第十七話 楽しいひと時

「ん? どうかしたかい、ヴェルダンディ嬢?」


 ウルドの上ずった声を聞いたフレクは、苦笑いで声をかけた。


「な、何でもありませんわ。えぇと、その噂でしたら、わたくしも耳にしておりますわ」


 すっかりフレクに見惚れてしまったウルドは、慌てて会話を取り繕った。


(何だか顔が熱いわ)


「では、今度はこちらから質問だよ。ヴェルダンディ嬢は、噂通りに何か企んでいるのかい?」

「何も企んでなどいませんわ。ノルン領の住人に、今より少しでも良い生活をしてほしい、ただそれだけですの」

「ということは、勝手な憶測が飛び交っている、そういうことかい?」

「そうですわね」


(本当は、それにあたし自身が面白可笑しく暮らしたい、という気持ちがあるのだけれど、それは言う必要ないわよね)


「ほうほう。では、ノルン領を観察していれば、勝ち組になれそうだね」

「別段、何かを大きく動かす様なことはしていませんわよ」

「いやいや、ノルン領が繁栄するならば、それを真似することで自領を繁栄させられる、そう思う領主はいると思うよ」

「そうですの?」


 現状のウルドは、農耕具を鉄製に変えたり、治水などに力を入れているが、急激な成長が見込めるようなことはしていない。それよりも、ヴェルダンディの評判を上げるために、ウルドが住人と直接対話をするなど、住民の信頼を得ることに重点を置いている。それを他領の領主が真似をするかといえば……きっとしないだろう。

 

「もしかして、他領では真似できない何かがノルン領にあるとか?」

「何かとは?」

「そうだね、鉄鉱山も武器の一つだろうけれど、それは以前からノルン領にはあるものだから、新たな鉱床が発見されたとか……かな?」

「…………」


(この人、何処まであたしの情報を持っているのかしら?)


 つい口が軽くなってしまったウルドだが、それでも他言できないようなことは口にしていない。

 フレクの言う鉱床が銀だとすれば、シアルフィ男爵と取引している関係上、完全な極秘情報とはなっていないため、知られている可能性はある。とはいえ、表立って動いていないのだから、簡単に知られる案件ではないはずなのだが……。

 それにも拘らず情報を掴んでいるフレクを、ウルドは少し怖く感じてしまう


「フレク様は、わたくしの真似をして自領を繁栄させたいのですか?」

「うぅ~ん、自領というか、この王国の発展に何か有益な情報があれば、知っておきたい気持ちはあるかな」

「あら、フレク様は国政に関与なさっている、とてもお偉いお方なのですか?」

「いやいや、単に好奇心だよ。知識というのは、あって困ることはないからね」


(普通に考えて、この人って怪しいのよね。まず、自分の素性を隠している時点で、会話をするべき人ではないはず。なのに、どうしてあたしは会話をしているのかしら?)


 ウルドは自分の感情が分からなくなっていた。


「好奇心ですか? それでしたらわたくしもありますわ」

「ほぉう、ヴェルダンディ嬢が何に興味を抱いているのか、とても気になるね」

「それは、フレク様の素性ですわ」

「はっはっは、確かに僕は怪しいよね。素性が気になるのは当然だ」


 朗らかに笑うフレクに、またもや見惚れてしまうウルドだが、惚けてはいけないと自身に言い聞かせる。


「では、教えてくださるのですか?」

「せっかくヴェルダンディ嬢に興味を持ってもらえたんだ、ならばそのまま謎を残しておきたいね」

「なぜです?」

「人は分からないことを知りたいと思う。答えを知ると、そこから興味がなくなってしまうだろ? であれば、謎を残したままヴェルダンディ嬢の興味を維持したい。当然の結果だよ」


(何だろう、ヴェルダンディの見目にしか興味がないだろうこの人に、あたしも失望したはずなのに、何故か気になってしまう。最初は単に見たことのない程の美くしい青年だったから、ただ興味を持っただけだったのに、どうしてこんな怪しい人が気になってしまうのだろう……)


「フレク様は、ひょっとして幻惑の魔術がお使いできますの?」


 混乱したウルドは、訳の分からない質問をしていた。


「良いねそれ。そんなものが使えるのであれば、僕はヴェルダンディ嬢をぜひとも魅了したいよ。――ん? 何故そんなことを聞くんだい?」

「え、いや、何と言いますか、そのような雰囲気を感じたもので……」

「ヴェルダンディ嬢は面白いことを言うんだね」


(んぁ~、喋れば喋るほどおかしくなってしまう~。もう、何なのよあたし!)


「それにしても、情報で知り得たヴェルダンディ嬢は、それこそ氷のように一分の隙もない、ガチガチのお硬い淑女だったのだけれど、僕が実際に知ったヴェルダンディ嬢は、むしろ逆なイメージだよ」

「それは、頭のゆるい女と仰っているのかしら?」


(ヴェルダンディは想像以上に賢かったようだけれど、あたしも天才や才女などと言われていたのよ!)


「そうではないよ。そもそも、人を寄せ付けないと聞いていたからね。言葉を交わすことすら難しいと思っていたんだ、こうして会話ができているのが驚きだよ」


(会話をしただけで驚かれる女とは、一体何なのよ……)


「それに、交わす言葉も高圧的かつ一方的に言い放つのではなく、相手ありきの会話をしっかりしている。表情もとても豊かだ。人懐っこさすら感じられるほどにね。他にも色々あるけれど、ヴェルダンディ嬢は外見も然ることながら、内面的にも人を惹き付ける魅力がある、ってことかな」


(どれも当たり前のことを言っている気がするけれど、ヴェルダンディはその当たり前からかけ離れていたってことよね。――でも、内面に好感を持たれているのは、素直に嬉しいわ)


「本当に魅力があるかはさておき、そう仰っていただけるのは嬉しく存じます」

「少なくとも、僕にはヴェルダンディ嬢が魅力的だと思っている。なにせ僕はおべんちゃらが言えない人間でね、思ったことはそのまま言葉になってしまうんだ」


(ぬぁー、何だかむず痒いわー)


「……そ、そろそろ会場に戻らないと」


 信者以外の人物から、自身を肯定するような言葉を言われ慣れていないウルドは、なんとも気恥ずかしくなってしまい、この場から立ち去りたくなってしまった。


「名残惜しいけど仕方ないね」

「フレク様は?」

「僕はもう少し花を眺めるよ」


 フレクが夜会に参加していない……いや、できないことにウルドは気付いている。

 それであれば、これ以上詮索しないのが吉だろう。


「フレク様とお喋りでき、とても楽しかったですわ」

「僕も楽しいひと時を過ごせたよ。知らなかったヴェルダンディ嬢を色々と知ることができたしね」


 薄幸そうな美青年が、発光しているかと見紛うばかりの綺羅びやかな笑顔を見せると、ウルドはまたもや胸が高鳴ってしまう。


「そ、それでは、失礼させていただきますわ」


 心が落ち着かないウルドは、そう言うと足早に中庭を後にした。


(うぅ~、顔は熱いし体は火照ってるし、なんなのよもー)


 自身で制御できぬ心。初めての感覚に戸惑うウルドは、ただただ困惑するのであった。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「――ヴェルダンディ様」

「はぅ~」

「ヴェルダンディ様!」

「え、な、なに?」

「また、ボーッとしてましたよ」

「そ、そんなことないわよナンナ」


 フレクとの再会から数日、ウルドは考え事をしているとそのまま惚けていることが増え、ちょくちょくナンナなど従者に指摘されるようになっていた。


(う~ん、一人で悶々としているのは不毛よね。この際だから、同性であるナンナに意見を聞いてみるのもありよね。うん、そうしましょう)


「ねえ、ナンナは恋愛とかしていないの?」

「生涯ヴェルダンディ様にお仕えするわたしに、恋愛など不要です」

「でもほら、将来的には家庭を持って、旦那様とイチャイチャしたいとか思わない?」

「そんな時間があるなら、その時間でヴェルダンディ様のお世話をします」


(あー、信者ってこんな考えなのね。まったく参考にならないわ……)


「仮に、あたしの従者は結婚が必須と言ったら、ナンナはどうする?」

「そうですねぇ~、……ヴェルダンディ様にお相手を指名していただき、その方と結婚します」


(あたしが聞きたいのは、そんなことではないのに……)


「ナンナがあたしに忠誠を誓う以前は、誰か好きな人とかいなかったの?」

「生きるためには仕事をしなければなりません。人を好きになる余裕などありませんでしたので、いませんでしたよ」


(平民だとそういった思考になるのかしら?)


 前世で平民生まれであったウルドだが、幼少期より魔術の才能があり、魔術師育成機関に入っていた。そんなウルドは何より魔術の勉強が好きだったため、人に興味を抱くことなく、生涯を魔術に捧げるような偏った生き方だったのだ。

 その結果、平民らしい思考というのも、あまり持ち合わせていなかったのである。


「でも、『あの人ちょっと素敵』とか『憧れちゃう』とかの感情なら、少しくらい持ったことあるでしょ?」

「あー、それならありますよ」


(なによ、あるんじゃない!)


「それなら、お付き合いしたいとか思ったでしょ?」

「それはないですね」

「えっ、どうして?」

「父でしたので」

「…………」


(ナンナが何を言っているのか、あたしにはサッパリ分からないわ)


「どういうことかしら?」

「え? 言葉どおり、わたしが憧れたことのある男性は、わたしの父ですけど、何かおかしいですか?」


(そういうことね……って、それはあたしの聞きたかった答えではないわ!)


「そういうのではなく、赤の他人の男性に対して、憧れとか抱いたことはないの?」

「あー、ありませんね」

「例えば、バルドルに対して……とか?」

「バルドルさんは、ヴェルダンディ様を女神と崇める同胞ですよ? 憧れるわけなじゃないですかー。おかしなことを言いますね」


(おかしなことを言ってるのはアンタの方よナンナ! ……というか、これは駄目だわ)


 ナンナの意見がこれであれば、自身が気軽に会話のできる相手は皆が同じような回答をするだろう、と思ったウルドは、従者の意見を聞くのは止めようと決意したのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る