Aimer

蒼原悠

Selective abbreviation,






 ひとりの少女がいました。


 容姿は人並み。頭のよさも人並み。当たり前に誰かを愛し、誰のことも憎まない。誉め言葉だって忘れないし、いつも笑顔を欠かさない。

 そんな子でした。

 そうでありながら、少女はなぜか、天性の“ひとりぼっち”なのでした。


 友達は、いません。どんなに頑張って話しかけても、隣に並んで遊んでも、“仲のいい人”以上の存在にはなれません。いつか、言われました。『いつも笑ってばかりいて気味が悪い』『私たちに興味がなさそう』だと。そんなつもりは少女にはありませんでした。

 好きな人も、いません。好きになった人ほど、決して少女に関心を持ってくれないから。悲しくて、怖くて、理由は誰にも尋ねられませんでしたが、いつしか“そういうものなんだ”と思えるようになりました。

 家族も、いません。……いえ、いるのです。少女ひとりを置いてきぼりにして、今日も家事や仕事に追われています。その眼中に少女は入っていません。

 学校では誰にも話しかけられません。自分から話しかければ応答してくれるし、仲良しのような格好はいくらでもできるのだけれど、なんだか虚しくなってやめてしまいました。

 この世界は、私がいなくても回る──。

 思えば、とうの昔に、少女はそんな真理にたどり着いてしまっていたのかもしれません。


 悲しいと叫ぶ相手はいない。理由も分からない。分からないなりに少女は、穴だらけの心を埋め尽くす悲しみをやり過ごす方法を見つけていました。

(公園、行こう)

 悲しい出来事や思い出が身を焦がすたび、少女はうつむいて歩きながら、いつもの逃げ込み場所を目指します。

 学校から家までの途上に公園がありました。住宅街の中にあって広くはないけれど、ジャングルジムやシーソーやアスレチックの揃った、ちょっぴり立派な公園。その片隅には錆びたブランコが立っています。みすぼらしい、誰からも見向きのされないブランコが、たったひとつの少女の居場所でした。

 腰かけて、足を蹴り出すと、ブランコは少女を乗せたまま空高く舞い上がります。

 遥か、遥か、どこまでも高く蒼い空が、少女の頬を繰り返し叩きます。

 そうすると、不思議。自分を痛め付けたいと願う気持ちも、風に乗ってどこかへ吹き飛んでしまうのです。

(上を向いて生きれば、涙、こぼれないよね)

 そんな淡い期待が、いつも少女に決まって錆びたブランコを選ばせます。

 ブランコが好きな理由はもうひとつありました。ブランコを漕いでいると、遠くの方の立派な遊具で遊んでいる子どもたちの姿が見えるのです。どこの学校の、何という名前の子か、そんなことは少しも知りません。ただ、賑やかな声と愉快そうな顔が、ブランコの周りを漂う静寂を遠巻きに破ります。

 長く通ったおかげで、すっかり見慣れてしまった子もいます。

 いつもジャングルジムの頂点へと登りたがる子。

 滑り台を逆走するのが好きな子。

 晴れの日も曇りの日も、ベンチに座ってゲーム機で対戦している子たち。

 時おり目が合う男の子もいました。初めて見かけて以来、たぶん四年は経っていたと思います。砂場で山を築いたり、登り棒のてっぺんから空を見上げたりしながら、たまに少女と視線が合うのです。

(私は向こうにどう見えているんだろう)

 分からなくて、怖くて、少女はいつも目を伏せてしまいます。それでも心は満たされました。いつか、あの輪の中へと混ざれたら──。そんなちっぽけで儚い望みが、明日の少女の活力の源になりました。


 生きていくのが楽しくなくても。

 毎日、毎晩、どうしようもない虚無感にあえいでも。

 負の感情をやり過ごすため、少女は公園に通い続けました。──あの頃、少女はまぎれもなく自分の意思で、生きようと、生きたいと、もがいていたのでした。









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