06.とんちきなフラグ
「たぶん、
「は――あ!?」
思わず立ち止まった私を、
「な……なんだよ?」
「なんで、あんなバカ高校に!?」
「ば、バカってほど低くないだろう、偏差値は……」
「いやいや、あまねくんのレベルからしたら、バカよ! ゴミクズだよ!」
「自分の通ってる学校、そこまで卑下しなくても」
「だって……あまねくん、勉強できるんでしょ? もっといいとこ、いくらでも選べるじゃない!」
「興味ねぇよ……」
「叔父さんはなんていってるの!?」
「親父? 最初は怒ってたけど……卒業したら家を継ぐって約束したら、それなら、好きにしろ、って。これまで、なんだかんだ明言は避けてたから、俺」
確かに、本家を継ぐなら学歴は関係ないだろうけど……。
でも、周くん、学年でもトップを争うような成績だったはずだよね!?
いくらなんでもうちの高校じゃ……
「もったいな過ぎる! なんでわざわざ?」
「今の学校、ちょっと遠くて不便だし、それに、今後も
「私と? そりゃそうかも知れないけど……そんなことで進路を決めてもいいの? 人生を左右するんだよ!」
「右も左も……実家を継ぐってのは、周りからみたらとっくに既定路線だし、今さらどこの学校に行こうが関係ねぇよ」
再び前を向いて歩き始めた周くんを、慌てて小走りで追いかける。
「でも、先のことはどうなるか分からないし、もし跡継ぎの話がなくなったら……」
「そんときゃそんときで考える」
「あんな高校出たって先が知れてるよ!? 三流企業に就職して、せいぜい年収四百万がいいとこだよ!」
「四百万なら、さっきトレードで稼いだけど」
――確かに。
「い、いや、もしかしたら三百かも!? ……じゃなくて、トレーダーなんて、いい時もあれば悪い時だって……」
「ああ~、分かった分かった、うるさいなぁ! まだ時間はあるし、もうちょっと考えてみるから」
とうとう、周くんが面倒臭そうに手を振って話を打ち切る。
私も、ちょっと熱くなりすぎたかもしれないけれど……。
でも、学力が足りなくて進路を限定された人間からしてみたら、周くんの選択はもったいなく思えて仕方がない。
「咲々芽はさ……」
前を向いたまま、周くんが私の名を口にする。
「うん?」
「俺と一緒の高校とか、迷惑?」
「な、なんで!? そんなわけないじゃん! 迷惑どころか、むしろちょっと嬉しいくらいだけど……」
「ただ、私の気持ちとか関係なく、純粋にもったいないな、って……」
「ああ、いや、もういい。迷惑じゃないならいいんだ、それで」
――あまねくん、私が迷惑に感じて反対してるとでも思ったのかな?
ホッ、と一つ息を吐く周くん。
なんとなく、安堵の気持ちが込められていた気もするけど、後ろからはその表情を
「この時間じゃ、帰って飯作るのも面倒だな……」
話題を変えるように、周くんがボソッと呟く。
本家のある地域ではまともな学校がない、という理由で、中学生ながら一人暮らしをしている周くん。
私ん
もっとも周くんにとっては、学校のことはただの言い訳で、たとえ期限付きでも息苦しい本家から離れたかった、というのが本当の理由だったみたいだけど。
「なら、うち寄ってく? お母さんも、いつでも連れてこいって言ってるし」
「いや、いい。明日の準備もあるし、ちょっとそこのコンビニ寄ってくわ」
「そっか。じゃあ……」
私も、と言いかけて口を
「いや……やっぱり私、外で待ってる」
団地やマンションが立ち並び、その合間合間に、芝生広場や公園などの緑地が整備された小奇麗な住宅街。
駅からは少し離れているので、今、周くんが入っていったコンビニ以外に商業施設もない。
そんな、それほど広くもない車道の反対側を――中学生くらいかな?
後ろ髪を二束に纏めた制服姿の女の子が歩道を歩いている。
さらにその後ろ、五~六メートルほど離れて、髪の薄い、頬がこけた中年男性が付いて行くのが見える。決して早いとはいえない女の子の歩調とほぼ一緒の速度。
しかし、それよりも「アレ?」と思わされたのは、男が着ているコートだ。
スプリングコート……と呼ぶには少々厚手の、グリーンのミリタリーコート。
四月下旬だしそこまで不自然な装いではないかもしれないけれど、それでも、今日の陽気を考えるとあんなコートが必要な日だったとは思えない。
しかも、荷物は持たず、左手はポケットに、右手は胸元からコートの懐に突っ込んだ状態の歩き姿。
――少なくとも、帰宅途中のサラリーマン……ではないよね。
コンビニに入ろうとして思いとどまったのは、視界の端に入ってきたその男が気になったからだ。
それにしても、見れば見るほど……
――怪し過ぎる!!
女の子はスマートフォンの画面に気を取られていて、後ろの男には気付いていないようだ。
私も、もう歩きスマホはしないように気をつけよう。
と、その時、一瞬スマホの画面から目を離して前を確認した女の子が、不意に向きを変えてすぐ横の公園へと入っていく。
おそらく、あそこを横切るルートが自宅への近道なのだろう。
直後、それを見た男の歩幅も広がり、女の子との距離がぐんぐん詰まっていく。
同時に、コートから右手を引き抜く。
その先に握られていたものは……
――牛乳パック!?
スーパーなどでもっともスタンダードな、千ミリサイズの紙パックだ。
コンビニの方を振り返ると、ちょうど周くんが、レジの上に買い物カゴを乗せたところだった。
――ダメだ、出てくるまで待ってられない!
帰り際、花音が話していた言葉を思い出す。
『春の変質者キャンペーン中だから、あまり遅くならないようにね』
――花音のやつ、あんな所でとんちきなフラグを立てるから、まんまと回収する羽目になったじゃない!
女の子を追うように、足早に公園の中へ入っていく男。
それを追って私も、急いで道路を横断すると公園の中へ駆け込む。
再び男の後ろ姿を見つけた時にはもう、男と女の子の距離は二~三メートルほどまで縮んでいた。
「ちょっとあんた? そこで何してるの?」
すばやく息を整えて男に声をかけると、それに気付いて男と、そして女の子も同時に振り返る。
私と男の姿を見て、驚いたように二、三歩
と、次の瞬間、くるりと振り返ると反対側の出口を目指して走り去り、逃げるように公園から出ていった。
――うん、それでいい!
しかし、外灯に照らされた男の顔は、振り返った直後の驚愕の表情から一転、すぐに薄ら笑いを浮かべたような
遠目ではよく見えなかったが、パックの注ぎ口は左右完全に開かれていて、大きく口を開けた状態になっていた。
こう見えても私だって、中学のころは裏バンと呼ばれた女! だがしかし!
……自慢じゃないけど戦闘力はゼロだ。
男が、何が入っているのかも分からない牛乳パックを目の前で振るうのを見て、私も「きゃあっ!」と悲鳴を上げて両腕で顔を隠す。
ビシャン! と、
直後、頭の上から、何か冷たい液体がドロリと
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