タチアオイのせい


 ~ 七月十八日(水) 穂咲とおばさん ~


   タチアオイの花言葉 大きな望み



 我が子ながら、変わってるなあ。

 なんでバイバイするまでは平気な顔してるのに。

 今はそんなにへこんでるのよ。


「うう。道久君、可哀そうなの」

「秋山家大戦のこと? あの二人のケンカなんか、気にすること無いでしょうに」

「だって、あのね? あたしのためにってレイナちゃんと千歳ちゃんがケンカしたら、あたしは泣きそうになるの。どうしたらいいか分からないの」


 ……ああ、なるほどね。

 秋山夫妻は、道久君のためって言いながらケンカしてるのか。


 そりゃあ道久君じゃ、気をもむわよね。


「そんなの気にするなって道久君にはっぱかけなさいよ。ずーっと似たようなことでうじうじする子になっちゃうわよ?」

「うじうじじゃなくて、悲しくなるの」


 な、何が違うんだろ。

 道久君、この子が言ってること、良く理解できるわね。


 制服も着替えずに、ダイニングテーブルに突っ伏しちゃって。

 何とかしてあげたいけど、さてどうしたもんかしら。


 まずはタチアオイを抜いて、花瓶に挿してと。

 ええっと、気晴らしでもさせてあげようかしら。


「録画してある深夜ドラマでも見る? 気分が晴れるわよ?」

「いいの。それは、見てないことになってるの」

「……なにそれ?」

「はあ…………。ねえママ、まーくんとこの鍵、道久君に貸してあげてもいい? お家にいると可哀そうなの」

「ダメに決まってるじゃない。おじいちゃんにばれたら、秋山家ごと南海の孤島に送られちゃうわよ」

「そうなの? ……それは困っちゃうの」


 ほんとに変な子。

 でも、こんな状態になってから結構経つわよね。


 大人じゃないから、きっと一日中思い悩んで。

 さすがになんとかしてあげますか。


 ……でも。

 なーんもいい手が思いつかん。


「ママ? 腕組みなんかしてどうしたの? そうすると、おっぱいが楽なの?」

「違うから、真似しなさんな。…………しょげなさんな。そのうち乗るから」

「乗るようになったら、こんな事件も解決できる? ……やっぱり、早く大人になりたいの」


 ここのところ、何度も聞かされる言葉。

 嬉しいのに、ちくっと胸が痛い。


 穂咲が大人になったら、あたしはどうしよう。

 体が動く限り仕事はしたいけど。

 この子のためじゃない仕事なんて。

 集中できないような気がするな。


 ……迷惑をかけてくれるのも。

 変な問題を相談されることも。


 あと、ほんの数年の事なのかしらね。



 パパには感謝しかない。

 みんなには、穂咲には、そう言うけれど。

 ちょっとだけ恨みがあるわ。



 …………穂咲がいなくなったら。

 あたしは誰の面倒を見ればいいってのよ。



「……あ。そう言えば、ママのためにってパパが怒って、そのままケンカになった時となんとなく似てるわね、今回の件」

「そうなの? なんで叱られたの?」

「あんたが生まれるずっと前にね、ママ、タバコ吸ってたのよ」

「大人なの! 初耳!」


 急に元気にならないでよ。

 そんなに大人がいいの?

 あたしはあんたに大人になって欲しくないんだけど。


「でも、パパがタバコは嫌いだったからやめたのよ」

「……パパは子供なの」

「どうしてそこでしょげるのよ?」

「それで?」


 そう聞きながら、席を立たないでよ。

 ママの話より麦茶の方が大事?


 ……ああ、あたしに淹れてくれたの?

 別にいらないけど。


「ありがと。……それで、喫茶店に入った時にね、テーブルに口紅の付いた吸い殻があったのを見て、パパが怒ったの」

「なんで? 大人はタバコを吸ってもいいの」

「ママがやめたって宣言したからね。パパはそれを信じてくれて、会いに来てくれる日を無理して増やしてくれたのよ」

「だったら、ママが悪いの」

「あたしの吸い殻じゃないわよ。でも、パパは信じてくれなかったの」

「だったら、パパが悪いの」


 ……そう。

 ほんとに信じてくれていたなら、あんな勘違いしなかったはずなのに。

 あたしが怒って一ヶ月も口をきかなかったから、ようやく自分が悪かったって言ってくれたけど。


 でも、元々は。

 あたしのためを思って怒ってくれたのよね。


 ……そう言えば。


 あたしを叱ってくれる人。

 少なくなったわね。


 お母さん。

 道久君のママ。




 そして。




 道久君。




「……よし! なんとかしてみるか!」

「え? 第二次・海でお世話大作戦ツー?」

「違うわよ。あと、ツーが二つあるから。フォーになっちゃうから」

「じゃあ、どんな手?」


 あらあら。

 今まであんなにしょげていたのに。

 キラキラな目で見つめちゃって。


 可愛いったらないわね。

 だったらこう言うしかないじゃない。


「ママに任せときなさい!」


 どーんと胸を叩いたら。

 拍手してくれてるけどさ。



 ……ぶっちゃけ。



 あんまり自信ない。



「さすがママなの! 大人の女性なの!」

「…………ま、ママに任せときなさい!」



 そうね。

 なるようになるでしょ。



 家族なんだから。


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