不正選挙
図書室を出て、俺と綿貫は部室へと戻った。
雄清の言ったように、俺も部誌に載せる記事を完成させなければならない。
俺は綿貫に近くに大きな神社がないか尋ねた。
綿貫は天満宮があると答えた。天満宮と、神宮とでは格に違いがありすぎるか。なんてことを言ったら、天神様に叱られますよと綿貫に叱られた。
都を恐怖のどん底に陥れた、道真の呪いか。なかなか威力がありそうだな。
そんなことを考えていると、雄清は早々に帰ってきた。
「早かったな。過去の記事は手に入れられたのか?」
「門前払いだったよ」雄清は肩をすくめる。執行委員ともあろうお方が情けない。
「だったら、調査は諦めるんだな。他の題材を探せ」
「ひどいな太郎。ちょっとは僕の話を聞いてくれてもいいんじゃない」雄清は口をとがらせる。
雄清の主観が入りまくった与太話など、好んで聞くものでもないのだが、あまりに無下に扱うのも酷かろうと思い、一応は耳を傾けた。
曰く、雄清は新聞部の部室へと向かった。新聞部の部長は二年生なのだが、雄清がバックナンバーを見せてもらうように頼んだところ、全くもって話を聞いてもらえずに追い出されたのだ。
「お前の所属は話したのか?」
「執行委員だって言ったよ」
「風紀委員にチクられるとまずいものでもあったんじゃないか」
「だとしたら、僕が執行委員でなくても部屋に入るのを断られただろうね」
そうかもしれんが。
「でも、とにかく調査できない以上、それにこだわっても仕方ない。別の題材を探せよ」
「諦めが良いのは時に美徳になるけれども、太郎は諦めが良すぎるよ」
「お前は概して、諦めが悪すぎるな」
そんな俺たちのやり取りを、綿貫は何か言いたげな顔で見ていた。先ほど言ったように、綿貫は自身の調査に取り組み、挫折しかけた経験があるから、物事を中途に終えてしまうことに関して、感情移入しやすいのだ。綿貫の調査が完遂したのはひとえに彼女の根気強さ、言ってしまえば諦めの悪さがあったからだ。物事に取り掛かる際に、粘り強さが重要なのはよくわかる。
だがこの場合、雄清の調査の場合は、動機がちと弱い。
綿貫の調査の原動力とも言えた、動機はとても強いものだった。たった一人の肉親の行方についての調査。何度挫折しかけても立ち直るに足る動機。調査を進めていくうえで、他人の古傷をほじくり返すに足る動機だ。
それに対し、雄清の調査は文化祭で発表する部誌に載せる記事のため、つまり好きでやることなのだ。大義名分など存在しない。分からないのであればそれで一向にかまわないものなのだ。
新聞部が調査に協力しないのならば、諦めるより仕方がない。
雄清は不満げだったが、俺の気持ちは少しも動かなかった。
俺が取り合わないでいた上、雄清も調査に無理を感じているのは確かなので、ようやく諦めたらしかった。
俺は部室の椅子に座り、文庫本を読み始める。
夏休み前より、意識して勉強するようにはなったが、読書だけは譲れない。読書など趣味でしかなく、何の役にも立たないという人もいるが、俺はそうは思わない。豊富な読書経験は豊かな人生観を形成してくれると固く信じている。
三人とも放課後の学校で各々、好きなことをしている。穏やかな時間が流れている。ああ、これぞ安寧の高校生活だ。
そんな空気の緩んだ部室の雰囲気を壊したのは例の如く、佐藤であった。
ガラリと勢いよく、開けられた戸からうるさく佐藤が入ってくる。
「ちょっと聞いて!ビッグニュース」
この野郎。耳につんざくような声に顔をしかめる。
俺の理想の世界がいつまでもやって来ないのはおおよそ周りにいる人間のせいだ。綿貫といい、雄清といい、佐藤といい。俺は入る部活を間違えたんじゃないかと、今更ながらに思う。
ため息をつく俺に構うことなく、佐藤は、別段聞きたくもない、ビッグニュースとやらを楽しげに話しだす。
「トップシークレットよ。誰にも話しちゃダメだからね」
「だったら、言わんでいい」
「別にあんたは聞かなくていいわよ」
そうはいうものの、こいつの井戸端会議の引用のために部室から出ていくのはアホらしい。動かない俺を見て、佐藤はふんと鼻を鳴らし、続ける。
「何と、生徒会選挙で不正が行われていた疑いが浮上してきました」
「どこの情報だよ」
こいつの持ってくる噂話など、信憑性がほとほと低い。
だが、佐藤の答えは予想と少し違ったものだった。
「私が発見したのよ」
……。
「なんで」
「だって選管だもん」
センカン?
俺が分からない、という顔をしていると、雄清が代わりに答えた。
「選挙管理委員会のことだよ。留奈は後期の役員になったんだ」
選挙管理委員会か。
「どう、聞きたくなった?」
反応するのも億劫だったので、俺は何も言わなかった。
以下は佐藤から聞いた話だ。
佐藤は、選挙管理委員となり、学校祭の後に行われる生徒会役員選挙の下準備として、前期選挙の後片付けを行ったそうだ。後片付けとはいっても、前期の役員がほとんど終わらせてあるので、欠品がないか調べるだけの簡便なものらしい。
結果として欠品はなかったのだが、逆に余分なもの、あってはならないものがあったらしい。
「前期選挙の投票用紙があったのよ」
はじめ聞いた時は何がおかしいのか全く分からなかったのだが、聞くに投票用紙は生徒の数だけ用意され、使用された投票用紙はもちろん、欠席のため未使用の投票用紙もすべて破棄されるというのだ。選挙管理委員のみならず風紀委員と執行委員も立ち合いそれは厳重に管理されるという。それなのに、未使用の投票用紙が全部で五十枚あったという。
「それで、お前はそれを選挙管理委員会で言ったんだろ」俺は佐藤に向かって尋ねた。
「えっ、まだだけど」
「なんで」
「だって今日の朝見つけたんだもん」
だったら、こんなところで油を売っている場合じゃ無かろうに。
「じゃあ、早く言いに行ったら……」俺が言いかけたところ、雄清が口を挟んできた。
「ほかにこのことを知っている人はいるのかい?」
「えっと、実は備品のチェックを友達に手伝ってもらったから、その子は知っているんだけど……」
「それって誰?」
「新聞部の一年生よ」
雄清はまずいな、という顔をした。それほど気にすることでもないように思えるんだが。
投票用紙が残っている。いくら厳重に管理するとはいえ、人の、学生のすることだ。間違いくらい起こるだろう。
「別に、投票用紙が余っていたくらい問題にならないんじゃないか。なんで不正選挙が行われたって思うんだよ」俺はそういった。
「実は僕が執行委員になったとき、選管の手伝いをちょっとしたから、前期選挙で妙なことがあったのを知っているんだよね」
「なんだよ」
「無効票があったらしいんだ。ちょうど五十票」
「それって」
「留奈が見つけた投票用紙と同じ数だよ」
なるほどな。誰かが意図的に無効票にすり替えた可能性があるということか。だがそうはいっても。
「それで、雄清はどうしてそんな、心配そうな顔をしているんだ。誰かが悪事を働いたのだとしたら、暴かれていいじゃないか。いや、お前なら暴かれるべきだというだろう」そうだ。山本雄清とはそういう男なのだ。
「それがねえ、時期が悪いよ」
雄清は苦虫を嚙み潰したような顔をする。
時期が悪い?もうすぐ後期生徒会選挙が開かれるからか?確かに、任期終了間際の醜聞、それも半年も前のスキャンダルが露見するというのは気持ちの良いものではないだろうが。
雄清の意思を確かめるべく俺は尋ねた。
「どういうことだ」
「もし、本当に不正選挙が執り行われたとしたら、生徒会は解散、学校祭は流れるだろうね」
……。ほお、それは、悲劇だな。
俺の気持ちは置いといて。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます