第9話 「永訣」

 妹尾は、目を見開いた。その目には、学生時代と同じ明るく元気な妹尾の命の灯が光っていた。

「あら、妹尾。あんた、ワイシャツのポケットだけ乾かないわね。何か濡れてるんじゃない?」

 私が声をかけると、妹尾はあっと思い出したようにポケットから一枚の写真を取り出した。その写真は、雨ですっかり濡れてしまい、びりびりに引き裂くことができるくらいにもろくなっていた。妹尾は、それをあっさりと破った。

「いいの?」

「いいんですよ。嫁の写真です。未練があって。でも、紙切れ一枚、思い出にもしたくないから、今日ここでお別れです」

 破いた写真をごみ箱に捨てると、妹尾は立ち上がった。昔のような彼に戻ってくれてよかった……。彼と二人でマスターにあいさつし、外に出ながら、私は真壁さんにお断りのメッセージを送ろうと決心していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る