純愛デュエット

澪汰

序章

 藤堂葵 15歳。もうすぐ高校生。

 今まで相手に困ったことはない。女でも男でも。


 小学校を卒業するまで、両親の都合で英国暮らしをしていたが、今以上に両親が各地を点々とする事になったので、両親の知人がいる日本に俺の中学入学と同時に兄弟で渡ってきたのだ。


 そんな両親に代わって、俺の面倒を見てくれていたのが、父親の古い友人だという、ゲイの雅樹(通称:雅やん)だった。

 彼は所謂ゲイバーなるものを経営していて、毎日そこそこ常連などで賑わっていた。雅やんとは、日本に帰ってきた時にちょこちょこ会っていたから、父親としても預けやすかったのかもしれない。


 そんな雅やんに預けられていた俺は当然、彼の仕事中は同じ場所にいる事が多かった。幼い頃から父親から話を聞いていたしで、ゲイやレズといった人たちに偏見などなかったし、勝手に店に出てお客さんと仲良くなったりしてた。

 日本に来た頃には、成長期とやらのおかげで背も伸びたし、声変わりもしたのをいいことに、年齢を偽って店に来たお客さんと遊んだりもした。最初は勝手が分からず、ただ相手のいいなりになっていたけれど、今ではちゃんと相手の喜ぶ場所が分かっているから、こちらとしても楽しい。


 そして自分が純粋のゲイなのか確かめるために、学校の女子とも寝たりした。そしてどうやら俺は〝バイ〟なのだという事を自覚したのだ。


 学校終わりに毎日、雅やんの店に入り浸り目の合ったお客さんとその日限りの夜を過ごす。健全な中学生のやることではない、という自覚はあるつもりだ。自覚はあると言ったら、雅やんに『余計にタチが悪い』と渋い顔をされたが、自覚があるだけ数倍マシだと思う。



 ――そんなある日。

 今日も学校終わりに店に行って、夜の相手を探してみたけれど、俺の素性がバレている、近所のオカマバーのママだけで久しぶりに一人で寂しい朝を迎えるハメになりそうだ。


「雅樹、ちゃんとこの子の教育しなきゃダメよ~。この子ったら、毎日毎日色んな人のとこ行って…いつか痛い目見るわよっ」

「…分かってるんすけどね…。やっぱオレには子育てとか向いてねーんすわ、きっと。息子がこんなちゃんらんぽらんじゃ、こいつの父親帰ってきた時に殺されるかもしれないっすね、オレ」

「大丈夫だよ。そんなに心配しなくても。俺上手くやるし。ていうか、父さんも多分俺が雅やんと同じ道歩んでるって分かってるよ」

「…え!?」

「だってこの前帰ってきた時、俺に『何かあった時ように』って何処の国で習得してきたんだか知らないけど、変な護身術みたいの教えてくれたし…」

「え…アイツ帰ってきてたの?いつよ、それ」

「先週くらい。でもすぐ、行っちゃったけどね。今度行くとこ教えてもらったけど、日本語じゃ発音出来ない国だから覚えてないけど」

「…葵ちゃんのパパって何…やってる人だったかしら…?」


 話を聞いていたママが、驚き半分呆れ半分みたいな表情でそう聞いてくる。

 実のところ、俺もよくは知らない。小さい頃に聞いた事があったが、ある時は冒険家と言われ、またある時は遺跡発掘者だったり、はたまたある時は戦場カメラマンだとか、適当なことばかり言われたから、そのうちどうでもよくなってしまった。だから、そのまま答える。雅やんもよく知らないらしい。ただ、定期的に手紙は来るから、死んではいないのだと分かる。そしてこの前みたいに、何の毎ぶれもなく突然帰ってきたりする。そして突然いなくなる。


『葵ちゃんも大変なのね』なんて同情されたけれど、今のところこの環境に不便は感じていない。むしろこんなに自由に生きられているし、定期的に送られてくる手紙に必ず写真が入っていて、その綺麗さに見惚れて自分も写真を撮ることにハマったりもしたから、どちらかというと感謝しているのだ。


 それから数日後。雅やんと一緒に閉店作業をしながら、ふと気付く。


「…雅やんって、ネコになった事あんの?」

「…はぁ!?なんだ、いきなり…」

「…いや俺さ、ネコは経験あるけどタチはないなって今気付いて。ねぇ、雅やん…」

「断る…っ!」


 言葉を続けようとして雅やんに遮られてしまう。


「まだなにも言ってない」

「どうせ『抱かせろ』とかいうんだろ!?」

「さすが、雅やん。一回だけでいいからお願い!」

「…オレはタチなんだよ!大昔に一回まわったことあっけど、それっきりだ。いくら頼まれても、それはヤらねぇぞ!」

 頑なに断られてしまう。

 だが、こちらとしても引くわけにはいかないのだ。流石に見ず知らずの相手でタチを試す気にはなれない。しつこく毎日頼んだら、ようやく折れてくれた。


「いいか、一回だけだからな?オレだってほぼ初めてみてーなもんだからな。お前がしつけぇから、相手してやるだけで次はねぇからな?」

「分かってるよ…。この世界はそんなものでしょ?」


 昔雅やんに、この世界は『その日限り』と割り切っている人間が多いと教わったのだ。

 だから自分も、そういう付き合い方をしてきた。中には、再度関係を迫ってくる相手もいるけれど、基本的に相手にしない。自分の素性を知っている人間なら未だしも、年齢を偽っているし、同性同士に限っては年上ばかりで、自分と一回り違う相手に本気になんかなれないものだ。


「……二度とやらん……」


 雅やんと朝を迎え、学校帰りに店に行くとしかめっ面の雅やんがいた。今日も客足はそこそこだ。


「…雅やん…まだ根に持ってんの?」

「あたりめーだろ。どっかの誰かさんが盛るから、腰が痛くてかなわねぇ」

「えー…俺だけのせい!?」

「あらヤダ…雅樹、あんた葵ちゃんについに食べられちゃったの!?」

「食われたっつーか……こいつがタチに回った事ねぇから、オレで試させろつって…」

「……ご愁傷様ね…。で、結果はどうだったのよ、葵ちゃん?」


 雅やんに対する哀れみを向けながら、好奇心全面で尋ねてくる、ママに返事を返す代わりに、満面の笑みを向けて見せる。


「俺、タチの方が向いてるかもしれない」

「貴方はタチ気質よね~。ネコと見せかけてのタチよ!」


 真顔でしみじみとそう言うと、ママに断言されてしまった。


「貴方、これでもう経験してないことないんじゃないかしら?女の子とも経験あって、同性もタチネコ両方経験したんだし…」


 ママの言葉に頷く。


「…まったく…15歳でこれとは…末恐ろしいガキだぜ…」

「俺がこの世界に足を踏み入れたきっかけは、雅やんのおかげだからね?」

「…すまねぇ……はーちゃん(葵の父親)」


 俺の両親はきっと俺がバイでリバだと言ったところで、何も気にしないような気がする。俺が一人っ子で、子供が将来出来ないとかそういうことになれば、また話は違うのかもしれないが、俺には三つ下の妹がいる。もっともその妹は、両親がほとんど不在だからという理由で母がたの両親に預けられている。ばあちゃんも年だから、俺ら二人の面倒は流石に見られないということで、俺だけが雅やんに預けられたというわけだ。

 その妹とは定期的に連絡を取ったりしているが、今のところアイツがレズだという話は聞いていない。俺が言うのもなんだが、12歳かそこらでレズも何もあったもんじゃないかもしれない。妹も俺がこういう人間だというのは知ってるから、もし何かあればきっと言ってくるだろう。


「そういえば、学校はどうなの?楽しくやってるのかしら?」


 店の隅で押し入れのカビのようにしょぼくれている雅やんを放っておいて、話題は学校生活での事に移っていた。


「まぁね。二日に一回くらいのペースで告白されて、いい加減うんざりしてるくらいで特に変わったことはないよ」


 成績も中の上くらい。運動は夜の遊びの為に多少鍛えてはいるけれど、転入して来た時に入らされた剣道部だって真面目にやっているわけじゃない。性に合っていたらしく、腕はそれなりだけどそれだけだ。というか、面白みが見いだせなくて、全力でやろうと思わない。英語は昔住んでたから話せるけど、そんなわけで取り立ててとくに何かあるわけではないと思うのだが、何故か言い寄られる。


「貴方…顔はいいものね~」


「…あとこいつ、外面いいんすよ。ここにいるからなのか、大人の接し方とか女の扱いとか、馬鹿みたいに上手い」


 いつのまにやら復活していた雅やんがそう付け足す。生きていく上で、外面は大事だと思う。


「前は期限決めて、学校の子と付き合ったりしてたけど、そうすると店に来るお客さんと堂々と遊べなくなるからやめたんだよね。遊んでたけど、やっぱちょっと罪悪感みたいなさ」

「……どうしようもねぇクズじゃねえか、それ。お前いつか絶対刺されるぞ、まじで」

「気を付けなさいよ…」

「うん、まだ死にたくないからね」


 先行きが不安だ。と言わんばかりの表情で見詰め返される。

 火遊びには危険が付き物だ。何度か、危ない目にも合ってきたけれど、それでも自分なりに上手く立ち回っているつもりだ。だけど、世の中何があるか分からない。用心した事に越したことはないが、その時はその時だ、とも思う。


「…そういえば、お前今年受験生だよな。学校もう決めてんのか?」

「うん。今の学力で行けるとこでいいかなって。受験勉強したくないし、毎日課題に追われるのも嫌だし。何より、遊びたい」

「……高校生なんて遊びてぇ盛りだよな…おめえの遊びはタチが悪いけどな」


 嫌味ったらしく言われる。


「なんだよ、雅やん。人生楽しんだもん勝ちだろ?」

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