サボテンのせい


 ~ 七月十六日(月・海の日) 三角形の一辺 ~


   サボテンの花言葉 秘めた熱



 夏。

 人はなぜ、海を目指すのか。


「それはもちろん、仲直りのためなの」


 早朝の電車に揺られて海へ向かう高校生四人組。

 三連休の最終日ともなれば、大人は家でのんびりしたくなるらしく。

 緑の田んぼの上をかたこと揺れる車両には。

 人もまばらにしか座っていないので。


 俺たちが山のように抱えた荷物で六人分ぐらいの座席を占拠しても、咎める方すらいないのです。


 ……そんな大荷物を背負いこんでまで。

 人はなぜ、海を目指すのか。


「開放感を最大限に味わいたいからだろ」


 だとすれば、たっぷり丸一日、浜辺でゆっくりしたいものですが。

 なかなかそうもいきません。


 早く大人になりたいな。

 ここのところ、頻繁にそう思うようになりましたけど。


 海まで特急料金込みで四千円出せば、一時間で到着するところ。

 俺たちは二千円で済ませるために、二時間かけるのです。

 

 今までは、当然のように往復四時間を選択する俺でしたが。

 日帰りという強行軍。

 時間をお金で買うのもいいなと。

 改めて、自由に使えるお金が欲しいと感じます。


 ……そんなに時間をかけてまで。

 人はなぜ、海を目指すのか。


「そんなの決まってるっしょ!」


 早朝から、眩しく煌めく夏の太陽。

 そんな照明を体全体に浴びながら。

 きらきらな笑顔を振りまく日向さん。


 席を立って、くるりと俺たちに向きなおると。

 元気いっぱいに、人間が海を目指す理由を教えてくれました。


「失恋したからっしょ!」


 かたんことん。

 静かな田舎の電車内。

 聞こえてきたのは昼ドラのような理論で。


 俺が苦笑いを浮かべて見つめる先。

 日向さんはドヤ顔に親指を突き付けながら。

 一言、追加しました。



「あたしが!」



 かたんことん。

 静かな田舎の電車内。



 ………それを。

 三人分の絶叫が埋め尽くしました。




 ~🚃~🚃~🚃~




「しかし驚いたのです」

「千歳ちゃんらしいの。即断即決なの」

「まあ、不良に絡まれて自分が先に逃げるとか、有り得ないとは思いますけど」


 喧騒と開放感のフュージョン。

 そんな非現実の中に切り取った、ビーチパラソルの中の日常空間。


 お隣りに腰かけるのは、白いワンピース水着にピンクのパーカー姿。

 ここの所、ちょっと意識しているせいでまともに見ることが出来ない藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日は三つ編みにして前に垂らして。

 耳の上に、見事なサボテンのお花を挿していますが。

 どうしてこのお花なのか、そのわけを聞いたらば。


 砂漠だから。


 …………砂浜は砂漠じゃないですよ、おばさん。


「それにしても、道久君の株がストップ高なの」

「おばさんの言ってたこと、ほんとみたいなのです。おかげでヘロヘロですが」


 まさにお嬢様をもてなす使用人。

 冷たい宇佐美さんや失恋したばかりの日向さんに叱られるのが怖いから。

 先回りして、あれこれ面倒をみると。

 途端に二人は俺に優しくしてくれるようになりました。


 ……まあ、その分。

 この人がご機嫌斜めなのですが。


 しょうがないでしょう。

 今日はいつもの三分の一しかお相手できませんよ。


「でもさ、二人の仲を取り持つための旅行なのに、これでは意味が無いのです」

「そう思ったから、二人に焼きそばとラムネを買ってくるように頼んだの」

「え? それはどういった理屈?」

「そんなの決まってるの。あたしがあれこれお世話を焼いてもらうの」

「…………そしたら今度は、君が二人と仲良くなるだけなのでは?」


 俺が半目でにらむ先。

 サボテン頭をゆらゆら三往復させた穂咲は。


「…………あ! ほんとなの!」

「どーしようもないですね君は。暑さのせいでやられました?」

「そうみたいだから、道久君はフラッペを買って来るの」

「どーしようもないですね君は」


 この人に任せた俺がバカでした。


「しょうがありません、二人の仲直り計画は俺が引き継ぎましょう」

「頑張るの。どっちかがどっちかの面倒を見ればいいの」


 それは分かっているのですが。

 どうしたらいいのか皆目見当が尽きません。

 暑さのせいで、思考も鈍いですし。


「……穂咲、俺にフラッペ買って来て?」

「どーしようもないの、道久君は」


 そんなことを言う穂咲とにらめっこをしていたら。

 水着姿の二人がこちらへ近付いてきました。


 胸元がダイタンに開いた、黒いワンピース水着が宇佐美さん。

 花柄でフリルがふりっふりなセパレート水着が日向さん。


 誰もが振り返る美女コンビは、周囲の視線を涼しく受け流しながら。

 人込みを掻き分けるように向かってきます。


 さて、この暑いのに、仲良く腕を組んで歩く二人を。

 どうやって仲直りさせましょう。



 …………ん?



 仲良く腕を組んで???



「いやー! 大変だったっしょ!」

「……なにがありました?」

「しつこいナンパに遭ってな……、男がこいつの腕を強引に掴んだから、ついかっとなって」

「超かっこよかったっしょ! 一本背負い!」


 うわ。


「そんなことして大丈夫だったのですか?」

「ううん? あいつら、今度は因縁つけてきたっしょ! さいてー!」

「お前がその間に必死に叫んで、助けを呼んでくれなかったらどうなっていたことか。……恥ずかしい思いをさせた」

「それくらい全然いいっしょ!」

「……いざって時、頼りになるな」

「それより、殴られてたっしょ? 痛くない?」

「ああ、腕でガードしたから平気だ」


 日向さんがクーラーバッグから半分解けた氷袋を出して、宇佐美さんの腕に当ててあげたりしていますけど。

 なにやらきゃっきゃとはしゃいで。

 すっかり仲良しさんに見えるのですが。


「……やっぱり海には、仲直りパワーがあるの」

「そんなことよりも、無事で何よりです。……というか、仲良すぎませんか?」


 俺と穂咲のことなど目にも入っていないのか。

 手を恋人繋ぎして、いちゃいちゃとしていますが。


 ……あれれ?

 これって???


「……レイナちゃん、なんで男に生まれなかったっしょ?」

「ほんとにな。……残念だよ、千歳」



 ひょえーーー!!!

 これは、仲直りを越えた何かが芽生えたように見えるのですが?????


 慌てて穂咲の首を掴んで海の方へ強引にかくっと向けます。

 こいつには刺激が強すぎです!


 ……念のために、確認しておきましょうか。


「ほ、ほほほっ、穂咲は二人が何を言ってるか、意味が解らないよね?」

「うん、さっぱり分からないの」


 セーフ!

 この子が鈍感で助かりました。


 ……と、思っていたのに。


「べつに、女の子同士で恋人になってもいいと思うの」



 ひょえーーー!!!



 暑さと熱さで、思考はぐるんぐるん。

 この後家までどう帰ったか、まったく思い出せないのです。



 ……いえ。

 夕暮れの電車内。

 日向さんが、宇佐美さんの肩に頭を乗せて眠っていた映像だけは、何となく記憶に残っていました。




 ひょえーーー!!!


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