第148話
遠くから、遠見の術で病院の様子を窺う。
タニーさんを連れ出すと言っても、まずは本当に居るのかどうか確認する必要があるんだけど……中には入れないし、外からは中の様子が見えないし……入り口には昨日の看護師さんが居る。
昨日、明日には身分を証明するものを持ってくると言ってしまったからには、もう一度手ぶらで訪ねていくのはいくらなんでも怪しい。
まあ、オーサさんの身分証を持っていけばタニーさんに会わせてくれ可能性もあるけど病院内にガイザのスパイがいた場合は危険性が高い。
なんとか、誰かに中の様子を聞き出せればいいんだけど……。
しばらく様子を見ていると、昨日の看護師さんが建物の奥へと引っ込んで、別の人が出て来た。
なるほど、休憩か時間制の交代なのかな。
なんにせよ、これはチャンスだ。人が変われば対応も変わる。何か聞き出せるかもしれない。
念のために、しっかり変装して病院へと向かう。
「……一応言っときますけど、絶対に付いてこないでくださいね」
後ろに控えているオーサさんにきつく釘を刺す。
「うむ、なるべく我慢する」
「なるべくじゃない、絶対です」
「ぜっ……なるべく我慢する」
「ぜ っ た い で す」
手でオーサさんの顔の両頬をぐいーっと押しながら念を押す。
「ぜったい……わかった、ぜったい」
イマイチ信用できないな……くそぅ、イジッテちゃんやサジャさんも居てくれたら見張りを頼めるのに、様子見を始めて少ししたらもう「ただ待ってるの退屈ー」と街へ遊びに出かけてしまった。自由か。
ってか、あの二人が一緒に出掛けるってどういう風の吹き回しなの……?
仲良くなったの? それならそれで良いことだけどさ。
仕方ないので、もう一度しっかり釘を刺して、一人で行く。まあ、一人の方が気楽ではあるな。
「すいません、少しお聞きたいことがあるんですけど」
一般の見舞客を装って、自然に話しかける。
「はい、なんでしょうか」
昨日の人と入れ替わりで受け付けに居るのは、若くて切れ長の瞳が特徴的なメガネの女性。白衣を着て長い髪を後ろでくくっているので、看護師の一人だろう。
「あのー、ちょっと噂を小耳に挟みましてね……?」
僕は近づいて、周囲には聞こえないように小声で話しかける。
「ここに、左右の大剣の左、タニーさんが入院してるって聞いたんですけど、本当ですか?」
一瞬、本当に一瞬だけ、看護師さんの目が見開いた。
これは……もう確定か?
「……何のことでしょう。わたくしは存じ上げませんし、仮に知っていたとしても患者さんの情報をお伝えすることは出来ません」
すぐさま冷静さを取り戻し、マニュアル通りの返答。
けど、まだ若くて経験が浅いのか、昨日の看護師さんほどの強固さは感じない。
これは付け入る隙があるのでは……っていうか、よく見るとこの人は中々に美人だ。
……ということは、タニーさんなら…?
「いやぁ、僕ね、タニーさんの大ファンなんですよ……! 格闘技が好きでしてね、彼がチャンピオンになった試合、あれは熱かった……! それになにより、彼は格好良いでしょう?」
「……知りません、お引き取りください」
後ろを向き、会話を拒否する看護師さん。けど、構わず話を続ける。
「一度生で見たことありますけど、本当にイケメンで、これは女の人なら絶対に惚れちゃうなーって思ったもんです。なんなら男の僕でも惚れてしまいそうでしたよ」
看護師さんの顔が少し赤くなった気がする。
……やっぱり……これ、絶対この人にも手を出してるでしょタニーさん…!
あの人すぐ看護師さんに手を出すな!
ただ、今回はそれがありがたい。
「あの端正な顔立ちに加えて、引き締まった筋肉の素晴らしさ! あんなに強いのにムキムキになり過ぎず、バランスの取れた良い体をしてるんですよ。しかも性格も優しくて、他人に対して気遣いの出来る良い人だ。完璧ですよねぇ」
どんどん後ろを向いていてもわかるくらい、耳と顔が赤くなっていく看護師さん。
なんなら、無意識だろうけど僕がタニーさんを褒める言葉に少し頷いている。
もうちょっと攻めてみよう。
「彼のような人がこの世界にいるんだなぁと憧れたものです。ああいう人とお近づきになれる人が羨ましいですよ。選ばれた人だけですよねぇ。彼に選ばれる女性は、さぞ幸せでお美しい素晴らしい女性なのだろろうなぁ」
少し口元がにやけておられる。ああもう絶対、絶対だよ。
っていうか面白可愛いなこの人。
普段がキリっとしてて真面目っぽいのに色恋には不慣れっぽくて、ついからかいたくなる。タニーさんなんて絶対好きだよこういう子。
「あなたはどう思いますか? タニーさん、ご存じですよね?」
「え、ええ、まあこの国の人間ならみんな知ってますから」
「格好良いと思いませんか?」
「ええ、その……はい、とても素敵な人だと、思います」
もはやモジモジし始めている。わかりやすい人だ。
「そうでしょうそうでしょう、そんな素敵な彼がここに居るらしいと聴いたら、やっぱり会ってみたいじゃないですか。どうですかね、会わせていただけませんか?」
「そ、それはダメです。身内の方以外は面会できない決まりですので」
……それもう、ここに入院はしてるけど、って言ってるようなものでは?
よし、もう少し押してみよう、もしかしたら何か情報が――――――
その時、目の端にちらりと見えた。昨日の看護師さんがこっちに向かってる!
ヤバい、まだ距離が離れてるから変装はバレないだろうけど、昨日しっかり話をしてしまったので、近くで見られたらバレる可能性がある。
仕方ない、撤退だ。
「そうですか、残念ですが仕方ありません。今日は帰りますけど、良ければ彼に、大ファンのコルスが会いたがっていたとお伝えください」
「そういうのは、ちょっと……」
上手く行けば僕が来てる事を伝えられるかと思ったけど、さすがに難しいかな?
まあいい、最低限の情報は確保できた。
やばいやばい、昨日の人もう近づいてきてる!
「それでは、失礼します。お手数とらせて申し訳ありませんでした」
最後まで、あくまでも礼儀正しいファンが訪ねてきた、という印象は崩さずにこの場を去る。
離れてから少し経つと、昨日の看護師さんが受付のところに戻ったのが確認できた。
ふう、危ない危ない。けど、あの反応でもうここにタニーさんが居るのは確定だ。あとは、どうやって連れ出すか――――
「うおおお耐えられん!今行くぞタニッ…!」
オーサさんが駆け出してきたので、首元に風魔法で威力をアップした全力ラリアットを決めてぶっ倒して、再び引きずって連れて帰りました。
この人は本当に……我慢を知らんのか!!!
「元気になってきたえ!」
サジャさんは夜の闇が深くなればなるほどテンションが上がるらしい。
まあ魔族らしいと言えばらしいけど……
「静かにしてくださいよ……まだ何も始めてないうちから見つかったらどうするんですか……」
「目撃者を殺せばいいのではないのかえ?」
「よくないかえ。やめてくださいえ」
「マネするなえ!」
「じゃあ殺さないと約束してください」
「……はいはーい、わかりましたえー」
軽く拗ねられたけど、なんとか納得してくれたようだ。
魔族と付き合っていくのは価値観の相違で大変そうだけど、まあ話せばわかるだろう。いや、いざとなったら戦うけどね。
さて、闇と言ったけど、今は夜。
面会時間はとっくに終わり、辺りが暗くなったこのタイミングが、作戦の始まりだ。
ここは病院からほど近い自然公園の中にあるちょっとした林。そこに生えている多くの木の中から病院の様子が確認できる位置にある一本を選び、その上に登ってきた。
「じゃあ、いきますよ」
昼の間に大量に作って袋に詰めておいた爆発魔法の結晶(脱衣ボンバー用)をとりだし、一つ炸裂させる。
パァン!と辺りに音が響く。うん、相変わらずいい音だ。
それを、一定のリズムで炸裂させていく。
おそらくこの距離だと、病院に居る人たちには「遠くでなんか音がしてるな」程度の聞こえ方になるだろうからそれほど迷惑にはならないだろう、きっと。
この自然公園は広いし辺りに住宅街も無いのも幸いだ。
迷惑だってのもあるし、なによりもすぐ通報されたら困るからね。
「オーサさん、このリズムで良いんですよね?」
「ああ、間違いないハズだ。そのリズムで、「明日」「朝」「外」「待つ」だ」
ジュラル軍に伝わる、音の暗号。
それをオーサさんの記憶を頼りに再現して、タニーさんに届ける。
中に入れないなら出てきてもらおう、という算段だ。
まあ、それなら大声で伝えるってのも手段としては無くはないけど、なるべく騒ぎを起こしたくはないし、一回で伝わるとは限らない中で、すぐに警備が駆けつける可能性が高いので難しい。
つまりこうやって、「タニーさんにだけは伝わる」という形で広範囲にメッセージを届けられるのが安定で安全だという結論に至ったのだ。
何度か繰り返していると、病院の窓にかかったカーテンを開けて外の様子を窺う人が何人か出て来たが、暗くてその中にタニーさんが居るのかは確認できない。
遠見の魔法は暗視能力は付いてないんだよな……覚えておけばよかった。
最後の一個を爆発させる時は、当然自分の服の中に入れて脱衣ボンバーした。
「当然じゃねぇよ!?」
「当然ですけど?」
「知ってるえ、これがアレであろう? 価値観の相違、やえ?」
「正解です」
「いよっしゃ!理解するのチョロいえ人間社会!」
「いや、これで人間社会をしたつもりになられると困るんだが?」
なんて、僕とイジッテちゃんとサジャさんによるトリオ漫才が繰り広げられていると、辺りがこっちに近づいてくるのが見えた。
「あっ、警備が来ますね。逃げましょう」
公園の警備か病院の警備かはわからないけど、どちらにしても捕まったら面倒だ。全裸だし。
「全裸が余計だな……!! それさえなければ仮に捕まっても言い訳しようがあるものを…!」
「まあまあ、とにかく戻りましょう」
僕は帰還の羽を取り出す。宿には一応、決まった場所に戻れる定置の羽もポイント設定してあるのだけど、あまり近い位置だと追いかけられてしまう可能性がある。
そこで、最後に行った街に戻れる帰還の羽を街の中で使うとその街の入り口に戻れる、という特性を利用して、ここから少し離れた位置にある街の入り口まで逃げるのだ。
「オイ待て、街の入り口ってことは、街の外だよな?」
「なんですかイジッテちゃん。当たり前じゃないですか」
「お前全裸だよな?」
「はい」
「全裸で街の外に出るのか!?」
「外って言っても入り口すぐそこですから」
「いやでも、それはお前なんか……なんかだろ! 街の中で全裸もダメだけど、街の外で全裸は別のなんかアレだろ!より強い解放感を求めてる感が凄いだろ!」
「何をいまさらだよ。街の中だろうと外だろうと、全裸は全裸。そこに違いは無いんだよ」
「良いこと言ったみたいな顔をするな……!」
拳を振るわせてるけど、そんなこと言ってる間にも警備が近づいてくるので、会話を打ち切って羽を使う。
ぶわっと体が浮き上がり、街の外へ。
到着、さすがに速い。
「イジッテちゃん、大発見だよ」
「服を着ろ」
「全裸だ羽使うと、なんかすっごい気持ちいい!!風が!風が体を通り抜ける感覚!!」
「服を着ろ」
「特に股間が凄い風で縦横無尽に動くのが凄く新感覚で…」
「うろせぇな服着ろよ!!!!!」
めちゃめちゃ怒鳴られた。
「無理だよ」
「なんで!?」
「替えの服が無いから」
「殺してしまいたい!! 一度はパートナーと認めた相手を殺してしまいたい!!」
物騒な事を仰る。
「服が無いと困るのかえ?」
サジャさんからまさかの言葉。
「僕は困らないです」
「困るよ!!どうやって街の中に入るんだよ!!夜にやってきた全裸の男をどこの警備が素通りさせるんだ!!」
「あ、大丈夫です。一度街の外に出て、少し経ってから定置の羽で宿に帰るっていう計画なので」
「……なんてそういうちゃんとした計画を考えられる人間が、考えなしに全裸になるんだ……?」
「全裸は理性を超えたところにあるんですよね」
「だろうよ、だろうともさ。理性があったら脱がないからな」
頭を抱えてしまわれた。よく見るなぁこれ。
「ちょっといいか?簡単な服なら作れるぞ」
サジャさんから突然の提案。作れる?
「作れるってどういうことですか?」
「だから……こう、こう、こうやえ」
サジャさんは自身の黒い髪を少しちぎると、それを粘土のようにこねると、それは伸びて大きくなり、ワンピースのような形の服が出来上がった。
「えっ、なんですかそれ。そんなこと出来るんですか?」
「ふふん、感心したかえ? 尊敬したかえ? 恐れ入ったかえ? このくらい簡単な―――」
その言葉の途中で、イジッテちゃんが突然サジャさんに抱き着いた。
「ありがとう、ありがとう心の友よ……! サジャ丸が居て良かった……!!」
「お、おう? そ、そうかえ? キシャシャ、まあ、それほどでもあるえ?」
サジャさんもなんだか嬉しそうだ。
本当に仲良くなってるな……サジャ丸とかいうあだ名までつけてる。いやまあ、イジッテちゃんが適当な名前を付けるのはよくある事ではあるけどさ。
「二人は、いつの間にそんなに仲良くなったの?」
「ん?いや、今日の昼間二人で出かけた時にいろいろ話してたら妙に話が合ってな」
「そうえ。お互い長く生きておるからの、昔の話を共にできる相手などめったにおらんでな、それが楽しかったえ」
なるほど、まあ確かにそれはあるかもしれない。
一応パイクさんやセッタくんも長生きだし、本心ではそれほど嫌ってないと思うのだけど、イジッテちゃんとは仲悪い設定が続いててそれを打ち破れてない感はある。
そんな中で、素直に昔話に興じられる相手が出来て嬉しかったのだろう。
良いことだ。サジャさんを仲間にした意味がさらに強まったというものだ。
「ちなみに、何の話が一番盛り上がるんですか?」
その言葉に、二人は息ピッタリにシンクロして、こう答えた。
「「神の悪口」」
……なるほどね!!なんか凄い納得した!!
なんてことがありつつ、僕らは宿に戻り、そして翌日の朝を迎えた――――
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