硝煙のノア

しぐ

第1話 零・始まりの蒼閃

 3年前__



「優勝は、石波高等学校!」



 当時小学生だった俺はテレビにかじりつく様に見ていた。俺の知らない世界で、ロボットが地を駆け、宙を舞い、弾丸をぶつけ合う……そんな最高のショーに夢中になっていた。


 そして今、俺…葉隠幹人はがくれみきとは今年から機兵器闘技祭メカリアの強豪校である「石波高校」に入学する事が決まった。そして、すぐに機兵器ノア部に入部しようと意気込んでいたのだが…。



 ◆◆◆



 入学式の後の新入生歓迎会にて、部活紹介が始まった。しかし、そこに「機兵器部」は存在していなかった。


(どういう事だよ、一体)


 不満な顔をしている俺に気づいたのか、隣にいる女生徒が俺に声をかけてきた。



「もしかして、機兵器部に入りたかったの?」



「あ、ああ。よくわかったな」



「ふふっ。ここは機兵器闘技祭メカリアの元強豪だもんね」



 ん…?元?



「おいおい、強豪の間違いじゃねえのか?」


「あっちゃ〜、知らないんだね」



 新歓の後、その女生徒…黄泉原千郷よみはらちさとから石波の機兵器闘技祭衰退について教えてくれた。

 部員のスランプ、連勝ストップ、そしてスポンサーの減退……。そして、部員が徐々に消え……。



「今では2人しかいないわ」


「なんだ、じゃあ俺が入れば戦えるじゃねえか」


「……もう、モチベーションなんて残ってないわ」


「そんな事…ん?ちょっと待て」



 俺はある違和感に気づいた。



「あんたなんでそんな事知ってんだよ。体育館に座ってたのは一年だけだろ?」


「うん。二回目」


「……は?」


「二回目」



 あー…なるほど。



「つまりあんた部員かなんかなの?」



 決まり切った答えをわざわざ聞くのは悪い癖だ。まあ会話を繋ぐ処世術の1つであるが。


「オペレーターよ。機兵器にばっかりかまけてたら、いつの間にか留年ってワケ。アホみたいっしょ?」


「いや?」



 ここで一呼吸。



「そういう機械バカ、嫌いじゃないぜ」


「あなたも同類だものね」



 黄泉原…センパイ?の中々厳しい指摘に一瞬怯んだが、とりあえず機兵器部があるのはわかった。


「部自体はまだあるんだろ?」


「まあ、そうね。…まさかあなた」


「少し見せて貰えないかなって」


 意外にも黄泉原センパイ(仮)は部の見学を承認してくれた。

 そして部室前。でかいガレージが広がっていて、数体の機兵器が鎮座されていた。



「すっげえ!2脚、タンク、多脚全部あるじゃん!!」



 多数ある機兵器に興奮してると後ろから黄泉原センパイ以外の声がした。



「そこの騒がしいの、1年坊主か?」



 明らかに男の声で、少し気怠そうな感じだ。



「あ、はい。えっと新入生の葉隠幹人です。この度は機兵器部に入部したい所存で…」


「あー堅っ苦しい敬語はよしてくれ。もうちょいフランクに、な?そんでアレだ。お前、本気で入ろうと思ってんのか?」


「話は大体黄泉原…センパイ?から聞きました」


「……言ってくれるわね」


「それなりにやる気はあるみたいだけど…乗ったことはあんのか?」



 痛いところを突かれた。操縦経験は少ない、どころか殆ど無いに等しい。



「たった1回…市内のイベントで」


「グリン・モールの体験搭乗イベント…か?」


「ッ…何故それを?」


「聞き覚えがあるんだよ。体験イベントで、搭乗しただけでその機体の不備を発見した中学生の噂話をよ」



 そう男の先輩が言い、俺の方に目を向けた。



「"ハガクレ"…お前がその当時の中学生だろ」


「……その、通りです」


「なる程。だとすると……黄泉原、俺らは大当たりを引いたかもしれん」


「まさかこんなタイミングで見つかるなんてね。去年だったらもっと良かったのに」


「あの、えっとよく話が…」



 俺の話を男の先輩が遮り、先にこう言った。



「葉隠、お前の実力見せてみろ」


「は、はあ!?え、俺言いましたよね!?殆ど乗ったこと無いって!」


「お前にはある才能が眠ってる。機兵器操者パイロットなら誰もが憧れた才能がな」


 そう言って、先輩は俺に好きな機体を選べとガレージに連れ込んだ。



「準備が出来たら言ってくれよ」



 ……何もかもがメチャクチャだ。でも。



「ワクワクしてくるな」



 こうして機兵器に直に触れるのはあの日以来なのだから。



 3年前



 小学校から中学に上がった頃、近くのグリン・モールで機兵器の体験搭乗イベントが開催されると聞き、居ても立ってもいられなくなった俺はすぐさまイベント会場に向かった。

 中々盛況で、俺の番が来るまでにそこそこの時間がかかった。そして、俺の番。意気揚々と乗ったのだが…。



「あれ?何だこれ」



 何か言い表せない不安感が最初に押し寄せ、直後、脳内に部品の一部が損壊しているビジョンが見えた。

 この事を係員の人に伝えると、「ちょうどその部品」が損壊していた。

 イベントは一時的に中止、修理が終わったあと再開されたが俺は乗らなかった。軽い眩暈が続いていて、それどころでは無かった。

 俺がベンチで休んでいると、俺と同い年くらいか少し上の子が話しかけてきた。



「すごいなお前、機兵器に詳しいのか!?」


「いや、そんな事は無いよ。機兵器は好きだけどね」


「だったら尚更すげえって!直感的なアレだろ?いやーかっけえなそういうの!」


「あはは…」



 眩暈を感じないくらい、その子との話は楽しかった。憧れている高校は同じ石波だったり、その子の志望校も石波だったり…そんな話を続けていたらいつの間にかイベントは終わっていて、会場は俺たちだけになっていた。



「名前、何て言うんだ?」


「…葉隠。葉隠幹人」


「そうか。俺は…」



「……霧島きりしま先輩」



 俺は「あの日」会った「その子」の名前を呼んだ。男の方の先輩……霧島先輩がガレージに入ってきた。



「思い出したのか?こんなタイミングで」


「その話は後にしましょう。ところでこの機体…」



 俺はある2脚機の目の前に立ち、その機体を指差した。



「…まだ使えますか」


「へえ、いいセンスしてるじゃん。まだ使えるぜ、そいつは特別だ」



 石波を昔から支えてきたエース機、ホロウ。俺はなぜかこいつを選びたくなった。



「こいつは10年前…機兵闘技祭の高等部が開催された時からずっと戦い続けてるにも関わらず、ほぼメンテいらずで修復し続けてるんだ」


「だ、大丈夫なんすかそれ…」


「葉隠、NOAAって知ってるか?」


「一応、知ってますよ。機兵器の主な動力となっている未知のエネルギーですよね」



 先輩曰く、そのNOAAというエネルギーはまるで意思を持っているが如く、稀に機体の修復などを自動で行う事があるらしい。

 しかし、零はそれを一定の周期で行っているとの事だ。



「疑ってるんなら乗ってみろ。お前ならわかるはずだ」



 先輩に言われるがままに搭乗した。



「確かに…これといった違和感は感じない……」


「だろ?」



 突然内部スピーカーから先輩の声が聞こえてきた。



「通信機能は初めてだよな?てか動かすのも初めてか。そんじゃまず操縦の仕方をおさらいだな」



 コックピットには籠手こてのようなものとフットペダル、そしてコードが繋がったマウスピースがあった。



「座ったか?ならその籠手みたいなのに腕を入れるんだ。先端にそれぞれの指に対応したボタンがあるだろ?そいつで武器を操作しろ。武器を持ってる間はロック機能があるから常に押し続ける必要はないぞ」


「あ、はい!」



 実際には操縦したことは無いから内心かなり浮かれている。そのためか返事が心なしか相づち交じりになってしまう。



「よし、じゃあ次は移動だな。フットペダルを軽く踏め」



 言われた通りにフットペダルを踏んでみた。すると、機兵器が前進した。



「2回踏むとブーストが発動するが…ここはガレージだからやめてくれよ?さて、次は方向転換だな。まあ簡単な話だ。ブーストの応用で右側を踏めば右にブーストがかかって左に、反対側を踏めば右に曲がる。真っ直ぐ行きたい時は真ん中を踏め」


「はい…なるほど、何となくわかってきました」


「その意気だ。最後にマウスピースだが…まあこれは特に意味は無いな。力を入れる時に便利なくらいだ。そんじゃあ…お前の力、見せて貰おう」


「……よろしくお願いします!」



 そうして、俺たちはフィールドに降り立った。



「そこの男子2人?長話は終わったの?」



 内部スピーカーから黄泉原先輩の声が聞こえてきた。



「ああ。黄泉原、審判ジャッジ頼むぜ」


「はいはい。新入りくん?準備はいい?」



 正直、興奮が収まらなくて……準備なんてできたもんじゃない。でも、ここで引いてられるか!



「ええ、準備OKです」



 俺の、初めての戦闘が始まる。



「こいつは俺の本来の機体じゃねえんだがな。今回はお前の力の言わば査定みたいなもんだ。本気でやり合うわけじゃねえから安心しろ」


「は、はい!」


「それよりもまずは操縦に慣れるのが先だ。まあ、すぐに動かせるとは思うけどな」



(ふーん、新入り君……初めて操縦するにしては中々いい動きじゃん)



 オペレータ室から戦況を観察する黄泉原はそれぞれの機体の情報をもう一度確認する。



(だいたい互角の装備ってところかしら。ただ今回のフィールドは開けてるからビーコンもサーチャーも腐ってるかな)



「さてと、じゃあ戦闘に眼を戻しますか……おおっ?」



 黄泉原がフィールドで見たのは、おおよそ初心者が操縦しているとは思えない動きをする零の姿だった。



「中々飲み込みが早いじゃねえか、葉隠!」



 自分でもよくわからない。意識はしてはいるが、ほとんど考えずに動かすことができる。

 もっと言うと、まるで自分の体のように動かせる。



「なんかよくわかんないっスけど…結構すんなり動かせます!」


「……やっぱりな。お前にはあの才能があるみたいだな」


「さっきから言ってるその『才能』って…なんですか?」


「戦ってればわかるさ。そんじゃあ攻撃に移るが、衝撃に備えろよ?」



 言うが早いか、右腕のライフルが零を直撃する。



「ッ!?」



 とんでもない衝撃がコックピットにまで響いた。その瞬間、零の態勢が一瞬崩れたが、すぐさま立て直す。


(やっべえ…これが機兵器ノアの戦いか。俄然燃えてきた!)



「ライフル直撃で速攻態勢立て直すか…初心者のする事じゃねえぞ」



 考えろ、相手の武器は全て遠距離。近寄らせないまま勝負を終わらせる算段だろう。なら答えは1つ……!



「近づいて斬るのみ!」



 フットペダルを二回強く踏み、ブーストで先輩に向けて全速力で距離を詰める。



「ちっ、気づかれたか。なら…」



 霧島の操るナックルの銃が火を噴き、零に向かって無数の弾丸が飛んでいく。対する零は多少被弾しながらも左右に躱し、致命的なダメージを避けていく。

 そうして徐々にナックルとの距離を詰め、チェーンブレイドの間合いに入った。



「俺の戦法にいち早く気づいたのは評価してやる、が」



 ナックルの左肩部にあるミサイルが零を捉える。



「俺のが一枚上手だ」



 ナックルのミサイルが零ホロウの右肩部を爆破する。幸い右肩部のビーコンが吹き飛ぶだけで済んだが、それはまた新たな障害が葉隠の前に立ち塞がった事も意味した。



「ちっ……やっぱりタダでやらせてくれねえよな」


「戦闘センスと着眼点は中々のもんだ。その調子でガンガン攻めてこい」


「…了解ッ!」



 もう一度ブースターをかける。しかし今回は右に回りつつ発進した。ナックルは後退し、下がりつつも銃撃を続けた。

 今度はチェーンブレイドの表面積の広さを利用し、盾代わりにし距離を詰める。



「おいおい、それじゃあ俺を斬れねえぞ!どうするつもりだ?」



 そして、間合いに入る直前に、右手のロックを外して……チェーンブレイドをナックル目掛けて投擲した。



「なっ!?」



 ナックルはその場からブーストで離れ、チェーンブレイドを避ける。



「そこだッ!!!」


「なっ……!?」



 その回避地点を零ホロウのガトリングが襲いかかる。そしてナックルは、多数の被弾を負った。



「ちっ……やってくれるじゃねえか」


「へっ、まだまだァ!!」



 そこにホーミングランチャーの追い打ちがかけられる。ナックルは退避しつつ全てを撃ち落とす。



「…やりますね、先輩」


「こっちの台詞だ、ったく…」



 葉隠は素早くチェーンブレイドを回収し、再装着する。

 その一瞬は、霧島に次の展開を用意させるのには充分な時間だった。



「……だいぶ距離が離れたな。また距離詰めねえと」


「葉隠、良いものを見せてやるよ」



 内部スピーカーから突然霧島先輩の音声が流れた。



「黄泉原、N.W-ナンバーズウェポン-『アルティマ』だ」


「はあ?アンタ初心者にアレ使うの!?冗談はよしてよね!」


「コイツなら平気さ。それに、こうでもしなきゃ覚醒しなさそうだ」


「……わかったわよ。じゃ、承認するわ」



 黄泉原先輩の音声が流れた後、フィールドにどこからともなく1つのミサイル砲が落ちてきた。ナックルはそれを装備し、こちらへ構えた。



「さてと、トドメと行きますか」



 アレはヤバい。脳が警鐘を鳴らし続けている。なのに雰囲気に圧倒されて動けなくなっている。

 ちくしょう、避けなきゃ、避けなきゃ避けなきゃ避けなきゃ避けなきゃ避けなきゃ避けなきゃ避けな



「射出」



 ギリギリ視認できるかできないかぐらいの速さで『アルティマ』は零に向かう。

 基本的には止まっている的なら『アルティマ』は捉える。基本的には。



(マズいマズいマズいマズいマズいマズいマズい避けなきゃ避けなきゃ避けなきゃもう目の前に来そうだ、来ている)



「右に…」









「嘘…でしょ……」


「……やりやがったぜ、葉隠≪アイツ≫」



 彼らが見たのは、ほぼ被弾直前で右への回避を成功させた零の姿であった。



(……あれ?)



「機体が…立ってる?」



 あのミサイルが当たる直前まで手足がすくんでる状態だったのに、殆ど反射で避けることができた。


 まるで自分の身体のように。



「葉隠、それがお前の持つ才能だ」



 霧島先輩の声が聞こえてくる。


「DCSって聞いたことあるか?Direct Control Sequenceって言うんだが、こいつは機兵器が作られた当初は注目されてたシステムだった」


「そのシステムはね、機兵器とパイロットの脳波をリンクさせて、パイロットに自分の身体のように操縦をさせるようにするシステムなの。でも……」


「適正者とそうでないやつってのがいるんだ。適正者が使えば普通のパイロットよりも自由自在に機兵器ノアを操れるし、戦力も普通に操作するより数倍違う。だがそうでないやつが使うと酷い後遺症が残る。そこにマウスピースがあるだろ?」



 マウスピースを自分が無意識に加えていた事に今更気づいた。しかし、マウスピースがなんだと言うのか。



「それが…どうかしたんですか」


「いやぁ、俺のところには無くてね。ウチのところだと零くらいしか付いてないんじゃねえかな」


「……まさか、これが脳波とリンクさせる機械だと?」


「感が良いな葉隠。その通りだ」


「待ってください、なんで俺にそのDCS適性があると思ったんですか!?もしかしたら後遺症が…」


「乗っただけで機体の不備やその部位に気付けたんだろ?立派な適正者さ」


「確かにやり方は少し強引だと思うわ。そこに関しては謝らせてもらうわね。でもね、葉隠くん。どこかで何かしらの予感はあったでしょ?」



 ……言われてみれば。



 _______________


「中々飲み込みが早いじゃねえか、葉隠!」



 自分でもよくわからない。意識はしてはいるが、ほとんど考えずに動かすことができる。もっと言うと、まるで自分の体のように動かせる。

 _______________


「……確かに、初めて動かしたにしてはうまく行き過ぎだと」


「葉隠」


「は、はい!?」



 突然霧島先輩に呼ばれ、思わず上ずった声で返事をしてしまった。



「合格だ。機兵器部への入部を歓迎する」


「いや合格って!あたし達の時はそんなの無かったでしょ、調子に乗らない!」


「あぁ!?たまにはカッコつけさせろって」


「あはは…」



 なんだか力が抜けて、肩の荷が下りた感じがした。なんだか…眠く……。



「おーい、葉隠?葉隠ー?寝ちまったか?」


「仕方ないわよ、初めてDCSを、しかもあんな急な使い方をしたんだから」


「ははっ、違いねえな。まあなんだ、期待のホープが見つかったって感じか」



 零vsナックル


 パイロット戦闘不能状態により、ナックルの勝利

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