桜木恵子は考える 5

「お、来た来た。遅かったじゃん。何してたの?」

「待たせてごめん! チンタオに絡まれちゃってさ」

「あー、風紀委員長は大変だね。それじゃあ、ちゃっちゃと帰りますか」

 玲奈と合流すると、私達はゆっくりと歩みだした。

「でね、その人が──」

 アイドルグループの話をしている玲奈に相槌を打ちながら、私は別の事を考えていた。

 今日も教室掃除はあった。何故なら担任の吉田が私を呼びに来たあと『じゃあ私はサボりがいないか見に戻るわ。風紀委員長のお仕事頑張って』と言い残していたから。吉田が休みでない限り、平常授業の日は例外無く教室掃除が行われる。となると、カッターシャツのボタンが落ちたのは掃除の後。鞄から私物が雪崩たのも掃除の後という事になる。物の散らばり具合から、故意に物を漁って落とした可能性は低い。何より、もしそんな事をしたとして、やった側のデメリットの方が圧倒的に多い。何かの拍子で雪崩たそれらを片そうとしてくれた誰かが、私のナイフを見つけ興味本位でカバーを外した。その時に志穂の机に血が飛んだのだろう。血だと理解し焦ったそいつは慌てて机を拭ったが、思いの外汚れが落ちなかった。パニックになったそいつは、取り敢えずナイフを初期位置に戻すとその場を後にした。

 自分でも突っ込み所満載の即興推理だが、こういうのが結構当たっていたりする。全て憶測だが、流れとしてはだいたいこんなものだろう。

 問題は、それが誰かだ。状況判断から複数人である可能性は低い。ただ一人だと決めつけるのもあまりに軽率。

 ……もしも複数人だった場合、一人だけ見つけ出して拷問するのが手っ取り早いか。その後は首切ってどっかに捨てよう。死人に口なし、首切ってちゃ目も耳も無けど。

「──恵子!」

 突然横から名前を呼ばれ、転瞬──


 がん!


 目の前に佇む電柱に顔面を打ち付けた。思わぬ鈍痛に私は盛大に尻餅をついた。アスファルトの地面に臀部を打ち付けると、ダブルで痛みに襲われた。肉の奥にある出っ張った骨が硬い地面とぶつかり合う。

ぅ……」

「お、おう。大丈夫か? 結構な勢いでぶつかったけど」

「だ、大丈夫。ちょっとぼーっとしてただけ」

 あははと玲奈に笑って見せたが、額からは生温いものが一筋、顔面を真っ二つにするかのようにスッと流れた。触れてみるとぬるぬるとした赤い液体が指に付着し、目の前で糸を引いた。

 それが血であることを理解し戦慄おののく心。

 だんだんと全身に帯びる熱。

 これは、興奮。

「ちょっと血出てるじゃん! ちょいと見せてみ……ちょっと恵子? 大丈夫? 聞こえてる?」

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