第十五話 居心地悪い
「仕上がり次第、すぐにノルン領へお届けするよう、きつく言っておきました!」
街遊びを終え、男爵の領主館に戻ってお茶をしていると、スルーズが真顔でウルドに報告してきた。
「急がなくていいのよ。今後はノルン領でのんびりする予定なのだから」
「王都へは戻られないのですか?」
「まだノルンの領主館ではあまり生活していないのだけれど、それでも王都より落ち着くの。だから、わたくしはノルン領での生活を楽しむつもりなのよ」
王都の侯爵邸生活は、自由を制限されているわけではないのだが、どうにも息苦しさを感じていたウルドからすると、好んで生活したい環境ではない。
それに引き換え、ウルドを
しかし、領の発展のためにやらなくてはならないこともある。だが、目標のために努力をするのが好きなウルドからすると、それはそれで楽しいと思えるため、実は良い事尽くめなのであった。
その後、数日間余暇を楽しんだウルドは、シアルフィ男爵との正式な契約を結び、大方の段取りを決めてノルン子爵領へと戻る。
ウルドを迎え入れた家臣たちはなぜか怯えた様子であったが、課題を与えていたことを思い出したウルドは、翌日から個別面談形式を行なうと家臣たちに伝えた。
「――といった感じで、現場を知らな過ぎたことも原因かと思います。なので、私自身が鉱山町を身を以て知るところからやり直したい、そう考えております」
「ナリの意見は以上?」
「はい」
「分かったわ」
家臣との個別面談は、家宰のナリとの遣り取りで終了となった。
あまり期待をしていなかったのだが、ウルドが思っていた以上にしっかりした意見があり、想定以上の収穫があったのは僥倖だ。
税収を大きく落とす原因となった横領に対し、一切の調査もせずに放置していた家宰のナリは、自分可愛さに言い訳をすることもなく、家宰の任を解いてもらって鉱山町に赴くと言う。それをそのまま受け入れてしまっては、些か寛容過ぎると思うウルドだが、あまり重くなり過ぎない処遇を考えることにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ぬぅぁ~ん、つか――」
「ヴェルダンディ様」
「……き、着替えでしょ。分かっているわよ」
「…………」
疲れるとすぐにベッドへ飛び込むのがお約束となっているウルドは、ダイブ直前にナンナに名前を呼ばれただけで硬直してしまう。
このナンナと言う少女は、年齢こそヴェルダンディより一歳上だが、見た目は如何にも幼く、ヴェルダンディの方が断然お姉さんに見える。しかし、素朴で可愛らしい顔を膨らませるナンナに、ウルドは何故か逆らえないのであった。
(シアルフィ領で購入したワンピース。早く届かないかしら)
侍女に頭の上がらないウルドだが、家臣に対しては毅然とした態度で接し、適材適所に配置するなど、上に立つ者として見事な働きをしてる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そんなウルドがノルン子爵領に腰を据え、早くも半年以上が経過した。
家臣の差配もそうだが、ウルドは自ら領地を回り、住民と接し、徐々に信頼を集めていたのだ。
「ヴェルダンディ様、そろそろ社交シーズンに向けて準備をする時期かと」
「えぇ~、なんかもう社交とかどうでも良くない?」
「良くないです」
「バルドルはお硬いのよね」
「それが仕事ですので」
「柔軟性も必要よ」
ウルドはすっかりだらけていた。
仕事はきっちりこなしているのだが、領地での生活に馴染み過ぎてしまい、本気で社交のことなどどうでも良いて思っているのだ。
「あたし、まだこの領で一年も生活してないでしょ? もっとこの地を知るために、今季の社交は不参加で良いと思うの。どう?」
「駄目です。ヴェルダンディ様は十六歳になられたのですから、襲爵の儀で正式な爵位を得る必要がございます」
襲爵できる権利を持つ者が成人である十六歳となると、そのシーズンの最初に行なわれる襲爵の儀で、正式に爵位を得ることになる。
ノルン子爵領はウルドが管理権を持っているが、現状は領主(仮)なので、襲爵の儀にて承認を得なくてはならないのだ。
「襲爵すれば三年間は無税となるのです。出費が増えている現状、三年間の無税は大変有り難いのですから、必ず儀式には参加してください」
「わ、分かってるわよ」
(主はあたしなのに、なぜかバルドルとナンナに逆らえないのよね)
「それと、殿下との婚約に関しても、なにかしらの進展が有ると思いますので」
「あっ!」
「もしかして、ご自身が婚約中の身であることを忘れていたのですか?」
「……すっかり忘れていたわ」
「…………」
恋愛結婚を諦めたことで、婚約の件まですっかり忘れていたウルド。
余計に王都へ行きたくなくなったが、バルドルやナンナの冷ややかな視線に耐えきれず、ウルドは嫌でも王都に行かざるを得ないと悟る。
(あのボンクラ王子とまた顔を合わせるのよね。本気で嫌だわ……)
斯くして、嫌々ながらもウルドは王都へ向けて旅立ったのであった。
「お久しぶりですお父様」
「今シーズンからお前は正式な社交の場をメインに活動するのだ。余計な騒ぎを起こすなよ」
「何を以て余計な騒ぎと仰るのか分かりませんが、わたくしはわたくしらしく在りたい、そう考えておりますわ」
「……とにかく、大人しくしていろ」
ウルドは久しぶりに王都の侯爵邸に戻り、すぐに父の執務室に向かって父娘の再会を果たしたが、やはり再会を喜ぶような父ではなかった。
ちなみに、銀髪にくすんだ白髪の混じった父。その父の頭髪は、心なしか白髪の割合が増えたように思えたが、きっと気の所為だろうとウルドは思った。
(うん、どうでもいいわ)
父との会話に気もそぞろだったウルドは、重い足取りで自室に戻る。
「う~ん、やっぱりこの家は落ち着かないわ。実家なのに居心地悪いとか最悪だわ」
「ヴェルダンディ様は成人なされたのですから、そのような子どもっぽいことを言うのは控えてくださいね」
「だって、嫌なものは嫌なの」
「はいはい」
(見た目が子どもみたいなナンナに、あたしが子ども扱いされるのは腑に落ちないわ。でも、正論だから何も言えないのが悔しいわね)
自分が子どもじみたことを言っている自覚のあるウルドは、声に出してナンナに反論できず、心の中で愚痴るのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ヴェルダンディ・イスベルグを、ノルン子爵に任命する」
「謹んでお受けいたします」
社交シースンの開幕を告げる王宮での夜会。
その前にまずは各種儀式を執り行ない、ウルドも襲爵の儀により、正式にノルン子爵となった。
「ヴェルダンディ、儀式の後に遣いをやる。少し付き合ってもらうぞ」
「かしこまりました」
ウルドの耳に顔を寄せた国王は、有無を言わせず儀式後の会談を言い渡す。
きっと婚約関係の話だろうと理解しているウルドは、会場にいない婚約者の第二王子を思い浮かべた。
(あのボンクラ王子、また仮病で式に参加してないのね。前期最後の夜会も仮病で不参加だったけれど、王太子に一番近い王子だという自覚があるのかしら。まったく、正真正銘のボンクラだわ)
「ノルン子爵、襲爵おめでとうございます」
「ヴェルダンディ様、おめでとうございます」
「ありがとう存じます、シアルフィ男爵。――スルーズもありがとうね」
子爵や男爵といった下級貴族では、王宮の夜会に参加できないのだが、儀式に出るウルドは当然参加できる。
なので、今回はスルーズだけではなく、その父のシアルフィ男爵も同行者として参加していた。もっとも、ウルドは侯爵家の令嬢なので、自身の爵位が子爵であっても、王宮の夜会には参加できるし、それを別にしても王子の婚約者として参加できる立場である。
「わたくしと一緒ですと、男爵も白い目で見られるのでは?」
「いいえ、少しずつではありますが、ノルン子爵と顔繋ぎをしたいという者からの打診もあります。それは、以前と違う意味で子爵が注目されはじめているということ」
「あら、そうですの? ですが、出る杭は打たれますわよ」
「打たれてもそれを上回る利益が出るのでしたら、甘んじて打たれましょう」
領主とは、如何に領を繁栄させ民を幸福へ導けるか。などと考えている貴族は少ないだろう。しかし、領地に籠もっていたウルドでも、シアルフィ男爵が真面目に領地運営をしていることが分かった。
三十代前半のシアルフィ男爵は、貴族としては比較的若い当主だ。しかし、先代が早くに亡くなり二十歳そこらで襲爵したため、本当に若い頃から領主として苦労をしていたらしい。それゆえ、私服を肥やすには領地が安定することの重要性を知る。それがいつしか私利私欲ではなく、純粋に領民のための政策を考えるに至ったのだ、と男爵令嬢であるスルーズからウルドは聞いていた。
そんな男爵だからこそ、嫌われ者のウルドであっても、為政者としてまっとうな政策を打ち出していることに共感し、己の理になるのであれば、他人の目を気にしないのが得策だと気付いたようだ。
「ノルン子爵、少々よろしいでしょうか」
男爵や娘のスルーズと談笑しているウルドの許へ、いつぞやの王宮の従者が声をかけてきた。
「では男爵、スルーズ、少し離席いたしますわ」
二人に挨拶をしたウルドは従者に案内され、国王の許へ向かった。
「来たか」
「お待たせしてしまい――」
「ああ、よいよい。時間がないからの、用件を伝える」
「はい」
表向きではない、飾らない言葉で国王は話してくる。
「ラタトスクと全く遣り取りをしていないらしいの」
「???」
(ラタトスクって……ボンクラ王子か? 最近は存在すら忘れていたから、名前なんて忘れてしまっていたわ)
「殿下は妹のフリーンと仲良くしてくださっているようですね。そのお陰で、わたくしは心置きなく領に引き篭もることができていますわ」
ウルドは実家に戻り、妹のフリーンと顔を合わせた際、『お忙しいお姉さまの代わりに、わたしが殿下のお相手をしておりますの。このドレスも殿下に頂いたのですわ』などと
満面の笑みで以てあんまりな言葉をしれっと言うウルドに、国王も苦笑いを浮かべる。しかし流石は国王、瞬時に顔を引き締め、一国の頂点に君臨する者としての威厳を纏った。
そして――
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