桜木恵子の秘密 1

 六限目の授業を終えると、部活に行く者や、帰る者、担任に急かされながら委員長会議に行く者などで教室はごった返しになっていた。

「おい、勇。今日部活休みだけど井上いのうえ達とカラオケ行かね?」

「わりぃ、この後予定あるんだわ」

 オレは椅子に座ったまま首だけ向けると答えた。

「あれ、お前掃除当番だったっけ? ……あ、さては彼女か?」

「嫌味言ってないで行ってこいよ。あいつら待ってるんだろ? また今度誘ってくれ」

「あいよー。まぁ井上のやつが掃除だから少し待つんだけどな……あいつのクラス行って急かしてくるわ。じゃあな」

「あぁ。また明日」

 オレは形式的に手を振ると、胸ポケットからスマートフォンを取り出し電源も付けずに手の上で転がし始めた。

 どのくらい経っただろうか。しばらく携帯と戯れていると、「ねぇ、志垣」と声を掛けられた。ゆっくりと顔を上げるとクラスメイトの椎名しいな心愛ここあと目が合った。

「何してるの? もう私達以外誰もいないけど」

「ん? あぁ、鍵ならオレが持ってくから気にすんなよ」

 椎名は「分かった。じゃあ任せる」と言って教室の前扉に手を掛けた。

「ねぇ、誰か待ってたりする? ……例えば、桜木さんとか」

 びくりと肩を震わせる。それを見逃さなかったらしい椎名が言う。

「やっぱりそうなんだ。だってこの後教室に用があるとすれば鞄置いてる桜木さんくらいだし。もしかして二人って付き合ってるの?」

 ぐいぐい質問攻めにしてくる椎名に圧倒されながら、どう答えたものかと表情には出さないものの、内心で焦りまくっていた。

「ち、ちげぇよ。井上と約束があって待ってるんだ」

「井上君ならさっき複数人で帰ってるのみたよ? カラオケがどうのこうの言ってた」間髪入れずに椎名が応える。

「…………」

「…………」

 二人の間に沈黙が流れる。

 オレはもっとまともな嘘をつけないのかと、自分の口下手さを呪った。

「付き合っては、いない」

「じゃあ告白?」

 尽く図星を突かれ、耳まで真っ赤になっているのが顔の火照り具合で分かった。──誰でもいいから穴を掘るショベルを持ってきてくれ。

「ごめんね、尋問してる訳じゃないの。ただ興味があったから……桜木さん、もうすぐ会議が終わる頃だろうし、お邪魔虫はさっさと消えるね」

 そう言うと椎名は片手を挙げて「バイバイ」と手を振った。

 オレはそれを見送ると、椅子にどっかりと座り直した。

「ふぅ、なんなんだあいつ。エスパーかよ。告白しようって時にこんな疲れる事ってある? あー、別日に変更しよう。今日は駄目だ、絶対成功しない」

 ぼやきながら椅子を後ろへ押した、その時。ガチャンと金属音に似た音が教室に反響した。

「……? なんだ?」

 音がした方へ首を回すと、桜木恵子の座席に目が止まった。

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