第139話

「動くな、命が惜しければな」

 ミュー父の背後から忍び寄り、首元にナイフを突きつける。

「な、なんだ貴様は…!」

 その問いには答えず、一方的に喋る。

「ヒメリルドはどこだ」

 ヒメリルドの名前を出した途端、明らかに動揺が見て取れる。

 純血信仰がいかに勢力を増しているとはいえ、所詮は素人だ。感情や心を悟られない訓練なんてしているはずもない。

「な、何の話だ」

 それでもとぼけるよね、そうだよね。

「ふん、貴様らがヒメリルドを独占してたんまり稼いでいるのを知らないとでも思ったか? いけないなぁ、健全な経済を阻害するやり方は」

「ど、どうしてそれを」

 どうしてそれを、はもう自白ですよ。

 まあほぼ知ってたけど、これで確信が持てた。

 ならば次にすることは決まっている。

「全部よこせとは言わない、オレもおいしい思いがしたいだけさ。少し分けてくれよ」

 僕は腰に下げた布の袋を見せて、「ここに入るだけでいい」と囁いた。

「ふ、ふざけるな。そんな大きな袋……どれだけの金になると……!」

 まあ確かに大きい。イジッテちゃんなら丸くなれば入れるくらいはあるだろう。

「なるほど、命よりも金が大事か? ならそれでもいいさ。別にお前でなくてもな。奥の隠し扉の辺りで待てば、他のやつも来るだろう。次のやつは聞き分けが良いことを願ってるよ」

 そして僕はナイフに力を込めて―――というか、込めるフリをした。

「まっ、待ってくれ! ヒメリルドの場所は教えるから!」

 落ちた。早いなー。まあこんなもんか。

「……話せ」

「そ、その、あんたもさっき言ってた、隠し扉の奥には確かにヒメリルドの鉱石が採れる場所がある。だが、あの扉は中からしか開けることが出来ない。このワタシを殺してもヒメリルドは手に入らないぞ!」

 命乞いの為に嘘を言っている……という可能性も無くはないが……声の様子からすると、今のところは本当っぽいと感じる。

「……ならば、このままキサマを人質にして、中から開けてもらうことにしよう。もし開けて貰えなかったら――――仲間の薄情さに打ちひしがれて人生を終えるんだな」

「ひぃぃ……!」

 怯えるミュー父を引きずるように、扉へと近づいていこうとしたその瞬間――――


「待ちたまえ。やれやれ、偶然通りかかったら、つまらないことが行われているじゃないか」


 そう声をかけてきたのは――――

「そこのお前、私が来たからにはもう安心するといい。そしてそっちのお前、私が来たからには自分の運の悪さを悔いるがよいわ!!」

 そことかそっちとか、伝わりにくいんだよお前のセリフは……丸男ぉ!


 僕らの前に、大きなたいまつを持ち辺りを照らす巨大なユウベさんと、その肩に乗った丸男が立ち塞がったのだ。




「「「命の恩人作戦???」」」

 僕の作戦に、意味が解らないという顔をするイジッテちゃん、ミルボさん、丸男の3人。ユウベさんは基本的にニコニコと見守ってくれている。

 さて、話は戻って、ついさっき、ミュー父が隠し扉から出て罠のチェックをしていた時までほんの少しだけ遡る。

「そう、話はとても単純。僕がミュー父を襲って、そこへ顔見知りの丸男が通りかかって助ける。そしてついでにヒメリルドを譲ってもらう、もしくは買わせてもらう。それだけ」

 うわぁ、みんなすごい疑心暗鬼の顔だ。

「そんな単純な作戦通用するのか?」

「イジッテちゃん、作戦と言うのは簡単であればあるほど良いのさ。複雑だから成功率が高い訳じゃない。時には単純さこそが最大効率なんだ」

「けどダーリン、こんなところに偶然通りかるって不自然じゃない?」

「そう、助けるのが僕らだったら不自然だし、助けた見返りにヒメリルドを要求するのもいかにも怪しい。でも、丸男なら理由と動機がある」

「私なら?」

「まず助ける理由だけど、それはシンプルに顔見知りだから。「誰かが襲われてると思ったら見知った顔だったから助けた」。理由としては充分でしょ? 問題があるとすれば、丸男が本来そんな人間ではない、ということくらいだよ」

「そこが一番問題のような気がするが?」

 イジッテちゃんさすが痛いところをついてくる。

「まあでもそこは、人身売買っていうクソ外道行為の共犯者だし、助ければまた子供売ってもらえると思ったとか、そう言うことで良いんじゃないですかね?」

「いや、あいつのとこ一人娘だったしな……」

 そうなのか、ってか、一人娘売るって大概だな。

「じゃあまあ、なんにせよ恩を売ればいいことあると思って、とかそんなんでいいですよ」

「そんなんで良いのか?」

「そんなんで良いです。あなたが子供を買うくらい欲深い人間だってことは向こうも知ってるんですから、恩を売る事で自分の得にするなんて自然なもんですよ」

「……なんか、お前の中の私が凄い外道なのだが?」

「僕の中とかじゃなくて、この世界の常識として外道なので覚えておいてくださいね外道・クソヤロウ・丸男」

「悲しきミドルネーム!」

 しっかりとしたツッコミを入れるんじゃないよ。

「話続けますよ。そもそも丸男は以前ヒメリルドを商人から買っている。向こうも売る人間は選んでるはずだから、ミュー父から人身売買の話が伝わっていて、ヤバいものでも買ってくれる人としてリストアップされてる可能性が高いです。なので、前に買って使ったけど、また欲しくなったので採掘が出来るというここに探しに来た、ってのがこのダンジョンに居る動機、理由になります」 

 これで、作戦の説明は全部終わりだ。

 さて、あとは丸男のやる気次第だけど……うわぁ、めっちゃ嫌な顔してる。なんか、顔全体がくちゃってつぶれたみたいな顔で拒否を表している。

「なんで私がそこまでやらねばならん? そんな危険を冒す義理は無いぞ」

 まあ、それは予想済みだ。

「金貨二枚追加、でどうですか?」

「うぐ……」

 効いてる効いてる。

「……いや、しかしそれは……」

「3枚」

「……やろう」

「よし、契約成立ですね」

 まあ、元々テンジンザさんからは金貨20枚使っていいと言われてたんだけど。

 なるべく安く済ませたいというのもあるし、こういう時の交渉の為に余裕を持たせたかったのもあって、5枚残しておいてよかった。

「じゃあ、準備しますからちょっと待っててください」

 僕は合法的に全裸になる。

「待て待て、何が合法的なんだ」

「えっ、だって正体バレない様に着替えるから。僕もあの扉の中に入りたいし」

「着替えるのは良い、全裸になる必要があるのかと聞いている」

「野暮なこと言うなぁイジッテちゃんは。着替えるために脱ぐでしょ?どうせ脱ぐなら全部でしょ? つまり着替えは全裸でしょ?」

「ずいぶん勝手な事言ってくれるなこの野郎。下着はどうした」

「いやだから、以前も言いましたけど僕はもう女性用下着はやめたんですよ」

「男性用!!男性用下着!!」

「いやぁ、昔は履いてたんですけど、オーサさんがノーパン主義なのを知って、そうか、どうせ脱ぐなら最初からパンツ要らないよな、と悟りまして」

「悪影響悟り……!!」

 四つん這いになってガックリしているイジッテちゃん。

 久々に見たなぁその体勢。

 一方ミルボさんは、なんというか、硬直したままじーっと僕の股間を見つめている。

「えっと、なんですかミルボさん?」

 僕は体ごとミルボさんの方を向いて尋ねる。

「いや隠せ隠せ。何を堂々と見せてんだ」

「そういう趣味ですので……」

「そうだけども!!」

 そんなイジッテちゃんとのやり取りの間も、じーっと見ている。

 なんだろう……そんなにじっと見られるとさすがに照れるな……。

「ちょっと、本当にどうしたんですかミルボさん?」

「えっ、あっ、ご、ごめんなさい。アタイその……男の人もそう言うの見るの初めてでビックリしちゃって……いやでも、知識はあったのさ、書物とかで男の人にはそう言うのがあるって。でもその……思ってたよりなんて言うか……微々たるものなんだなぁって……」

 微々たるもの!!!

 僕のこの!!天をも切り裂くソードが!!微々たるもの!!!

「ほら、もっとなんか、こう、ドーンって主張してくるようなものだと思ってたから、あっ、こんなに些細で控えめな感じなんだ―って思って。小規模っていうの?意外と目立たないささやかな器官なんだぁ、ってビックリしちゃった」

 次々と……次々と言葉のナイフが飛んでくる!!

 イジッテちゃんがポンポンと肩を叩いてくるが、顔はそれはそれはニヤニヤしておられる。くそぅ……今に見てろよ……絶対まだまだ成長してやる……!


 とまあそんなことがありつつも、体型を少し大きく見せるようにごわごわしている全身スーツに身を包み、さらには目と口の部分だけ空いてる目出し帽をかぶる。

 あとで声が変わる飴も食べておこう。

「……ダーリン、なんでそんなの持ち歩いてるの?」

「いついかなる時にも、「こんなこともあろうかと」に備えるのが優秀な冒険者ですよ」

「いや、お前の場合はただアイテムに頼ってるだけだけどな。あとシンプルにそういうの好きなだけだろ」

 イジッテちゃんさすがのダブル図星。

「そういうその……プレイが好きなの?」

「ミルボさん?それは誤解です。これはプレイ用ではないです」

 ミルボさん実際の経験がそれほどないのに知識だけある頭でっかちムッツリスケベタイプなの?



 とまあ、そんなやりとりがあってからの、僕がミュー父を襲って、それを助けに来る丸男、という構図です。

「なんだ貴様?命が惜しければ帰れ」

 ってか、この声変わる飴「エエコエーデル」凄いな。ネーミングセンスもある意味凄いけど、効果が凄い。なんだこの渋い声。モテるぞこの声だったら。

 なんかの時の為に今度買い足しておこう。なんかの時が何かは知らんけど。

「ふん、キサマこそ帰るが良いぞ。このユウベのパワーに勝てるとでも?」

 そこは他力本願なんだな、と心の中でツッコミを入れつつも、まあ丸男が直接戦うよりも、ユウベさんの方がどう考えても強そうだし頼りになりそうなので、それはむしろ良しとしよう。

 実際、ユウベさんとは戦い方の打ち合わせもしてあるしな。

「面白い……やってみるがいい!」

 僕はミュー父を投げ捨てると、ユウベさんに向かって距離を詰める!

 打ち合わせではここで、真っすぐ突っ込んでくる僕を横からその大きな手ではたくと、僕が派手に吹っ飛んで逃げ帰る、というシナリオだ。

 さあ、上手くやってくださいよ!

「ええいヌヤっ!」

 よし、打ち合わせ通りに手が来た、あとはこれを受けて僕が吹っ飛………

「えっ……!?」

 ちょっ、待って……何この力!!

 強っ……強いっ、つよぉぉぉぉぉおお!!!!

 僕はリアルに凄い勢いで吹っ飛んで、ダイレクトに壁に激突して床に崩れ落ちた。

「げっ、げほっ……ぐふっ…」

 やっべぇーーー……なにそれ……! 甘く見てたよ巨人族のパワー!

 危なかった、このスーツは多少は衝撃吸収する素材だから何とか耐えたけど、そうじゃなかったら本気で意識失ってたし、なんならどっか骨折れてたよ絶対!!

「っ、くそ!覚えてろ!」

 けど、おかげでこの安っぽい捨てセリフにも説得力が出るというものだ。

 この力の差を見せられたら逃げ帰るしかないからね!!

 角を曲がって姿が見えなくなったところで、以前も教会で魔族サジャと戦った時に使った『足音くん3号』で、遠ざかっていく足音を出しつつ、その場に留まり様子を窺う。

 丸男に任せるの不安過ぎるからな……。

「大丈夫か? 会うのは久々だな」

「えっ……あ、もしかしてあなたは」

「うむ、覚えていたか、まあ当然だな。この私だからな! かつては娘を売ってもらって助かったわ! うはははは」

 ……素なのか演技なのか判断出来ないな……まあ、どっちにしても怪しまれなければいいんだけど。

「あの……娘は今、どうしてます?」

「んん? 気になるのか? 汚れたゴミだと売りに来たのに」

「いや、気になるとかでは全然。ただ、ゴミでも大金と引き換えたのですから、多少は役に立っていればいいな、と思いましてね」

 あのやろう……やっぱり全力でぶん殴りたいな……いやいやこらえろこらえろ。

「まあそうだな。値段分の価値はあったと言うことにしておこう」

 丸男は丸男でムカつくな……いやいやでも、このやりとりはミュー父に怪しまれないために必要なのだと自分に言い聞かせて怒りを抑える。

「それならなによりです。……ところで、今日はどうしてここへ?」

 よし、ここだ、ここだぞ。


「ふむ、実はだな……」


 その瞬間、丸男がチラリとこちらに視線を向けてニヤっと笑ったような気がした。


 あいつまさか、裏切る気じゃないだろうな……!!!


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