第165話

「だい……じょうぶ、です……!」

 ミューさんは荒い息遣いでたどたどしくも言葉を吐き出すが、どう見ても大丈夫には思えない。

「でも、腕が……」

「右腕さえあれば、魔法は使えます。……辛いのはお姉さまを常に身近に感じられなくなったことだけです…!」

 確かにその左腕では矛になったパイクさんを持ち続けることは出来ないだろうけど!そんな問題じゃないよ!?

 いや、心配かけまいとおどけてみせてくれてるのはわかるんだけどさ。

「本当に、ミューは大丈夫です。それよりもテンジンザ様が…」

 言われて、倒れているテンジンザさんを見る。

 確かにだいぶ吹っ飛ばされたけど、打撃を二発くらったくらいならテンジンザさんは平気だろ――――って、テンジンザさん!?

 明らかに顔色が悪く、うずくまって動けなくなっているテンジンザさん。

「ど、どうしたんですか!?あんな攻撃程度で…」

「ぐっ、がはっ…!!儂もわからん……だが、あの攻撃、ただの打撃では……ないぞ…!」

 ただの打撃じゃない……? どういうことだろう……。

「ともかく、もう一度ポーションを……」

「無駄である、やめておけ」

 声に振り替えると、すぐ背後にダサマゾ……いつの間に!

「先ほどの攻撃は、毒と融合した魔素を叩き込んだ。このダメージは回復薬や回復魔法では癒せず、解毒薬も効かぬよ」

「……わざわざ説明ありがとう。余裕ですかい?」

「ああ、もちろんだ。英雄テンジンザと厄介な風魔法使いさえ戦闘不能にしてしまえば、もうこのエストレスが負ける要素はあるまいよ」

「誰だよ!!知らない名前出すなよ!!」

「……先ほど名乗ったはずだが……?」

「覚えてない!あんたの名前なのか!ダサマゾじゃなかったっけ?」

「それはキサマが勝手につけた名前だろうが!!」

「……そうだっけ……最初に、ワガハイはダサマゾであーる、って名乗らなかったっけ?」

「勝手に脳内で捏造するな。なんなんだキサマは……」

 そう言いながらも、ダサマゾの拳に黒い塊が集まっていく。

 あ、来るなこれ。

「無礼な人間には罰が必要だな?」

「イジッテちゃん!」

「任せろ!」

 ダサマゾの拳を、イジッテちゃんの体が受け止める。

 凄い衝撃……!

「ふっ!」

 ダサマゾが息を吐いたかと思う、そこにさらなる衝撃!!

 ―――体ごと、もっていかれる……!!

「後ろが隙だらけなんだけど!?」

 ミルボさん!!ダサマゾの背後からミルボさんが襲撃!!

「―――隙など、どこにある?」

 背中から、例の黒い龍!!

「なっ!!」

 突然の反撃に驚きつつも、なんとか龍をかわしたミルボさんだが……その一瞬が致命的だった。

 かわした先には、すでにダサマゾの拳!

 振り向くと同時に、その回転力を乗せた拳がミルボさんの脇腹にクリーンヒットしたのが一瞬だけ見えた。

「がぁ……!!」

 ミルボさんの体はまるで小さな人形のように軽く吹き飛び、床をゴロゴロと何度も転がりようやくその動きを止めた。

「ぐっ……ごほっ…!」

「ミルボさん!!」

 遠目で見ただけでもダメージは大きく、ミルボさんも立ち上がれない。

 当然だ、テンジンザさんにも大ダメージを与えた攻撃、ミルボさんにとっては致命傷でもおかしくない。

 今はまだうずくまって痛みにもがいているから生きてはいるようだけど、くそっ、早く治療をしてあげたい。

 でも、こいつの言うことが本当ならポーションを飲ませても回復するわけじゃない……どうする?どうすれば……!

 テンジンザさん、パイクさん、ミューさん、ミルボさんはもう戦う力はほぼ残っていない、サジャさんは偽テンジンザの相手で手一杯みたいだし、まともに戦えるのは僕一人……?

 自分で言うのも悔しいが、これは絶望的ってやつでは……。

 いやいやいやいや、落ち着け、弱気になるな。

 僕にはイジッテちゃんが居る。

 そうそう致命傷になるような攻撃はくらわない。

 耐えながらなんとか探すんだ、こいつを倒せる方法を……!!



「悪いが、そろそろ飽きた。終わらせても構わんか?」

 あーもう、全く思いつかないまま完全に追い詰められてる!

 だってズルいじゃん!こっち僕とイジッテちゃんしか居ないから実質一人なのに、向こうはダサマゾ本体と龍と玉で3つ同時攻撃してくんだもんよ!

 そんなん防ぐだけで手一杯なんだから、部屋の隅に追い詰められるのは時間の問題だったのだ。

「こっちも悪いけど、もうちょっと待ってくんない? もうすぐ浮かびそうなんだ。アンタを倒す起死回生の一手がさ」

「そうか、ならばなおさら急がねばな。その一手を思いつく前に」

 まさかの逆効果!!

「いやいや、こういうのって物語とかだと、「やれるものならやってみるがいい」とかそういう余裕を見せるもんじゃないの?」

「貴様が知ってる物語では、そういうヤツはどうなる?」

「最終的に負ける」

「であろう?」

 ぐうの音も出ない!!

「では、本当に終わらせようか」

 ダサマゾの拳に黒い粒子が集まっていく。

 あの攻撃がくる……!

 だが、逆に言えばここがチャンスだ。

 テンジンザさんやミルボさんと違い、僕にはイジッテちゃんが居る。

 あの攻撃を受け止めてカウンターだ、それだけが唯一の勝機……!!

 ダサマゾは勝負を決めるつもりかもしれないが、こっちも決めてやる!

「行くぞ、これで貴様らもおしまいよ」

 構えろ!

 ここだ、ここで勝負を決める!

 これが最初で最後のチャンスだ、来い!!

「ぬぅぅぅぅぅぅぅん!!」

「うおおおおお!!!!」


「お前のせいですげぇ時間経ってんだぞ!! 修理できないなら出来ないって言えよ!」

「いや、出来なくないだろ、ちゃんと出来たから今こうして歩いてるし」

「いやいやいや、ほぼ俺がやっただろうよ。ほんとお前は不器用なとこが――――……あれ?」


 …………緊迫感の有るシーンを台無しにするような会話をしながらドアを開けて部屋に入ってきたのは、オーサさんとタニーさんだった。


「……いや登場の仕方!!!!!!!!!!!」


 僕もダサマゾも思わずあっけにとられてしまったが、何とか魂のツッコミを決めてやりました。

「遅れて登場するならヒーロー登場みたいに格好良く来てくださいよ!!」

「いや、そう言われても……そっちの状況わかんないなのにそんなの無理だろ……そもそもどの部屋がダサマゾのいる部屋かもわからないんだから、普通に会話しながら移動するだろ」

「正論を言うな!!」

 イジッテちゃんの気持ちが乗っかったようなツッコミだった。

 やはり正論はダメだな。

「ところでこいつは……どういう状況だ?」

 タニーさんが部屋を見回しながら呟く。足は大丈夫そうだ。ちゃんと修理できたようで何よりです。

「見たらわかりますよね、大ピンチです」

 起死回生の一発を狙ってたことは黙っておこう。まだチャンスがあるかもしれないし。

「て、テンジンザ様!?テンジンザ様が倒れておられる!大丈夫なのか!?」

「命は無事だけど、ってとこかな」

 相変わらずテンジンザ様命だなオーサさんは。

「ミルボさんにミューさんまで……なるほど、どうやらギリギリ良いタイミングに間に合ったんじゃないか?」

 相変わらず女子に目が行きますねタニーさん。

「まあそうですね、正直二人が来てくれて頼もしいですけど……」

「頼もしい? 偽テンジンザ1体にすら苦戦していた雑魚二人が来たところで何の役に立つ?」

 口を挟むなよダサマゾ。

「ああ?なんだてめぇ……てめぇがダサマゾか?」

 オーサさんはすぐキレるー。

「違う、エストレスだ」

「……あれ?ああ、そうなんですか。すいません…?」

「いや、ダサマゾですよこいつ」

「なんだと!!嘘つきやがったな!!」

「嘘ではない、エストレスだ」

「嘘じゃないって言ってるぞ」

「いやだから、ダサマゾだけどエスなんとかなんですって。マゾなのにエスなんですって」

「……言ってる意味がさっぱり分からないのだが……?」

 まあそうだろうとも。いや、察して欲しい気持ちもあるけど、オーサさんにそれを求めるのは酷と言うものだ。

「まあとにかく、こいつは悪いヤツで、テンジンザさんや他の皆をこんな目に合わせてるのもこいつです。つまり、こいつを倒せばいいんです」

「わかりやすい!! じゃあやるか!!」

「すまんなバカな相方で、ただまあ……最終的にやることは同じだ。そいつをぶっ倒してテンジンザ様たちを助ける、それで良いんだろ?」

「ええ、お願いします!」

 オーサさん、タニーさん、今は二人が頼りです……!

 なんとか、僕たちと四人でなら可能性はある!

「―――まさか、その二人が来たから勝てる、何と思っているんじゃあるまいな?」

 思ってますけど何か!?

「その儚い希望、一瞬で打ち砕いてみせよう」

「……なんかこいつ、ムカつくな。いちいち格好つけてて」

「そうなんですよオーサさん。わかってくれます?」

「減らず口を……!!」

 あっ、怒った。

 そして再び、龍と玉。芸がないな。

「うわっ、なんだあれ」

「……なるほどな、さっきのアレと似たようなもんか」

 二人は初見だが、タニーさんは悟ってくれたようで何よりだ。

 そのうえオーサさんになんか小声で説明してくれてる。有能。本当に。

「割と自由自在に動くんで、注意してください」

 一応情報を付け加えておく。

「じゃあ、いきますか!!」

 僕らは息を合わせて、距離を詰める!

 さすがにもう息もあったもので、3方向からの同時攻撃もお手のもの!

 僕はイジッテちゃんを盾に正面から、オーサさんとタニーさんは左右後方から三角形に襲い掛かる。

 正面の僕には拳で対抗してくるダサマゾの攻撃を、イジッテちゃんで受け止め……るっ!!

 足が、踏ん張れない……!!

 いや、なんとか……耐えろ!! 耐えつつ、風でスピードアップさせた籠魔剣で攻撃!

 本当は爆発魔法が望ましいけど、この状況はとにかく3方向から攻撃が来ると言うことが大事なので、多少威力が落ちても手間取って出すのが遅れるよりは素早く風!!

 ダサマゾは籠魔剣を左手で防ぐ。

「どうりゃ!」

 背後からのオーサさんの一撃は右手!

 あの黒い粒子付けてたら剣も素手で止められるのか。ほんとズルいな。

 だが、両手が塞がっている今なら、タニーさんの双剣による連撃を防げるとは思えな――――……マジかよ。

 避けている。

 タニーさんの、目で捉えるのすら難しい連撃を必要最小限の動きだけで躱している。

 両手は塞がったままなのに!

「くそっ!」

 慌てて剣を引き抜き攻撃に加担しようかと思ったが……外れない…!!

 強い力で掴まれていて、ビクとも動かない……!!

 オーサさんも同様に、剣を外そうともがいているが、あのオーサさんが全力で引っ張ってもダサマゾの片手から剣を外せない……!!

 桁違いが過ぎるだろ……!!

「くそっ、なんで当たらないんだ……!!」

 口惜しさと焦りをにじませる

 その刹那、黒い龍がタニーさんに背後から襲い掛かるのが見えた。

「危ない!後ろ!」

 ダメだ、間に合わない―――

「風の壁!!」

 風の壁が龍を弾く!

「ミューさん!?」

 振り向くと、額に汗を浮かべ折れた腕の痛みに耐えながらも魔法を使うミューさんの姿が。

「だ、大丈夫なんですか!?」

「ええ、言ったはずですよ? 魔法は使えるって」

 けど、かなり辛そうだ。

 ……それでも、やはりあの魔法は頼りになる。もしこのまま戦い続ける事が可能なら―――

「―――まだ無事だったか……しぶとい……」

 ダサマゾの呟き。

 マズイ、またミューさんが狙われる! 球が動き始めるのが目に入る!

 くそっ、こうなったら剣を捨ててでも守りに……

「うおおおおお!!ミュー殿ーーー!!!」

 僕が動くより先に、オーサさんが剣を手放してミューさんの元に走る!!

「っ!」

 慌てて風魔法でオーサさんのスピードを上げる!!


 ミューさんに迫る玉、それを防ごうと走るオーサさんが叫ぶ!!


「うおおおおお!!!間に合えーーーー!!!」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る