に掴んで縛るの……!』

 スズカの後ろに隠れて指示を飛ばすメリーさん。

『いやいやいやいや、二匹相手にするなんて無理ですよ! 片方はメリーさんが相手にしてくださいよ!』

『さすがに幼女の握力では無理だと思うの。大丈夫、イ〇トだったら余裕なの……』


『いや、あの。別に食べないので、僕たちのお願いを聞いてくれないでしょうか?』

 お互いがお互いを危険にさらそうとする、醜い仲間割れをよそにワニ男が、おずおずと低姿勢に頭を下げてお願いしてきた。

 それに合わせて最初のワニも「お願いします」と懇願する。


『『…………』』

 思わず顔を見合わせるメリーさんとスズカ。

『……まあ、とりあえず話をきいてやってもいいの。そのへんの喫茶店で、そっちの奢りなら』

『『ぜひお願いします!』』

 勝手に話を進めたメリーさんによって、ワニ二匹にたかる気満々で場所を変えることになった。


 ということで、さすがは異世界。ワニでも問題なく通された喫茶店の奥まった席で、周りをはばかりながら、メリーさん&スズカとワニのケイコさん&テツヤさんとで向かい合っての席に座る。


『あたしメリーさん。そういえば、スズカってお稲荷さんだったの……?』 

『……ええまあ、亡き母親の勧めで資格だけは取っているんですが』

 と、「アイドルになったきっかけですか? 弟が勝手にオーディションに書類を出しちゃって♪」というアイドルみたいな理由を口にして、懐から免許書みたいなのを取り出してメリーさんに見せるスズカ。


御先稲荷オサキトウガ(普通一種)】


 ちなみに『御先稲荷オサキトウガ』というのは、神社に祭られている白狐で、代表的な善狐であると言われている。

『ほうほう。これが私のお稲荷さんなの……』

『……気のせいか、バカにしていませんか、もしかして?』

『気のせいなの。あと、メリーさんも神様の免許書なら持っているの……』

 スズカに免許書を返すついでに、バッグをゴソゴソやって何やら取り出すメリーさん。


アザトースAzathoth(外なる神々の王・盲目白痴の神・万物の王…etc)】


『――おっと、間違えたの。こっちの【そよかぜ終身名誉女神(オートマ限定)】が正しいの……』

『ちょっと待ってください! いま、なにかとんでもないものを見せられた気がするんですが、わたしは?!』

 気にするな。気にしたら負けだぞ。


『あの、それで私たちの話なのですが……』

 このふたりのペースに合わせていると、いつまでたっても自分のターンが来ないことを賢明にも悟ったらしい、ケイコが強引に話に口を挟んでくる。

 ついでに物理的に巨大な口も挟んで、スズカを仰け反らせる。


『もうお察しかと思うのですが、私とテツヤさんとは恋人同士なのです』

『異種交配なの……』

「まあ、それをいうなら、異世界に行って現地人とくっつくのも、広義には異種交配だけどな」

 まして獣耳のある相手とか、人化した魔物だと、ほぼ獣姦だろう。

『確かに褒められた話ではないかも知れません。けれど、私たちには確かな愛があるのです!』

『ケイコさん! ああ、そうさ……僕たちがワニではなくて、人間だったらちょっとした人種の違いで済んだのに』


 悔し気なテツヤの声がして、そっとケイコの前脚を取って慰める気配がした。

 それを他所に、ジュースとパフェとパンケーキをパクつくながら、適当に聞き流すメリーさん。


 以下、二匹のワニ曰く、『自分たちが人間だったら』――ワニの擬人化を想像しながら話を進める。


『「私は自分を人間だと思っているので、この姿で登場します」という綿の国☆なの……!』

 メリーさんが実質的に伏字になっていないタイトルを例に出して盛り上がる。

「いや、どっちかっていうと実態としては『荒野〇蒸気娘』に近いような……」

 オタク特有の脳内補完でなんとかするのにも、相手がワニだと思うとなかなか厳しいものがあるな。


 ワニの有力者、入江イリエ家の屋敷にて――。

「えっ、お父様。なんとおっしゃったのですか!? 縁談……なんて、そんな急に!」

 愕然とする黒髪清楚系の娘、ケイコを前に頑固そうな父親が、取り付く島もなく言い放つ。

「もう決まったことだ。相手は海満カイマングループの御曹司クンツ君だ。どこからも文句は言えない良縁だろう!」

 その言葉と同時に奥のフスマが開いて、スタンバイしていた眼鏡をかけた細面の青年が姿を現す。

「初めまして、ケイコさん。眼鏡の海満カイマングループのクンツと申します」

 いかにもできる男という風にキラリと眼鏡を反射させて挨拶するクンツ。

 さらには――。

「あ、これ結納品です。ほんの30カラットですが……」

 大粒のダイヤモンドの指輪を前に、一瞬息を飲んだケイコであったが、

「そんな! 急すぎます。それに私には……」

「ふん! ワシが知らないと思うのか? あのデブの黒子クロコ家の小倅と、密かに会っているそうだな? あんな没落した家柄の何の能もない男との交際など認めるわけがないだろう! お前がここでうんと言えば由、言わないのなら……もしかすると、どこからか冒険者ギルドあたりに『クロコダイルの皮』で、採集依頼が出るかも知れんなぁ」

「!!! ひどいっ! お父様、あんまりですわ!」

 そう叫んで感情のままその場を後にするケイコ。


「こらっ、待たんか、ケイコ! ――ちっ、すまんな、クンツ君。ワシの躾がなってなくて」

「はははははっ、気にしないでください。じゃじゃ馬慣らしは得意中の得意でして」

 鷹揚に頭を下げるオヤジに向かって、どこか冷酷に答えるクンツ。


 さて、家を飛び出したケイコは、その足でふたりがいつも逢引きに使っていた、王都の中のエアポケットのようにある寂れた稲荷神社に来ていた。


「ケイコさん?! 良かった、君が強引に結婚させられそうだって聞いたから、無理やりにでも屋敷に入ろうかと思ってたところなんだ」

「テツヤさん!! ダメよ、そんなことをしたら父の力で、ハンドバッグにされてしまうわ!」

 ひしっと抱き合うふたり。


 ここまで黙って話を聞いていたスズカがアイスコーヒーを飲みながら、メリーさんに囁く。

『……話を聞く限り、縁談相手の方が経済力もイケメン度も高そうなんですけど、なんでこんなこっちがいいんでしょうね?』

『きっとデブ男趣味じゃないかしら。学生時代には相撲部とか柔道部とか、デブの巣窟に興味津々だったけど、露骨にバレるのを恐れてワンクッション置いて剣道部だったに違いないの……』

 偏見塗れのメリーさんの意見は無視して、ワニふたりの話は佳境に入った。


「……確かに僕は何もできない、金もないワニだ。だけど君をきっと幸せにしてみせる」

 そういって取り出したハンカチを指輪のように、ケイコの薬指に巻くテツヤ。

「ありがとう、テツヤさんっ!」

 より一層抱き合うふたり。

「ああ、僕たちが人間だったら――!」

「異世界のこの神様にお願いしましょう。私たちを人間にしてくださいって!」

「ああ、そうだね。この世界の神ではなくて、異世界の神様ならきっと……」

「そうよ、それにオズ〇ガジンにも、ここの近所でお稲荷様に会えるかもって書いてあったし!」

「「きっと僕(私)たちは人間になれる(わ)!」」

 そうしてふたつの影が、やがてひとつになって、妖艶な声が……。


『『――というわけなんです!』』

 話がひと段落ついたところで、身を乗り出すケイコ&テツヤ。

『わっ――!?!』

『えっちな話題から爬虫類の顔がアップになると、脳がバグるの……』

 現実を前に椅子ごと倒れるスズカと、食べ終えてゲップしながらコメントするメリーさん。


『こうして御先稲荷オサキトウガ様に出会えたってことは、僕たちの願いをかなえてくれるってことですよね?』

『ですよね?』

『え、えええ?!?』

『あたしメリーさん。なんか途中から、し〇がる日本橋みたいなノリの自作自演臭さを感じるの……』


 だったら助けてやれよ。


『メリーさん、つぶらな瞳に丸い顔で頬が赤みがかっていて頭にあんこが詰まってそうなヒーローじゃないから、知ったこっちゃないの。だいたい名指しで神様扱いされているのはスズカなの。メリーさんもちゃんとした女神なのに、なぜかスルーされてるし……』

 どうやら自分に指名がかからなかったのがお気に召さないようだが、実際、邪神を崇める病んだ人間の集団でも、アザトースメリーさんを崇める酔狂な信者ってほとんどいないんだよな。

「アホ過ぎるからな……」

 どんだけ祈っても既読無視スルーだから、脈ないと匙を投げられてるのが実状であった。


『わ、わかりました! とりあえず人化の術を教えますので、明日からあのお稲荷さんに通って来てください』

 一方、ふたりの熱意に打たれた――押し切られたスズカは、人化の術を教える約束をしてしまったらしい。

 それを聞いて盛り上がるふたりを他所に、スズカが重いため息をついた。


 なお、その日の夜――。

『いやー、重かった重かった、あのワニ』

『ギルドの依頼で鰐皮を取るのに指定されたターゲットを討伐してきたのですけど、異様に肥満していて帰りは馬車が必要でした』

 疲れて帰ってきたエマとローラの話を聞いて、

『うわあ~~~……』

 と、スズカが頭を抱えたそうで、翌日にはやっぱり二匹とも稲荷神社には来なかったそうであるが――。


 後日――、

『あたしメリーさん。ケイコらしいワニがでっかいダイヤモンドの指輪をして歩いているのを見たの……』

 ということで、まあ、世の中の悲劇はなかなかなくならないものである。

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