もう一皿頼みます
あのヒット曲で歌われる「つまらない社会人が求めてくるうっせえうっせえ虚無のマナー」の象徴が焼き鳥を串から外してシェアする行為だったなぁと思いながら、串ものを盛り合わせた皿を見つめている。
つまらない社会人女子なので。
コンサルタントがしっかりプロデュースしたような、おしゃれで清潔感のある居酒屋に来ていた。オレンジ色の柔らかな灯りに照らされて、ねぎま、豚トロ、砂肝、ししとう、トマトのベーコン巻き――どの串も美しく輝いている。
「アコちゃん」
テーブルの向こう側で姿勢よく座っている眼鏡の女子に、私は尋ねた。「こういう『串盛り合わせ』は好きなものをノリで一本ずつ取っていけばいいと私は思う方なんだけどアコちゃんの考えを聞きたい」
「どうぞ、
「君の考えを聞きたいと言っている」
子どもっぽく重ねて訊くと、章子はグラスを置いて、少し考えるそぶりを見せた。
「全ての種類を均等に分けるべきかどうか、というお話ですよね」
「そういうお話です」
「本当にどちらでもいいのでお任せしますけど」
「アコちゃんが決めてくれないと死ぬ」
「わたしならもう一皿頼みます」
「パワープレイだなぁ」
私はハイボールのジョッキをぐいっと傾けた。
「つまらない回答でしたか」
章子は眼鏡の奥の目を不服そうに細める。「でも、人によるとしか言えない議題では?」
「それは、そうなんだよねぇ」
私はスマホを取り出して、串盛り合わせを写真に収めた。いらない影が落ちたり、くすんだ色味になったりせず、鮮やかに撮れている。どの席の人もそう撮れるように計算された照明なのだ。
「そういう議論ばっかりだ」
串の写真をSNSに上げながら、私は言った。
串のシェア、ザンギにレモン、きのことたけのこ――そんな議題と同じレベルで、社会問題も、政治や戦争や疫病のことも、果てしなく議論されている。言い争うことそのものが目的みたいに。すぐに答えが出るはずもないのに。
みんな、疲れている。
主語は大きすぎないと思う。誰もが、普通に暮らしているだけで薄く緊張する状態が続いている。
「人間は難しいよ、アコちゃん」
「みんな、そうですから。わたしも、沙織さんも」
「串についても意見が一致しないしね」
「はい」
章子は笑った。きれいな笑顔で。
私も笑った。こんなふうに笑い合える友だちがいるうちは、まだ大丈夫だと思う。
「じゃあ、私から取るよ」
五本の串に手を伸ばす。つかんだのは――
あっ、と章子が小さく声を漏らしたのを私は聞き逃さなかった。いつもの沙織さんなら間違いなく肉に行くもんね。君の好物は知っている。
「トマトベーコン、本当は食べたかった? 譲ろうか?」
「沙織さん、意地悪です」
章子は憤然とベルを鳴らして、店員さんを呼んだ。「トマトのベーコン巻き、単品で一本お願いします」
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