15.ちょっとした違和感

「二百万くらいって! どこぞのセレブか!」


 間違いなく、N市のセレブだよ。

 花音かのんの言葉に黙って突っ込む。

 高級住宅街に十三LDKのモダンな家屋。車が何台並べられるか解らないようなガレージ……。年収ウン千万なんて次元で収まる話ではないよね。


「手嶋さんの継母おかあさん……なんとか説得できないの? 人口減社会だし、これからは女性だって活躍しなきゃならない時代なんだし……」


 と言いながらも、自分の言葉の空々しさがいとわしくなる。

 それくらい、手嶋さんだって当然に試みているはずだ。


「たぶん、そういう問題じゃないんです」

「? ……と、言うと?」

洵子じゅんこさん、私のことが嫌いなんですよ。実の娘ではないですし、昔からそういうのは感じてました」

「それはでも……たまきさんも言ってたけど、継母さんのことだって手嶋さんの思い過ごし、ってこともあるかもしれないし……」

「しかも今回は――」


 私の言葉を、まるで聞いてもいなかったかのように手嶋さんが言葉を繋ぐ。


「今回は、中学時代に起こした問題にも関わる話ですから……感情的にも洵子さん、絶対に首を縦には振らないと思います」

「う――ん……」


 そうかも知れないけど……いや、言われてみれば確かにそうだよね。

 思想的にもただでさえ……というのがあるうえに、メモ帳事件の原因にもなった小説執筆に関する話だ。相当な嫌悪感をいだかれていることはなんとなく想像できる。


 ただ、ちょっとした違和感もなくはない。

 そんなことがあったにも関わらず、小説の執筆は続けさせてくれている、という点だ。

 受賞まで辞退させるくらいなら、最初から執筆活動そのものに反対されてもおかしくはない気がするんだけど……。


「いいんです、もう!」


 手嶋さんが言い放つ――やや、強い口調で。

 一瞬、すてばちにでもなっているのかと思ったけど、意外と晴れやかな表情を見る限り、そういうわけでもないらしい。


「いままで、趣味のことを話せる相手なんていなかったですし、当然小説のことをすごいなんて褒められたこともなかったし……」

「すごいことはすごいよ! それは間違いない! さすがうちのユッキー!」


 花音が手嶋さんの肩を叩く。


「ありがとう……。今回のことは、もちろん残念だけど……でも、自信にもなったし。成人して自分一人で契約できるようになったらまた目指します、入選」

「そうそう、その意気だよユッキー! 二百万円くらいでガタガタ言っちゃダメ!」


 一番ガタついてたのは花音あんただけどね。

 それにしても……『死恐怖症タナトフォビア』かあ。中高生の女の子が書く小説のタイトルとしては、いささかダークな響きよね。


「それじゃあそろそろ、手嶋さんの継母さんと話させてもらおっか?」


 私から受け取ったスマートフォンをポーチにしまいながら、たまきさんが入口の方へ歩き出す。


「あ、あれ? 環さん? 霊粒子の確認は……いいんですか?」

「うん。そっちの方は、もう大丈夫かな」


 もう? この部屋にきてやったことと言えば、書棚を見て手嶋さんの中学時代の話を聞いて……それだけよね。

 それで何かが分かったというの?

 いつも、何を考えているのか分かりにくいところはある人だけど……今回はとくにそう感じることが多い。


 一階へ降りると、先頭に立った手嶋さんに応接室の前まで案内された。

 彼女のすぐ後ろを歩いていた環さんがそこで一旦振り返り、私たち他のメンバーを一瞥する。


「今日は私と咲々芽ささめさんで話をするから、あまねくんと矢野森さんはそのあたりで待っててもらえるかな」

「ええっ!?」


 私と花音とあまねくん、三人が同時に声を上げる。

 私は驚嘆、花音は歓声、そして周くんの声にはあきらかに狼狽の色。


「なんで今日に限って私が話を? いつもは、周くんですよね?」

「うん。ただ、今回、咲々芽さんは手嶋さんの同級生でもあるし、そういう人が一人でもいるなら相手にも少しは安心してもらえるかな、って」


 なんだか、分かったような分からないような理由だけど……。


「でも、それなら、三人でもいいですよね、環さんとあまねくんと私で……」

「こういう話はあまり人数多過ぎても気後れさせるだろうし、それに、矢野森さん一人で待たせるのも気の毒でしょう」


 確かに、花音まで一緒に……というわけにもいかないだろうし……。

 周くんは花音かのんのおり役、ってわけね。


「やった! あまねく~ん、どこ行こっか♪」

「どこにも行っちゃダメだろ! 環もそのあたりで待ってろって言ってたじゃん」

「そう? 聞き間違いかと思った」

「なんでだよ!」


 ルンルンと、音符マークでも見えてきそうな浮かれ花音。

 いったい花音こいつは何をしにきたんだ?

 そんな彼女に組まれそうになった左腕を、慌てて上へ持ち上げる周くん。


「おい、こら、止めろ! ちょっと離れろ!」

「あまねくんはいつも、面白いリアクションとるね~♪」

「リアクションとってるわけじゃねぇよ! ごく普通の、自然な反応だ!」


 昨日から何度も見てる気がするなぁ、同じような光景。

 確かに昔から花音はイケメン好きだったけど……こんなにスキンシップを求めるタイプだった?

 周くんが年下だから、その気安さもあるのかな?


 それにしても……あれだけずかずかと踏み込まれては無理もないけど、周くんも花音にはすっかりタメ口になったなぁ。

 今まであんな口を利ける女子、私だけだったのに。

 と、そこまで考えて、なぜかチクリと胸が痛むような感覚を覚える。


 ――あれ?


「それじゃあ二人は、そちらの空き部屋に……」手嶋さんが応接室の向かいのドアを開けると、

「うわ! 二人きりで? 密室に!?」


 先に入った花音が、キョロキョロと室内を見回しながら歓声をあげる。


「妙な言い方すんな!」


 後から入室した周くんがソファの上にリュックを置く。

 ……が、すぐに手嶋さんの方に振り返り、「トイレ、貸してもらえますか?」と訊ねながら退室。

 行ってらっしゃ〜い、と、室内を物色しながら花音が声を掛けるが、周くんがパソコンを持って出たことには気付いていないようだ。


 あれは……しばらく戻らないつもりね、周くん。

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