部長の好奇心

 橋田はしだは俺たち山岳部員を新聞部の部室につれて行き、新聞部部長に紹介することを了承した。

 部室棟4階から一度一階まで降り、本館の二階へと向かう。

 橋田真紀はしだまきが先頭を歩いたのだが、先も言ったように彼女はスカートのすそをずいぶんと短くしていたので、階段を上がる際は、下着が見えるんじゃないかと心配したが、そのようなことはなかった。さすがに十数年とスカートと付き合ってくると、どれくらいで見えてしまうのか、というのもわかるようになるのかもしれない。

 あえていうが、決して熱心に見ようとはしていない。


 新聞部の部室に到着して、まず橋田が先に入った。部長に話をつけてくれるらしい。

 俺は、部室の入り口から一番離れたところに立っていた。山岳部総出で来てしまって、おそらく新聞部の連中はいい顔をしないだろう。さっき雄清ゆうせいが門前払いをされたばかりなので、なおさらだ。不機嫌な先輩と話をするなんて御免こうむる。それに俺はお世辞にも交渉に長けているとは言えない。やはり雄清や佐藤に任せておくのが得策だろう。

 橋田が中に入ってから、五分ほどしてから、三年の先輩が新聞部の部室の中から出てきた。

「こちら、新聞部の部長の西脇理人にしわきりと先輩です」

 一緒に出てきた橋田がそのように彼を紹介した。

 西脇にしわき先輩はふちなしの眼鏡をかけていて、身長は俺と同じくらい。文化部らしく日に焼けておらず、青白い顔をしていた。それでも病弱という感じは見られず至って健康そうだ。眼鏡の奥できらめく眼光がんこうが、彼の聡明そうめいさと、思慮しりょ深さとを物語っているような気がした。

 雄清が門前払いされたと聞いていたから、歓迎はされないだろうと思っていた。たしかに厚遇とは言えなかったが、俺たちを邪険に扱う様子は微塵も見せず、山岳部一行という来訪者に対して、一応の礼儀を逸することはなかった。

「山本君。また来たと思ったら、不正選挙調査の手伝いがしたいって?」

 西脇先輩は雄清を見ていった。橋田は宣言通りに詳しく話をしてくれたようだ。

「そうなんです」

「……君は執行部で、確かに立案とは立場をことにするのかもしれないけど、生徒会役員として生徒会の運営に支障をきたすようなことをしていいのかい?」

 西脇先輩は俺が抱いた疑問を雄清にぶつけた。雄清は、俺に対してならばまだしも、「そんなことより不正選挙の調査の方が『面白そう』だ」、なんて先輩に対して言えるのだろうか。

 俺は雄清がどのように返答するのだろうかと、すこし関心を持った。

「組織の健全さを維持するためには身を切る必要も、時には要求されると思います。僕はここで見て見ぬふりをすることが長期的に見れば生徒会のためにならない事だと思っています。システムに欠陥があるのならばその穴を埋める必要があるでしょう」

 随分な大言壮語たいげんそうごだ。たかが高校の生徒会で不正だ、汚職だ、と叫んでその仕組みを改善しようとしたところで、訪れる変化は微々たるものだろうに。それが雄清にわからないはずがない。

 要するにだ。山本雄清はいつものように「事件」を面白がっているだけに過ぎない。

 部誌の完成という大義名分がなかったのだとしたら、こんな茶番に付き合ってはいないのだが。

 西脇先輩は雄清の返答を聞いて、笑った。可笑おかしいと言えば可笑しいかもしれないが、雄清はそんな面白い事を言っただろうか。

「いやすまない。山本君、君面白いな。実を言うと、調査はするんだけど、それを公表する気はないんだ。僕の好きでやることなんだよ。君たちが橋田に指摘したように、今、生徒会運営をストップさせるようなことをすれば、新聞部は全校生徒から恨まれかねないからね。犯人がいたとして、それを白日はくじつの下にさらしたとしても、誰も幸せにならない。

 そうだね、僕の知的好奇心を満たす、というのが主目的かな。真実が知れればそれで満足なんだよ。君の言うように選管のシステムに欠陥があったのだとして、それを修正する役に立てれば御の字だね。でもそこまでは望まないさ」

 この西脇理人にしわきりと先輩は雄清と同じ人種か。

 おのれの好奇心を満たすために、貴重な時間を費やそうとするとは。

 俺は思ったよりも、新聞部の部長が柔和にゅうわな人に見えたので、取引に臨むことにした。

「一年の深山と言います。西脇先輩、もし俺たち山岳部が生徒会の不正選挙の解決に一役買ったら、過去記事のバックナンバーを見せてはもらえませんか。この山本は執行部の一員ですし、生徒会の方で探りを入れるのにも役に立つと思いますし、うちには選管の佐藤もいます。内通者がいるのならばあなた方の調査も随分とはかどると思うんですが」

 西脇にしわき先輩は、顎を撫でながら、少し思案する様子を見せて、

「……実を言うと、さっき山本君を部室に入れなかったのは、不正選挙についての事が漏れることを心配したからで、別に過去の記事を無条件で見せることは構わないんだけど。うちの記事に興味を持ってくれるというのは、新聞部にしてみれば光栄極まりない事だからね」

 ああそうなのか。だったら、見せてもらえませんか。と言おうとしたところで雄清が俺を制止し、

「いや先輩。ただで見せてもらうというのは悪いですよ。ぜひ調査のお手伝いをさせてください。先ほどこいつが言ったように、うちには執行委員も選管委員もいますから。絶対に役に立ちます」

「……そこまで言うなら、手伝ってもらおうかな」

 ぬかった。余計な事を言うんじゃなかった。

 雄清と西脇先輩はがっしりと握手を交わしている。協力を辞退できる雰囲気ふんいきではない。後悔先に立たずとはこのこと。

 自分は大胆な方ではないと思うのだが、慎重さというのはどれほどそうあろうとしても際限がないものらしい。俺は思わず溜め息をいた。

 どうして俺の高校生活はトラブルに事欠かないのだろうか。入学してから幾度となく苦々しく抱いた思いをし殺し、雄清、佐藤、綿貫のあとに続いて、新聞部の部室へと入っていった。

 

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