ライバル令嬢登場!?05
♢ ♢ ♢
「“婚約者”である私を置いてどちらに行かれてたのですか?」
一瞬で凍り付いた玄関ホール。目の前には後ろ姿のレイ君。レイ君はこちらに背を向けているため、どのような表情を浮かべているのかうかがい知れない。そして、その奥には妖精のように儚げで美しいうら若い少女。一瞬で凍り付いた玄関ホール。目の前には後ろ姿のレイ君。そして、その奥には妖精のように儚げで美しいうら若い少女。
「“本物”の婚約者――……?」
私が彼女へ向けてそう呟いた瞬間だった。レイ君は勢いよく振り返る。まるで何を言っているのだと言わんばかりに目を見開いていた。そして、強張ったような表情を浮か、あまつさえその瞳が悲しげに揺れている気さえした。
「レイ様?どうされたのですか?」
「…………」
そんなレイ君を心配そうな表情を浮かべて覗き込む彼女。
「その背後に控えている女性は、私たちを祝福しに来てくださった方ですか?」
「…………」
(こ、これは……!修羅場というやつかあああぁぁぁ!!)
なるほど。レイ君の驚いたような表情は、この場に本当の婚約者が現れて慌てているのね。悲しそうに見えるのも、本当の婚約者にこんな場面を見られたからなのね。納得!
ここで『私との婚約は嘘だったの!?』なんて言おうものなら、前世の昼ドラ並みにドロドロとした展開になる。いや、私も好きだけどさ、昼ドラ見るの。見るのは好きだけど、まさか、自分がその当事者になろうとは。
もしくは、罠だったパターン!?『私との婚約は嘘だったの!?』と言ったあかつきには、もれなく『アラサー令嬢ごときが本当の婚約者だと思っていたのですか!?』と言われて、今朝の夢が正夢になってしまうのか?
けれど、昼ドラの展開にさせないし、正夢にもさせない。なぜなら……。
「そうですわ。以前、殿下にお世話になりまして、今日は“ただの友人”として祝福させていただきたくお伺いさせていただきました」
今朝、本物の婚約者が現れた夢を見たから、もし現れた場合のありとあらゆるパターンをシミュレーションを考えていたのだから。目覚めは最悪だったけれど、ナイス私の夢!!
これは……我ながら会心の一言だと思う!これなら、修羅場にならないように穏便にことを済ますことができる。なおかつ、レイ君が誤解されないように言えたのではないだろうか!レイ君は、その言葉通りに私を彼女に紹介してくれればいいのだ。そうすれば、修羅場にもならないし、彼女にも誤解されない。
それに正夢パターンだったら、本当の婚約者だと思っていないと言っていることにもなっているし、これなら、夢のような哀れなアラサー令嬢にはならない。むしろ、ここで『アラサー令嬢ごときが本当の婚約者だと思っていたんですか!?』なんて蔑みようものなら、脈略がないってもんじゃない。
そんなことを思ってレイ君を見れば、一瞬信じられないものでも見るような表情を浮かべた。けれども、すぐににこやかな笑みを張り付けて
「何を思って、貴女がそんなことを言っているのかわかりませんが、私と貴女はいつから“ただの友人”になったのでしょうか?」
そう言いながら私の方へ歩んでくる。
あれ?なんだろう。とてもにこやかに微笑んでいるはずなのに、なぜだか怒りのオーラを纏っているような気がする。
「え、えっと……それは……」
え?レイ君、なんで、怒ってるの?本当の婚約者に誤解されないように言ったのに。
は!?もしかして、私を陥れられなかったから怒っているの!?
私は思わず目を泳がせながら後ろをじりじりと下がる。わずかに視野を逸らすと、美しい少女は呆気に取られたような表情を浮かべて、こちらを見ていた。
(や、やばい。これは、修羅場不可避!)
「それに貴女は私と彼女を祝福しに来たんですか?私が、今日貴女を招いたつもりだったんですが」
「えっと……それは、殿下が誤解されないように……」
「何の誤解でしょうか?それに、殿下と呼ぶのは好ましくないと以前お話したと思うのですが、お忘れですか?」
「うっ……」
私の言葉にレイ君はすごくいい笑顔で答える。これ以上、どう反論していいかわからず頭の中をフル回転すると、コツンと踵に何かが当たっていた。
「……――あれ?」
気がつけば玄関ホールに設けられた柱が真後ろに迫っていて、ヒールの踵に当たったようだ。レイ君の左手の甲は私の右の頬に触れる位置で壁に置かれ、代わりに右手は私の左の頬に添えられていた。
「……っ……」
(こ、これは……!壁ドンというものでは!?)
煌めくエメラルドグリーンの瞳で見つめられ、少し動けば、触れてしまいそうで、思わず息を呑んだ。
「レナ姉、さっき馬車の中で“僕”が言ったこと忘れちゃった?」
極めつけはこれだ。左の耳元での低音ボイス。
わーわーわー!!そんなこと言われましても、アラサーの頭の中はパンク寸前なわけで……。
「馬……車……?」
何のことを言っているのか、さっぱりわからないのだけれども。
「王宮の中も白いっていう話……?」
とりあえず思い出せたことを口にするとレイ君は一度『はぁ……』とゆっくり息を吐いた。耳元で息を吐くもんだから、左耳に当たってくすぐったい。
「……――うん、全く伝わっていなかったということがわかりました」
すると、レイ君はにこやかに微笑んで私に向き直る。
「どうしたら、わかってもらえるのでしょうか?」
「?」
何が?とは思ったが、何となく聞いてはいけない気がして聞けずにいると
「わっ……!」
急に引っ張られて、グラリとバランスを崩してしまう。
「レ、レイ君!?」
気が付けばレイ君の腕の中にいた。腕の上から抱きしめるように、腕を回されるもんだから動けない。レイ君の胸当たりに頭があるもんだから、それ以上身動きが取れずに慌てていると
「貴女にとっては“僕”はいつまでも子どもなんでしょうが、“僕”は貴女の“婚約者”だと伝えたと思うんだけど……」
レイ君が低くおだやかな声でそういったのが聞こえたかと思うと
「……っ……!?」
突然、首元あたりにチクリと痛みが走った。
けれども、それは一瞬のことで――……。
「思い出した?」
次の瞬間には、レイ君は私を抱きしめていた腕を外し、目の前にどこか満足そうな笑みを浮かべていた。有無を言わせないその様子に
「はい」
と素直に頷くと、レイ君は私の肩を引き寄せて、“彼女”に言い放った。
「……――ということです。私の婚約者は『エレナ・クレメンス』、彼女だけ。お分かりいただけたでしょうか?」
そして、彼女に呼びかける。『ベル・フォーサイス』と。
♢ ♢ ♢
「……ベル・フォーサイス……様?」
レイ君が言った彼女の名前を言って思い出した。
その名前を聞いたことがある。それもごく最近。それに少し緑がかった長い髪、そして透き通ったブラウンの瞳は、『ガルシアの妖精』と呼ばれ、著名な画家たちが彼女の肖像画を描いている。その肖像画の一枚を以前どこかの社交パーティーで見たことがある。だからこそ、私も彼女の顔に見覚えがあったのだ。
「なぜですの……。なぜ、レイ様は私を選んでくださらないのですか?」
形の良い桃色の唇を噛みしめ、レイ君に言い募るベル・フォーサイスを見て、先日話題になっていたことを思い出した。
そうだ。確か、先日この国の宰相の娘が第三王子に婚約を申し入れたと噂で聞いた。その第三王子こそが私の肩を抱いている『レイ・ガルシア』で、宰相の娘が、『ベル・フォーサイス』。
それにしても本当に美しい少女だ。少女漫画とかの美少女ヒロイン級の可憐さだわなんて思っていると
「私の記憶が確かなら、私には心に決めた人がいると、婚約の件は先日お断りしたと思うのですが……」
私の肩に添えられた手にぎゅっと力が入った瞬間、スッとレイ君に引き寄せられた。
「その人が、そうなのですか?」
「えぇ」
「レイ様は私ではなくて、その方を選ぶと……」
「ですから、貴女の婚約者になった覚えはないのですが」
信じられないとばかりに私をまじまじと見る彼女。それに対してレイ君は顔色一つ変えずにあっさりと答えている。
当然の如く口を挟めるわけもない私は黙って二人の様子を伺うと、彼女は唇を固く結んだままレイ君に向けていた瞳を今度はこちらに向け言い放つ。
「なぜ、私ではないのですか。そんな女の何がいいのです!?」
「う……」
ベル・フォーサイスの言葉がグサッと心に突き刺さる。
「はっきりと申し上げて気品や美貌というのならば、私はこの方に負けているとは思えません。レイ様と全然釣り合っていませんわ」
「確かに……」
むしろ負けているなと思うと悲しくなってくる。それに、確かにレイ君みたいなイケメンと並ぶと見劣りしかしない気がする。
「それに年だってレイ様とかなり離れているとお見受けいたします。はっきりいって、その年まで婚姻されていないということは魅力がないということではありませんか!?」
「魅力が……ない」
心の中で何かがピキピキとヒビが入る音がした。エレナ・クレメンスの心のライフは残りわずか。言い返す言葉がなく、ただただ苦笑い。そんな私に構わず彼女は続ける。
「そんなに婚期を逃した彼女が哀れですか?それとも、何か弱みを握られて婚約を迫られているのでしょうか?」
「……婚期、哀れ、脅し」
あぁ、もう駄目だ。心の中でパキンと何かが折れる音がした。自分が情けなく、ただただ力なく笑うしかできない。思わず俯きかけた瞬間
「話にならないですね」
口を開いたのはレイ君だ。傍らに立っているレイ君を見れば、そのエメラルドグリーンの瞳は鋭く彼女を見据えていた。
「私は、彼女ほど魅力的な人を知りません」
そして、きっぱり言い切った。
(……レイ君?)
「どこが魅力的なのですか!?私にはさっぱり理解できません」
確かにと心の中で思わず同意してしまう。若さも美貌も悲しいかな……勝てる気がしないんだけれども。そんなことを思ってレイ君を見上げれば
「貴女に理解してもらう必要はありません。彼女の魅力を知っているのは私だけで十分ですから」
レイ君はにこやかに微笑みながら私を見返すもんだから、エメラルドグリーンの瞳と目が合うわけで……。エメラルドグリーンの瞳が優し気に細められ、ドクンと胸が高まった。
(レイ君……)
レイ君の一言でホッとする自分がいた。
「誑かされているのではありませんか?」
「私が誰かに誑かされるように見えますか?」
「では、その方に魔法をかけられているの?そうなのでしょう!?」
「私を魔法で操ることができる方がいらっしゃるのなら、是非見てみたいものです」
「ならば、やはり何か弱みを握られて脅されているのではありませんか?」
「脅し程度でこの私が屈するとお思いでしょうか?」
「それは……」
ベル・フォーサイスの反論にレイ君は即答していく。そのたびに彼女の声は弱々しくなっていく。もう、何も反論する言葉が出てこなくなったのか、彼女は唇をぎゅっと噛んだ。黙りこむ彼女に
「それに、婚約を断ったはずなのに、婚約者面をする貴女の方が余程愚かしいと思いませんか?」
レイ君はズバっと言い切った。
「それは……」
ぐうの音もでないのだろう。彼女はただ悔しげに顔を歪めるばかりだ。そんな彼女に対して
「ベル・フォーサイス、“私”の“婚約者”に対する侮辱は私に対する侮辱と同意です。それ以上“私”の“婚約者”に対して陥れるようなことをすれば、然るべき罪を問うのは厭いませんが?」
私の肩にぐっと力を入れながら言い放つレイ君。『レイ様……』と真っ青な顔で呟く彼女に静かにレイ君は言い放つ。
「私の気が変わらぬうちに、下がりなさい」
ぴしゃりと言い放ったレイ君に一瞬何事か言いかけた彼女は、その美しい顔を歪めて唇を噛みしめた。そして
「……失礼しました」
震える声でそう言って深々と頭を下げ、そのまま自らが入ってきた扉へ向けて駆け出していく。パタンと扉が閉まるとそこには私とレイ君だけが残った。すると、肩に触れていたレイ君の手が離れるやいなや
「申し訳ありません」
そう言ってレイ君は私に向き直る。
「何で、レイ君が謝るの?」
「貴女に不快な思いをさせてしまったので」
レイ君は申し訳なさそうな表情を浮かべて、肩を落とす。
「でも、それはレイ君のせいじゃないし、実際その通りだし」
年増だってことも、レイ君と釣り合っていないっていうことも。思わず目を伏せていると
「レナ姉は、ベル・フォーサイスよりも魅力的だよ」
エメラルドグリーンの瞳と目が合った。レイ君はしゃがんで『だから……』と、私と目線を同じくしてレイ君は無邪気に笑って囁いた。
「笑った顔、照れた顔、優しい声色、レナ姉の全てが“僕”は愛おしいんだ」と。
「……レイ君」
レイ君の笑顔にドクンと胸が高鳴り、その笑顔をずっと見ていたいとさえ思ったのは何故だろうか。
♢ ♢ ♢
その頃――……
「エレナ・クレメンス、許しませんわ……」
唇を噛みしめたベル・フォーサイスは城の外で呟いていた。
そして――……
「貴方達、レイ様の目を覚まさせるわよ」
向けられた悪意は静かに動き出す。
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