四日後 -2-
あーあ、とため息を漏らす。わかっていたことだけれど、だからこそ悔しかった。予言は覆すことができるもの。諦めなければ、何とかなるもの。盲目の預言者である弟と、今まで一緒に過ごしてきて学んだことである。今回も覆すことができると思っていた。あの女の気を変えることができると思っていた。だからこそ、こうして引き下がらなければならないことに、少しの憤りを感じていた。
「お兄ちゃん……ゴメンなさい……」
相変わらず弱気な弟。きっと、このこともすべて視えていたのだろう。いつも言葉足らずなのだ。もう慣れてしまった。
「大丈夫。自信を持てって」
そういわれて持つような弟ではない。それでも、最近は口癖のように言っている気がする。これで自信を持ってくれたならば僕の必要もなくなる。もしくは、僕が弟の自信の代わりになっている節さえもある。だからきっと、僕がいなくなれば自信を持つのだろう。そんな確信はある。
その見えぬ眼も、僕がいなければ開くのだろうか。
「……うん、ゴメンなさい……」
……まぁ、こんな弟を放っていけるわけがないか。ため息に似た吐息を漏らして、手を繋ぐ。相変わらず、少しだけ震えている。きっと何もかもに怯えているのだろう。眼は見えず、しかし全てが見える預言者。なんと恐ろしい存在だろうか。そして僕はその預言者を守る守護者。僕たちは今まで、そうして生きてきた。
「それじゃあ……どうしようか?」
僕から予言を聞くことはない。予言は弟の口から発せられるために、自分も知らないのだという。聞くだけ無意味なのだ。
「……大丈夫だよ」
いつもよりハッキリとした口調。これは、ああそうだ。いつもの予言の言葉だ。
意味を考えるまでもなく、すぐにその予言を理解することができた。
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二人の少年。まったく同じ姿で、しかし片方の目は閉じられ、片方の目は開かれている。赤い目だった。短い銀の髪と、褐色の肌。見た目は、普通の少年だった。五年間、その姿のままであることを除けば、だが。
背に声をかける。何を言ったのか、自分でも覚えていない。でも、振り返った少年の開いた目が驚いたように開かれていたのは、覚えている。
「ありがとう」
私が何か言う前に、開いた目の少年が何か言おうとする前に、預言者が声を出す。
「そう……決まってたんだよ、決まってたんだ」
相変わらずの、的を射ぬ言葉。決まっていた……これも全て、予言されていたことなのだろうか。バカバカしくなる。でも、私は二人を頼るしかない。頼らなければ、ならないのだ。その事実が私を射抜く。胸が痛くなる。あの方を不幸にした、こいつらに頼るだなんて。
「ひとつだけ……教えて」
息が荒い。胸が痛い。張り裂けそうなほど。走ったからなのか、それとも……。けれども、耐えなければならない。すべてはあの方を助けるために。
「予言は、本当?」
その言葉を受け、少年が預言者のほうを見た。預言者は相変わらず目を開かず、しかし少ししてから口を開く。
「予言は、本当だよ」
薄々と感じていた事実。
「なぜ、お前は嘘をついた?」
預言者と手を繋ぐ少年を睨みつける。少年は、少しの笑みを浮かべていた。あの夜と同じ顔だった。
「あいつを救うためさ」
あいつ……あの方のことだろうか。
『救えていないじゃないか!』
そんな言葉を、何とか飲み込む。今は二人の話を聞くときだ。どれだけ不愉快だろうとも、どれだけ殺したいと思っていても。
「……予言はね、あのお姉ちゃんがお姉ちゃんに救われてたんだ」
あのお姉ちゃんがあの方、そしてお姉ちゃんとは私のことなのだろう。少しわかりにくい。それでも、まだ我慢できる。今は聞かなければならない。どんな予言だったのか、なぜ予言どおりにならなかったのか。
「予言はね……」
言いにくそうに預言者の口が止まる。その横の少年が、少しだけ息を漏らした。
「予言は確実じゃないんだ。数多の可能性で変わり得るものであり、不完全なしらもの」
少年の言葉。
「確実じゃないから、僕は予言を嫌う」
違う、聞きたいのはそんな言葉ではない。お前たちの身の上話なんて、どうでも良い。あのときの予言について、もっと教えてほしい。お前らはどんな予言をして、なぜ私はあの方を不幸に陥れ、そして私はこんなにも最悪なのか。
「あせらないで」
預言者の言葉。
「不完全であることを知らないと、きっと納得できないから」
雨音が、遠くなった気がした。
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私があの夜、反乱を起こすのは予言されていたこと。旦那さまが殺されるのも、予言されていたこと。そして本当は、あの方も殺されるはずだったこと。そして、この二人はそれを望まなかったこと。流暢な言葉で、預言者が話してくれた。
「なんだかんだで、三年だ。弟は友達と思っていたんだよ、お前とあいつを」
だから一計を案じた。この反乱を止めることはできない。ならば二人は、せめて逃げ出せるようにしよう。その為に、少し行動をしよう。たとえそれが、予言を変えてしまうとしても。
「だから五年前のあの日、弟は予言されぬことを言った」
思い付き、とのことだった。本来ならば、私は反乱に参加していないという。逃げ惑い、しかしあの方を忘れることができず、後になって後悔するだけ。でも私がこの反乱に参加すれば予言は変わる。もしかすると、あの方を助けるチャンスが生まれるかもしれない。それに賭けた。
「だから僕も、君を煽った。迷わせた」
あの反乱当日のことを言っているのだろう。
「まだ結果は出ていない」
預言者の言葉。いつもよりも、力がこもっている気がした。
「このままだと、最初の予言の通りになってしまう。それだけは避けなければならないんだ」
少年の言葉も、いつも以上に力がこもっていた。
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