第六話
お膳を片付けるために小鬼たちが部屋に入ってきたのをきっかけに、蓮は抱擁を解いた。離れていったぬくもりが恋しくて、華鈴は少しだけ残念に思う。そう思った自分にまた驚いて、華鈴は赤面した。蓮の方はなんとも思っていないかもしれないが、華鈴にとって家族以外の異性と抱き合うなんて初めての経験だ。それも、会ったばかりの人。どうしてあんなに安心できたのだろう。今まで、人に嫌われないようにと自分の感情は抑えてきたのに、蓮の前ではうまく抑えられない。
いつもの不安感とはまた違った胸のドキドキに、華鈴は戸惑う。なんだか蓮を見つめるのも恥ずかしくなって顔を覆っていると、まだ泣いていると思われたのだろう。蓮に大きなため息をつかれた。
「もう泣くな。しかし、なんでお前が幽鬼姫なんだ……」
「……あの、幽鬼姫とは一体何なのでしょう。もしかして、私の事ではありませんよね……?」
幽鬼とは、人を襲う恐ろしい鬼のことだと昔聞いたことがある。華鈴の両親は山神様に会う前に幽鬼に喰われた、という噂もあった。そんな恐ろしいものに関わる幽鬼姫が、自分のような気の弱い娘であるはずがない。きっと、蓮は否定してくれる。
「山神は、お前が幽鬼姫だと。俺も信じられなかったが、実際にその力を見せられたからな。お前は間違いなく幽鬼姫だ」
蓮の瞳は真剣そのもので、華鈴の期待は裏切られた。
「……そんな、私には何の力もありません。何も出来ないんです。蓮様もお分かりでしょう? 私は、生贄として差し出された娘ですし……幽鬼姫なんてありえません!」
「うるさい。山神はそもそも生贄なんて望んでねぇんだよ。お前ら人間が勝手に死んだって神には害でしかねぇ。死んでった人間の怨念が神を邪に堕とすんだ。本当に迷惑な話だ」
「そんな……」
それでは、両親は何のために生贄になったというのだ。もしかしたら、華鈴と同じように山神様に会って社に案内されて、どこかで生きているかもしれない。村には戻って来なくても、生きていてくれたらそれでいい。実際に両親の遺体を見ていないため、華鈴は淡い希望を抱いた。
そして、蓮の言葉に真剣に耳を傾ける。
「幽鬼とは、人間のそういう身勝手で殺された者達の怨念から生まれるんだ。その怨みが強ければ強いほどに姿形は醜くなる。俺は幽鬼を滅する鬼狩師。そして、幽鬼姫とは唯一幽鬼を救うことができる存在だ」
(幽鬼を救うことが出来る存在。それが私?)
華鈴には、自分にそんな力があるとは思えない。村中の人間に嫌われ、受け入れられず、孤独だった華鈴に、誰かを救う力なんてあるはずがない。
――でも、もし本当に力があったら?
誰かに必要とされるなら、この命さえも差し出そう。
こんなことを言ったら、きっと蓮にはまた怒られる。
それでも、華鈴にしかできないことがあるのなら、できる限りのことをしたい。
「私が、本当に? 本当に幽鬼姫なのですか……?」
「あぁ、だから俺はお前の面倒をみる。鬼狩師は幽鬼姫を守らなきゃならねぇからな」
そう言った蓮は、気の抜けたような笑みを浮かべていた。もう仕方ないと諦めたような、それでいて楽しんでいるような、優しい笑顔だった。華鈴は思わず蓮の顔を凝視してしまい、彼は笑みを消して不機嫌な顔になる。ふんっと顔を背けた蓮が可愛く思えて、華鈴の口元は緩んだ。
「何笑ってんだよ……でもま、泣かれるよりはましだな。好きなだけ笑ってろ」
蓮の言葉には、怯えていた華鈴を気遣う不器用な優しさが含まれていて、胸が詰まった。
ここに、いてもいい。そう言われた気がしたから。
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