そのよん

 そして、また、新しい朝が来る。私は刷り込まれた動きで化粧台に座り、化粧水に手を伸ばす。



『…』

 化粧下地をつけ、ファンデーションを塗りながら、ふと手を止めた。そして、私は目の前に映る顔―自分の顔をまじまじと見る。

 そして思う。私が本物の表情―仮面ではない顔で、喜怒哀楽を表現したのは、いつの事だったろうか―と。


『…』

 そして、私は気づく。この顔は私の顔であるのだ。まぎれもなく私の肉体の、頭部の一部であるはずなのだ。

 なのに、何故、人のためにへらへらと笑い、申し訳なさそうな顔を作っているのだろう。何故私の顔なのに、他者のための顔になっているのだろう。



 そう思った途端、今まで心の奥底に押さえつけていた―見ないふりをしていた―辛い、泣きたい、死にたいといった感情が、一気に心に甦る。


 ぼろぼろと涙を流す、私自身・・の顔を目の前に見ながら、私は気づく。

 どうやら、私は仮面をかぶると同時に、自身の感情も殺していたようだった。




「自由に、なりたい…」

 私は泣きながらつぶやく。だけど、同時に無理だろうと理解する。私はもう子供じゃない。嫌なら嫌と駄々をこね、嬉しい時ははしゃぎまわって駆け回る事を許される時は、もう遠い過去の事だ。失った時は、もう二度と戻ることはない。


 大人になった以上、社会という物の中で生きていく以上、私は自分の表情と感情を殺すお化け―のっぺらぼうになるしかない。

 だけど、もうそんなの、そんなの


「嫌だ…」


 私は立ち上がる。そして、玄関の扉を開けた。






 その日、私は会社に行かなかった。そして、その次の日からも、二度と会社に行くことは無かった。

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