第16話

季節は秋深くなり、冬へと移ろい始めた頃、

いつものように実家へ帰ると、母の様子がどうもおかしい


「薫、今日は泊まって行ったら?

あなたも疲れてるでしょ」


「そうだねぇ。そうしよっかな」


美香が寝た後、母が話があると言う

リビングのテーブルに向かい合わせに座った


「どうしたの?お母さん、何かあった?」


「薫…あのね…あなた、先生と付き合ってるの?美香の去年の担任の先生と」


「え?どうして?」


なぜ母にわかったのか?それを問いただす勇気はなかった


「薫がずっと美香の為に頑張ってきたのはわかってる。

好きな人が出来てもそれはそれでいいと思ってた。

でも、相手が…。

美香に辛い思いをさせてしまうんじゃない?きっと薫自身も」


「わかってる。お母さん。

私……わかってるんだけど」


「ごめんね。お母さん、あなたに幸せになってほしいのに、何もしてあげられなくて」


「うううん」


「もし、周りに知られた時、どんな状況になるか、相手の方のこともゆっくり考えてみないとね」


「そうだね」



母は手を伸ばして、テーブルの上で硬く握り締めた私の拳を優しく包んだ



「薫…どんなことがあっても、お母さんはあなたを幸せにするからね」



「ありがとう、お母さん」



母にそう言われて、ハッとした

私が美香に思っている気持ちと同じ


どんなことがあっても…

そう思い続けて生きてきた


右手で左小指のリングをぐっと握った

.

.

.

.

.

決心する時が来ているのかもしれない

でも、もう少し、

もう少し…


そんな気持ちに追い打ちをかけるように、

また…



「お母さん、聞いてぇ、最近、吉川先生が元気ないって言うか…、いつも、いろいろ話すのにあまり喋らなくなったし。

私、嫌われちゃったのかなぁ?」


「そんなことないでしょー。先生も疲れてる時もあるのよ」


美香の言葉が何故か引っかかって、

次の日、仕事を早退して吉川先生を訪ねた


放課後のグランドで生徒達とサッカーをしてる裕太がいた


彼の姿はいつもと違う人ようで

遠い世界にいる人のようで

心の奥がキュッとした

その姿を横目で見ながら、職員室に入った



「突然すみません。少しお話があって」


「藤咲さん、どうかしましたか?」


「美香が最近先生は元気がないって、心配してて。もしかしたら、自分が嫌われてやしないかって気にしてるんです」


「申し訳ありません。ここのところ、忙しくて、美香ちゃんとゆっくりお話出来なくて」


「いえいえ、私、娘のこととなると気になって仕方なくて。こちらこそ、ごめんなさい。

大袈裟に学校まで押しかけてしまって。

安心しました。今後とも、よろしくお願いします」


立ち上がろうとすると、呼び止められた


「あの…藤咲さん…こんなこと、言っていいのか……

私…見たんです。コンビニで平井先生が藤咲さんの車に乗るのを」


息を飲んだ


「恋愛は、自由だと思います。

でも…美香ちゃんが…」


その吉川先生の辛そうな複雑な表情を見て

何もかもわかった。


吉川先生はきっと、平井先生のことが好きなんだ


私と彼のことを知って、その娘である美香と接する態度に変化があった

…そういうことだったの



「そうですか…

弁解はしません。ただ、このことは」


「もちろん、誰にも言いません。教え子を悲しませることはしたくありませんので」


「ありがとうございます」



裕太…

私達、もう限界なのかな


愛してる人の側にいたい

たった、それだけのことが、こんなにも周りの人の気持ちを動かしてしまうなんて


心が引き裂かれるような思いで職員室を出た時、ボールを蹴る裕太の笑顔があの時と同じようなオレンジ色の夕陽に照らされて輝いてた




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