タイトルのない詩(うた)

休日の朝は夜明け近くに起きた

ヤマモモを採りに行くためである

そんなに遠い道のりでもない

ただ坂道の階段154段を上るだけ


今年の夏の日差しは

午後になれば熱風に変わる

ヤマモモの木は静かな街中の公園にある

植えられてから何年過ぎているのだろうか

幹も太く背も高い

見上げれば 緑の葉の間から

夏空が覗いている


手を伸ばしても実には届かない

苔むした地面に落ちた赤い実を

おもむろに拾い始める

次々に降ってくる実がポツンポツンと

何とも楽しい音をたてて

麦わら帽子にあたっては

地面に転がっていく


「これは何の実かね?」

声をかけてきたのは

観光バスの運転手さんらしい

客を向かえに行く前だろうか

「ヤマモモです」と答えると

何の実なのだろうと毎年思っていたそうだ

「梅の実は匂い消しにいつも

運転席の前に置いてあるんだがね」と笑った

「おい、ヤマモモという実だそうだよ」と

連れのバスの運転手さんに

うれしそうに話していた


収穫時期はあまり長くないヤマモモの実

もくもくと拾っていると

今度は散歩中のおばあさんが歩いてきて

「何の実ですか?」

「ヤマモモです」と答えると

「そう、これがヤマモモの木なのね」

と微笑んだ

「実はね、小説にヤマモモの木があるから

山の中だが家を建てることに決めたとあったけど

ヤマモモがどんな木なのか

わからなかったのよ」と話す

「近所に住んでいるのに…

そう、これがヤマモモの木」

と繰り返すとまるで少女のように笑った


そろそろ拾い出して一時間が経つなと

顔を上げると 見慣れた人が歩いてきた

こんな所で会うなんて

偶然も良いところである

「あら、何しているの?」と

ここで会ったことに驚いたように聞いた

「ヤマモモの実を拾いにきたんです、

ジャムにしようかと」と答えると

「食べられる実なのね」

と感心したように微笑んだ

「休みの日は主人と このあたりを

散歩しているの」

見ると優しそうなだんな様が

少し離れたところで

待っているようだ

「ジャムが出来たらお持ちします、

ご主人様が待っていらっしゃいますよ」

「では」と、にこやかに手を振りながら

だんな様の方へ駆け出した


さて帰ろう

少し車の行き交いが出てきた街を

自転車に乗り、猫の待つ我が家へと走らせた


いただいたエモリカの花が

優しく薫り、アイスティーを作る静かな夜だ

今朝出会った人たちの

宝物を見つけたような

満面の笑みを思い出しながら



















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