秋の夜の月2

 黙ったまま自分の手元だけに目をやっていると、僕が持っている缶を菖蒲がつついてきた。


「紫苑さん、飲まないんですか?」

「……あんまり美味しくなかったからさ」

「じゃあぼくが飲みたいです!」

「別にいいけど」


 もう生温くなっているそれを菖蒲に渡す。喜んで飲んでいく姿を横目で捉えながら、時間を確認した。決して予定があるわけではなく、手持ち無沙汰なだけだ。口にする話題も見つからないまま、眩しい夕陽に目を細める。

 それから数分が経ち、沈黙に耐えかねたように僕の口が動いていた。


「美味しい?」

「すっごく美味しいです!」


 口に合ったようで、ほっとする。しかしこれ以上飲むのは悪いと思ったのか、僕に返そうとしてくる菖蒲の手をそっと押し返した。


「いいよ。全部あげる」

「ぼく、紫苑さんにもらってばっかりですね」

「そうだね。少し甘やかしすぎているかな」

「ぼくが甘えすぎているんだと思います」


 甘えている自分を咎めるように、菖蒲が手に力を込めた。缶が音を立てて凹む。楽器の代わりになりそうな音が小さく響くも、それはすぐに電車の音で掻き消された。弓張駅のホームへ入っていく電車を後目で見送ってから、僕は小さく息を吸う。


「子供なんて、甘えるのが仕事なんじゃない?」

「紫苑さんもぼくくらいの時は誰かに甘えていたんですか?」

「……さあ。どうだったかな」


 菖蒲の問いかけに曖昧な返ししか出来ない僕の言葉は、説得力に欠けていたのだろう。きっと、僕も子供の頃はよく甘えたものだ、と言っておけば子供はそういうものなのか、と受け入れてくれたに違いない。甘えない自分は間違っていないと主張するみたいに「ほら」と胸を張られた。


「それにしても、紫苑さんが誰かに甘えてるのって想像出来ないです」

「甘えたことなんてないのかもしれないね」

「じゃあこれからは家族の方とかに甘えないと駄目ですよ」

「なんで僕が」

「だって紫苑さん、僕よりは大人でも、まだ子供じゃないですか」


 子供に子供と言われて口元が歪みかけたが、納得がいかないと言いたげな不満だらけの童顔に、毒気を抜かれる。子供がするような顔じゃない。僕を本気で心配して、気にかけているようなその顔は、あまりに大人びている。

 ただはしゃいで遊んで、楽しんでいればいいはずの小学生から『楽しむ自由』を奪うと、その年で考える必要のないことばかり考えるのだろうか。


「……甘え方なんて、分からないんだよ」


 長く小さな息と共に吐き出す。それは菖蒲を更に悩ませることになったようだった。うーん、と唸り出した彼を見て話題を変えようと思ったが、僕が何かを話し出す前にその唇は開かれていた。


「紫苑さんは、ぼくを助けて、甘えさせてくれるいい人ですよね」

「は? いい人? 僕が?」


 初対面時に車道に放り投げるぞと言われておいて、よくそんなことを言えるな、と呆れつつも心配になる。大人は信用出来ないと言っていた割に東雲のことを信用しているように見えるところもあり、どんな人間でも信用して付いて行ってしまいそうな危うさを僅かに感ぜられた。

 そんな心配などきっと露知らず。菖蒲は子供らしい笑顔を咲かせて首を縦に振った。


「はい。でも、思うんです。そんな紫苑さんのことは誰が助けてくれるんだろう。誰が、支えてくれるんだろうって」


 ようやく表情が年相応になってきたというのに、発言が年不相応だ。


「もう少し子供らしいことを考えた方がいいと思うよ、君」


 乾いた笑みを漏らすと、菖蒲は馬鹿にされたと思ったのか無駄に音を立ててベンチから飛び降りる。眉を吊り上げられても幼い顔では迫力がなく、むしろなぜか微笑ましい。菖蒲が子供らしい顔をしていれば、不思議とほっとすることが出来た。

 菖蒲は缶を持った手を大きく一回振るう。中身が飛んでくるのではと焦ったが、どうやらもう飲み終えた後のようで、悲惨な事態になることはなかった。


「大人っぽくて知的な男の子の方が、好かれやすいんですよ! 多分!」

「それはどうかな。馬鹿みたいに騒いでいることが多くて、話していて面白い奴の方が好かれやすい気がするけど」


 僕の意見に言い返そうとして、けれど思い当たることでもあったのか、不服そうに頬を膨らませて黙り込む。再びベンチに飛び乗った彼に、僕は別の話題を振った。


「そういえば、今日は塾終わるの早かったんだね」

「あ、はい。その日の分のプリントをやり終えたら帰れるので。今日はなんだか、いつもより集中出来て、一番にプリントをやり終えたんですよ! ぼく、偉いですか?」

「偉いっていうか、すごい、じゃないかな」

「あと、この前やったテストが返ってきて、満点だったんです! へへへ……お母さん喜んでくれるでしょうか?」


 話題の変え方を間違えたことを確信して、僕は胸中で自分に「馬鹿」などと毒吐く。

 笑いながら言っているのに、菖蒲の顔は翳っていた。それを見て気付いたことだが、恐らく菖蒲が忘れたかったのであろう記憶は、失われていない。

 非日常の世界の記憶を失って、日常に戻されただけなのだ。それは決して悪いことではない。むしろよかったと僕は思う。非日常ばかりに心が向いて、日常を普通に過ごせなくなる前に戻ることが出来たのは、恐らく菖蒲にとって良いことだ。

 失いたいと望んだ記憶を忘れられなかった。それは菖蒲自身からしたら納得のいかないことかもしれないが、忘れずに向き合えというお告げにも思えた。

 間が出来てしまっていることにはっとして、不安げな目でこちらを見つめる彼を落ち着かせてやるように、微笑する。


「喜んでくれるといいね」

「はいっ! 紫苑さん、また今度お話しましょうね」


 菖蒲は薄暗くなってきた空を見上げてから挨拶をすると、僕に礼儀正しく頭を下げ、駅へと歩いていく。駅の人ごみに吸い込まれていった小さな背中が見えなくなり、ようやく僕も歩き出した。

 涼しい風が髪を揺らす。視界を遮った邪魔な前髪を払って、ふと香った金木犀の香りに思わず日付を確認した。九月二十五日。秋を知らせる甘い香りは、まだ微かに残っていた夏の匂いを上書きしていっているみたいだった。

 六日後の文化祭・秋月しゅうげつさいを楽しみに思っている自分がいることに気付いて、笑ってしまう。僕が日常に楽しさを見出すなんて、と笑い飛ばしたつもりだったのだが、正直な気持ちを吐くなら、笑ったのはただ楽しみだと思ったからだ。

 そんな自分に呆れて深呼吸をする。僕らしくない気持ちを自分の中だけに留めるように、空気と一緒に奥の方へ追いやった。


     ◆


 文化祭当日、浅葱のクラスは早く集まるようにと言われていたらしく、共に登校はしなかった。彼女の仕事は午前中に一時間あるだけみたいで、仕事が終わったら携帯で連絡を取り合って合流し、一緒に回ろうという話になった。

 僕は普段通りに登校して、教室に入る。そしていつも通り自分の席で仮眠をしようと思ったが、教室内はもう店内と化しており、自分の席がどこかなんて分からない。並べられた机に綺麗なテーブルクロスがかけられていたり、壁や天井に飾りが付けられていたりして、文化祭だということを忘れていたら別世界に迷い込んだと勘違いして引き返しそうだった。

 黒板前で騒いでいるクラスメート達から離れた所――窓際の後ろの方の席に座って、ホームルームが始まるのを待つ。漏らしかけた欠伸を噛み殺し、窓の外の青空を見ながら嘆息する。

 この六日間の夜は浅葱を枯葉達に任せて、紫土に言われた通り三日駅に一番近い公園付近をうろついていたのだが、綾瀬早苗に会うことは出来なかった。嘘の情報を掴まされたのではとも考えたけれど、他に探す場所もなく、彼女に会えることを信じてその公園に通い続けた。もちろん、こちら側の世界で蘇芳の学校まで行って会うという手も考えた。しかし出来れば偽物の世界で会いたい。


「お、おはよう、呉羽!」


 考え事に浸かっていた意識はいきなりかけられた声に釣り上げられる。声をかけられたことだけでなくその声の大きさにも吃驚して、僕は肩を跳ね上げていた。視線だけを返すと『文化祭委員』と書かれた腕章を付けている男子生徒が勢い良く頭を下げる。

 なんとなく見覚えがあるなと思いながら記憶を辿って、そういえば文化祭楽しもうとか声をかけてきたのも彼だったと思い出す。ぼうっとしたままその頭を見てから、興味を無くしたように視線を窓側に戻すも、彼の大声に視線を引き戻された。


「頼む! これ着てくれ! この格好で、宣伝のプラカード持って店の前で立ってるだけでいいから!」


 細めた瞳の中で、頭を上げた彼は白黒の衣装を僕の方に向けてくる。黒いドレスみたいな服に白と黒のリボン、フリルで縁取られた白いエプロン。どこからどう見ても男が着るような服ではないそれは、メイド服というやつだ。

 僕が顔を引き攣らせて無言のままそれを見つめていると、他のクラスメートまで寄って来る。普段関わらないくせにイベントの時に限って話しかけて来る彼らが、餌に群がる蟻に見えてきて、今すぐ窓から飛び降り帰宅したい気分に陥る。


「お願い呉羽くん! 多分それだけで売り上げトップ狙えると思うの!」

「最優秀賞だって夢じゃねぇ! 頼む!!」

「……僕になんの得があるわけ?」


 僕を置いて盛り上がっている声を低声で切り捨てた。突き放すような冷たい声に数人が気圧されたのを見て、もう一押しで切り抜けられると確信する。更に続けて刃を放とうとした僕に、文化祭委員の男子が詰め寄ってきた。


「得はある! 売れ残ったデザートとか全部呉羽にやるって、みんなで話し合って決めたんだ!」


 叫ぶように言いながら、彼は黒板の方を指差す。そこに書かれていたメニューを見た僕の感想は、高校の文化祭でそんなものを作るのか、だ。そう思うくらいメニューは豊富で、十種類ほどのケーキが用意されているようだった。内装も綺麗だし、これなら僕がそんな服を着なくても最優秀賞を取れそうなものだ。

 そう思いつつも、僕が文化祭委員の方に向き直って言った言葉は、自分で呆れるようなものだった。


「全種類一個ずつ残ってなかったら許さないよ」


 お菓子の誘惑には、勝てなかった。



 メイド服に身を包み、僕は店の前で黙ったまま突っ立っていた。文化祭だからこういう格好の人も多いと思ったのだが予想以上に少ないらしく、通りかかる人の目を引いている。先ほどは小学生の女の子に握手と写真撮影を求められてすごく困った。とりあえず握手だけして写真撮影は断ったが、握手だけで満足してくれたようだ。

 ただ立っているだけだから疲れないと思った僕が馬鹿だったと思うくらい、既に疲労感で逃げ出したい。なによりずっと営業スマイルを浮かべなければならないのが辛い。まだ十分ほどしか経っていないのだろうが、表情筋が悲鳴を上げていた。


「おい! すげぇ綺麗なメイドさんがいるぞ!! すげぇな!」

「わ、すごい美人……って」


 ただでさえ騒がしい廊下で、一際大きな声が響く。とりあえず反応からして来店してもらえるだろうと思い、僕は営業スマイルで振り向いて――元々引き攣っていたスマイルが更に引き攣った。

 感激したように僕を見ていたのは枯葉だったし、その横に立っているのは蘇芳だ。なぜ二人がここにいるのかも気になったが、それよりもこんな格好を見られたという、屈辱に似た感情の方が前に出てきて、僕の表情を固めていた。


「呉羽先輩じゃないですか!」

「なっ、えっ、呉羽!?」


 蘇芳に言われるまで気付かなかったらしく、枯葉が面白いくらい動揺している。その動揺っぷりを笑ってやろうと思ったのだが、その前に枯葉の笑い声が上がった。


「ぷ、ははははははは! おま、なんだよそのかっこ!! やべぇ腹いてぇ!!」

「……お前その指一本ずつ折られたいか?」

「わりぃ、怒んなよ! っははは、に、似合ってるぜ、く、ふ、ははははは!」


 本当に腹を抱えて笑っている枯葉を殺したい衝動に駆られるも、なんとか堪えた。今僕が味わっている屈辱と同じくらいの屈辱を与えてやりたい。

 未だ笑っている彼の脛に、蘇芳が蹴りを入れた。


「いつまで笑ってんのよ。あたしが言うまで呉羽先輩だって分からなかったくせに……あ、分かった。メイド姿の謎の美少女にドキッとした自分が恥ずかしくて誤魔化そうとしてんでしょ!」

「はぁ!? ちげぇよ! 俺がこんな奴にドキッとするわけねぇだろ! 宮下が着たら似合うだろうなって思っただけだからな!」

「あ、そういえば宮下センパイはどこです?」


 いつでも浅葱のことしか頭にないのか、と心で呟いたけれど、さすがに文化祭で賑わう声に掻き消されたのか、枯葉は反応を示さない。つまらなく思いながら、僕は人差し指を下に向ける。


「浅葱なら二階の社会科室だと思う。お化け屋敷やってる所だよ。ちょうど仕事中だと思うから、行ってあげたら?」

「じゃあ、甲斐崎と行ってきますね!」

「――ああ、ごめん蘇芳、枯葉とは少し話があるから、悪いけど先に行っててくれるかな?」


 蘇芳は不思議そうな顔をした後、何を考えたのかにやけ出す。枯葉が「え、俺宮下に会いてぇんだけど」などと言っていたが聞かなかったことにした。

 にやにやしたまま蘇芳は僕に囁く。


「宣戦布告ですか? 頑張ってくださいね。あたしとしては甲斐崎と宮下センパイがくっついてくれたら嬉しいですけど」


 掠ってすらいない蘇芳の予想には何も言わず、なぜか楽しそうな足取りで去っていく背中を一瞥してから、疑問符を頭上に五つほど浮かべていそうな顔の枯葉に微笑する。


「場所変えて話そうか」

「は? お前もしかして爆笑したことめちゃくちゃ怒ってんじゃ……」

「それはどうでもいい。あー……ちょっとその場で待ってて」

「お、おう」


 僕は教室の開いたままの扉から顔を覗かせた。ちょうど客から注文を受け終えた男子生徒と目が合う。彼の名前は覚えていないが、役職は覚えた。


「文化祭委員」

「どうした? って呉羽もしかして俺の名前覚えてない? 俺――」

「覚えてないし覚える気なんてないから言わなくていい」

「酷くね!? 仲良くしようぜ!?」

「まあそんな話はどうでもいいよ。少し休憩もらっていいかな?」


 どうでもいい、を何故か小声で反芻して傷付いたような顔を浮かべる文化祭委員。彼の姿を視界から外して、僕は返答を待つ。


「ああ、好きな時に休憩していいからな!」


 その言葉を聞いて、すぐ枯葉のもとへ戻る。店の前で何か考え事をしていた彼の腕を引っ張って歩き出した。向かうのは校舎裏だ。そこなら人目に付かないだろう。


「なあ、話ってなんだ?」

「場所を変えてって言ってるだろ。ここじゃ言えない。察してくれない?」

「お前が心で喋ってくれればよくね?」

「周りがうるさすぎて聞き取りづらいかと思ったから静かな場所に行こうとしているんだよ。それに君が僕の声を聞けたとしても、僕は君の心なんて読めない」


 はぐれないよう袖を引きながら、ようやく人ごみを抜けて校舎を出た。裏に回っても校内から賑やかな声が僅かに漏れ出ている。

 枯葉の袖を離し、僕は校舎の壁に寄りかかろうとした。しかしいきなり枯葉が「あ!」と慌てた声を出すものだから、驚いてぴたりと固まる。


「何?」

「壁、汚ぇだろ。せっかくの服が汚れるぞ」

「……確かに、借り物だから汚すのはよくないね」

「で、話ってなんだよ?」


 察しろ、と言ったのに察することすら出来ていないことに、驚き半分呆れ半分の視線を向けてやった。流石にそろそろ分かったのか、彼の表情が真剣味を帯びる。


「もしかして、なにかあったのか?」

「神屋敷菖蒲って分かる? 彼が……六日前かな。月白に殺された」

「は!? なっ、なんで月白が? ってことはその菖蒲って奴がいなくなって、別の能力者が招かれたのか?」

「他の能力者が招かれたかどうかは知らない。ただ、菖蒲があの世界から解放されたのは確かだ。これは東雲から聞いたことだけど、月白が動いたのは菖蒲が『ウサギ』を脅したかららしい」


 一気に話しすぎてしまったせいか、枯葉は思考が停止したみたいにしばし固まって、それから険しい顔をして腕を組んだ。黙考しているようだったから話を続けるかどうか悩み、僕は一旦口を閉じる。彼の頭の中で話の整理が済んだら話を再開しようと思っていると、それは心の声として聞こえたみたいで、続きを視線で促された。


「それで僕の考えを言わせてもらうけど、『ウサギ』は――」

「待て。それを俺に言ってどうすんだよ?」


 不機嫌そうな低い声が、響いた。僕の声を遮った枯葉が僕に向けているもの、それは敵意だ。しかしその敵意はきっと『ウサギ』を守る類のものではない。

 枯葉を頼っているのではなく、枯葉の能力を頼っている僕への、単純な苛立ちのように感じた。


「一応言っとくが、お前が誰と誰を疑ってるかなんて口に出されなくても分かるぜ。こんな能力を持っちまってるからな」


 自虐的な笑みは彼に似合わなかった。それは僕に反発しようとして浮かべたものというよりは、自制の為のもののようにも思える。

 そんな彼の顔から目を逸らし、僕は小さく息を吐く。


「じゃあ質問にだけ答えてくれ。君――『ウサギ』が誰か知ってるんだよね?」


 それを聞かれることくらい想像出来ただろうに、枯葉はすぐに答えてはくれなかった。耳を撫でるのは風の音色と校内の喧騒だけ。待ちきれなくなって、背けていた顔を彼に向けると、右へ左へと彷徨っていた黒目がようやく僕を見る。

 しかし目が合ったのは数秒で、彼の視点は他所へ移された。


「俺は、知らない」

「へぇ……人を騙して楽しい?」

「そんなわけねぇだろ!!」


 唐突な怒鳴り声に耳を劈かれるも、なんとか平静を保ったが、直後走った痛みに顔を歪めた。


「っ……」


 壁に叩きつけられた背中が痛む。僕の胸倉を掴んだままの枯葉を見上げると、彼ははっとしたように目を瞠ってから慌てて手を離した。


「あ、わ、悪――」

「いい。謝らなくていいよ。ごめん。僕が君に八つ当たりしただけだから」


 それでももう一度謝ってきそうな顔をしていたため、僕は微笑する。ここまで怒るのは想定外だったが、安心することが出来た。枯葉は本当に、人が良い。

 僕が笑ったのがそんなにおかしかったのか、豆鉄砲を食った鳩みたいな顔をしている枯葉に言ってやる。


「君はただ、殺すことも、殺させることも、嫌だと思ったんだろ? 君って優しいよね」

「そんなんじゃねぇよ。臆病なだけだ。怖がって、なにも出来ねぇだけなんだよ」

「ふうん……それを聞いたらすごく頼みにくくなったんだけど、まぁいいか」

「頼み? があるのか? 俺に?」


 さっきから枯葉は目を丸くしてばかりだ。心情が顔に出やすいところは浅葱に似ていると感じて、浅葱と色々な店を回ることを思い出した。


「そう。君にお願いがある」


 早めに話を終わらせてクラスに戻ろう。そこで待っていてやらないと浅葱が僕を捜す羽目になる。だから僕は簡潔に述べた。

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