悠々自適な高校生活を送ろうと思ったのに美少女がそれを許してくれないんだが
逸真芙蘭
日和見日記
八十万人の諭吉
男女平等が叫ばれて久しい。しかしそれが達成された様子は未だ見られない。男女平等論者に俺は言いたい。まず高校の制服をどうにかせよと。
入学後から女子のスカート丈は日に日に短くなってゆき、今では校内でミニスカコンテストでも開いているのかと
そもそもなぜ男女で制服が違うのだろうか。制服をスカートにする意味があるのだろうか。
セーラー服にエロチシズムを感じる輩は変態だ、軍国主義者だ、戦争賛美者だ。
そのような趣旨のことを雄清に話したら曰く、その通りならば日本人の半分は変態になる、と。寝耳に水だ。
だがしかし、そういう俺も一人の人間で、理性と本能が一致しないのが人の常である。セーラー服を着た女子に魅力は感じない。しかし制服のスカートから
……一向に制服革命の動きは見られない。この旧態依然とした状況を見るに、日本人の半分が「変態」という評価は案外当たっているのかもしれない。
そんなことより、と雄清が話題を変える。
「太郎、身の振り方は決まったのかい」
身の振り方?俺はまだ十六にもなっていないぞ。俺が訝しがるような顔をして、雄清のことを見ていると、
「部活の事だよ。まあ、聞くまでもないか。どうせ何もやらないんだろう」と雄清は言った。
「いや山岳部に入る」
「山岳部!あの太郎が!」
いちいちオーバーリアクションな男だ。そんな驚くことか。
「いつもしんどいことは避けて、楽にゆるりと生きてきた太郎が山岳部なんて!どういう風の吹き回しだい」
随分な言い種である。
確かに俺が今まで活発的でなかったのは否定できないが、別に俺は高校デビューする気はない。
「いや体を鍛えておくのは今のうちしかないからな。年取った後、寝たきりになるのはごめんだ。だから部活に入ることにした」
自分でも少し可笑しく思うほどの達観ぶりだが、こういう風に育ってしまったものを今更どうこうは出来ない。
「なるほど、太郎らしい理由だなあ」
さすが数年来の付き合いだけあって、雄清は俺の言葉に納得した様だった。
「それに」と俺は話を続けた。
「それに?」
「山岳部は廃部寸前で先輩がいないらしい。おそらく新入部員もいないだろう」
雄清は会得したようで「煩雑な人間関係に煩わされる事もないわけだ」と俺の考えを汲んだ。
「そういうこと」
「もう部室には行ったのかい」
「いやこれから行く。そして入部届も出しに行くよ」
「もう書いたのかい」
「ああ」
「珍しく張り切っているじゃないか」
「別に」
俺は席を立ち上がって教室から出る。
この春からめでたく高校生になることができた。この
偏差値はそこそこ高く、県随一ではないが、某都の旧帝には二桁の人数が進学するし、医学科進学者数もそこそこ。地元の旧帝には三桁に迫る人数が毎年進学する。歴史も古く、元は藩校だったという。
質実剛健を校訓に掲げ、勉学だけでなく、部活動はもちろん学校祭といった行事も盛んだ。
そういう、伝統の風吹く名門校に俺は進学した。
この高校では部活は自由参加なのだが、俺は体を鍛えるために山岳部に入ることにしたのだ。山を登ったことはないし、今まで関心を寄せたこともなかった。だからといって別に登山をなめているわけではない。ただ先輩後輩の面倒な関係に振り回されるのが嫌なだけだ。その可能性のないこの部活は、俺にお誂え向きの部活だったのだ。
山岳部の部室は部活棟の最上階、四階にある。学校の敷地でも最果て。明らかな冷遇だが、校舎四階分の階段を上るくらいで文句を垂れていては山岳部員としてやっていけないだろう。賑やかな一二階を過ぎると三階から既にひっそりとしている。四階に上がり、がらんとした他の部室を横目に山岳部の部室に到着した。
部室の前に立ち、しまったと思った。鍵を持ってくるのを忘れていたのだ。開いていればいいがと思ってドアに手をかける。ノブが回った。
開いているのにほっとしたと同時に俺はびくりとした。中に黒髪の女生徒がいたのだ。俺は一瞬部屋を間違えたのかと思った。だが確かに山岳部と書いてあった。この女生徒は新入部員だろうか。こちらを振り向く。俺ははっと息を飲んだ。
艶やかな黒髪に潤んだ大きな瞳、長い
極めつけは……
スカートから覗く、適度な発育の太もも。
俺は悟った。
俺は変態でも軍国主義者でも制服フェチでもない。
太ももが好きなだけだ。
閑話休題。
彼女は今まで会ったどんな女の人より美しかった。
その美少女が言う、
「あなたも入部希望者ですか。私は
「深山太郎、一年B組」
俺は
「ミヤマさんですか。B組ならお隣ですね。ちなみに、ミヤマというのは美しい山と書くのですか、それとも
「クワガタと同じだ」
「深い山ですね」
俺は少し驚いた。なぜならこのヒントでわかった奴は初めてだったからだ。
「これからよろしくお願いしますね」
綿貫さやかはそう言って、頭を下げる。
俺はどうしようかと思った。他の男ならこのような美人がそばにいるのなら喜んで入部するだろう。
だが俺が山岳部に求めたのは
「まだ入るか決めていない」
少し、正気を取り戻して、俺はそういった。
「私はもう入部届も出しちゃいました。深山さんも入ってくれるなら嬉しいです」
これは手強い。このような美少女こんなことを言われてしまうとさすがの俺でも心が揺らぐ。変な気を起こさない内に、ここはさっさとずらかろう。
「今日はもう帰るよ」
「そうですか……また来てくださいね」
彼女はややがっかりしたように見えた。
引き戸に向かうと雄清がこっそり外から覗いていた。雄清が俺の肩に手を回し、
「どうしたんだ、太郎。まだ来たばかりだろう」
どうしたは俺の台詞だ。お前はここで何をしているんだ、というのをこらえて、
「入るのをやめようと思う」と俺は言った。
「なんで、あの娘がいるからかい。綺麗だし良い子そうじゃないか」
綺麗でいい子が入部の条件になると思うのか、こいつは。
「女はうるさい。そしてうるさい女は嫌いだ」
異論は認めんという口調で言う。
これはある意味真理なんじゃないか。
だが雄清はそうは考えていないらしい。
「それは偏見だよ太郎。第一まだ会ったばかりじゃないか。いくら太郎の観察眼が鋭くてもあの娘の人となりを見抜けたとは思えない。まだしばらく様子を見てごらんよ」
様子を見ろって、俺は女そのものが苦手だって言ってんのに。
廊下で話している俺たちが気になったのか、綿貫が近づいてきた。
「深山さんのお友だちですか」
「うん、僕は山本雄清、一年B組、太郎と同じクラスだ」
雄清は親指を立てる。お前は米国の方ですか?
「綿貫さやかです」
彼女は俺にしたように、雄清にもおじぎをした。
「綿貫!これは驚いた」
雄清はひどく驚いた様子で言った。何をそう興奮しているのだろうか。綿貫という名字は確かに珍しいがそんなに驚くことか。それともこいつは有名人なのか。
「綿貫さんてあの綿貫さんだよね」
少々まくしたてるようにして、雄清は綿貫に尋ねた。
「何のことを言っているかは大体わかります。山本さんの質問に答えるならはい、と言うしかないですね」
綿貫は困ったような顔をしたが、そう雄清に言った。
こいつ何者だろうか。
「太郎、綿貫だよ、綿貫!」
飛んでくる来る唾を避けて、
「寿司職人か何かか」と俺は言った。
「違うよ!」
だから何故そう興奮するのだ。
俺は分からなかったからボケただけなのに、大声で怒鳴るこたないだろう。
綿貫とは誰か俺は知らない。
考えあぐねて黙っていると、雄清がやれやれと言いたげな様子で答えを言った。
「
へー
「大海原なら知っている」
大海原病院は日本で一、二を争う総合病院だ。うちの街にもでかい病院が
全国に関連病院があるそこの経営者の娘ならば、この綿貫さやかは
「大海原で綿貫が腸抜く仕事か」
少々下品だったか?
「ウフフ、深山さんって面白いですね」
おっ、俺の洒落が通じた。ちょっぴり感動。
「山本さんも入部希望者ですか」
雄清という
「うーん、僕は委員会の仕事があるからなあ。でも普段見られない太郎が見られるのは面白そうだ。うん入るよ」
こいつの無鉄砲さには呆れる。雄清は山を登るということを理解しているのだろうか。そして普段見られない俺とは。
俺は女が、例え美女が隣にいたとしても変わる俺ではない。そもそも俺はまだ入ると決めてもいない。
綿貫は少しきょとんとしていたが
「よかったです」と言って嬉しそうだ。
「太郎も入るんだろう。もう入部届も書いてあるんだし」
こいつ余計なことを。
それを聞いた綿貫は「そうだったんですか。私が代わりに出しておきますよ」と言って手を出す。
ああ、この女の目は魔眼なのだろうか。俺はポケットにいれていた入部届を何か得体の知れぬものに引っ張られるようにして綿貫に渡してしまった。
「確かに受けとりました」
そしてにこりとする。
先輩がいないのだ。当然部活動のガイダンスなど誰にもしてもらえない。仕方がないので今日は帰ることにした。
校門まで三人で行った。夕日に照らされ、多くの神高生が帰宅する中、部長を誰にするのかという話になった。
「僕は委員会があるからなあ、よしとくよ」
「そうですか、深山さんはどうですか」
「俺は……」
「太郎には無理だよ、それに似合わない」
何か腹が立つのだが。
雄清が続ける。「綿貫さんでいいんじゃないかな。そんなに大変じゃないだろうし、みんなでサポートするからさ」
「そうですね、わかりました。私が引き受けます」
綿貫と俺たちとでは家の方向が逆だ。綿貫は自転車に股がり逆方向に向かう。
「では」綿貫はぺこりとお辞儀をする。
「バイバイ」
「ん」
夕日を背に受け自転車を漕ぐ綿貫を見送る。
「良い子じゃないか、綿貫さん」そんな彼女を見て雄清はそういった。
まあ、それはよくわかった。あくまで第一印象だが。
「そうだな、金持ちには嫌な奴が多いと思っていたんだがな」
温室育ちの、坊ちゃん嬢ちゃん。甘ったれた嫌な奴、というのは定説だろう。雑草魂なめんなよ。
「それも偏見だよ、太郎」
そういう雄清の口調は非難というほどきつくはなかった。
「そうか」
「そうだよ」
暮れる春の空の下、からすが阿呆と鳴いている。
少々予定とは違っていたが、俺の高校生活が動き出す。
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