僕が彼女と出会った日05
♢ ♢ ♢
「懐かしいですね……」
“彼女”に会った日のことは目を閉じれば脳裏に蘇ってくる。
今日、10年間、会いたくて会いたくてたまらなかった“彼女”に会えた時は震えそうなほど嬉しかった。10年前は、大きいと感じていた“彼女”の手は、今では“僕”の手にすっぽりとおさまっていた。昔は見上げていた“彼女”の顔が、今では“僕”の肩よりも下の位置にあって、今では“彼女”の方が“僕”を見上げていた。優しい声色、芯の強そうな瞳、それに様々に変化する表情は、かつて“僕”が恋をしたときのままで……。
「やはり、子どもの戯言だと思われていたみたいですね……」
けれども、先ほどの“彼女”の驚いた表情を思い出し、思わず苦笑する。
あの日、“彼女”に出会った日からの“僕”の行動は早かった。アレン兄さん、シリウス兄さんに“彼女”と約束した通り、きちんと謝り、目を丸くされた翌日、“僕”たちは王宮に戻った。そして、“僕”は両親に『エレナ・クレメンス』との婚約を認めてもらうために、交渉した。両親はというと、最初は本気にしていなかった。けれども、諦めず毎日説得を続け、どうやら本気のようだとわかった両親は、9つ上の令嬢ということもあって渋ってはいたが、結論から言うと『条件つき』で折れた。
その条件とは『“僕”が18歳の時まで、“彼女”に“僕”が婚約者であるということを秘密にして、そして周囲にも秘密にしたまま、一瞬でも心変わりする令嬢が現れたら“彼女”のことを忘れること』。
あとから考えてみれば、両親にとって“僕”の将来を思ってのことと、“彼女”に対する配慮だったのだと思う。あの時、誰一人として、8歳の子どもが10年間も想い続けられるとは思ってもおらず、もし“僕”が心変わりをしたときに(絶対にありえなかったのだが)、“彼女”が傷つかないようにしたのだと思う。だから、“彼女”にも秘密でとのことだったのだと思う。
説得に成功した“僕”は両親に、後日クレメンス家に連絡を取ってもらい、婚約を取り付けるために改めてクレメンス家に赴いた。もちろん、“彼女”が学校に行っているときに秘密裏に。クレメンス家のご夫妻は“彼女”が語っていたように、とても優しい人たちでその当時まだ8歳だった“僕”の言葉を真剣に聞き入れてくれた。もちろん婚約の条件も含めて、すべて話した。“彼女”の父リヒトは『殿下が本当に娘を愛しているというのなら、よろしくお願いします。けれど、殿下はこの先、未来のあるお方。もし、娘よりもよき人に出会えたのなら、陛下のおっしゃられたように、他の方と添い遂げる道もあることをお忘れなさいませんように』はそう語り、“彼女”の母アイリーンは夫の言葉に深く頷いた。こうして“僕”は、晴れて『エレナ・クレメンス』の婚約者になったのである。
“僕”が15歳の頃にもなれば、見合いの話やパーティーで一緒になった令嬢から婚約の話を持ち掛けられてきた。けれども、“僕”の心はそんなことでなびくわけもなく、“僕”はひたすら“彼女”の隣に立って誇れる自分になれるよう、勉学、魔法、剣術とありとあらゆることを極めていった。そうやって長きに渡る戦いが、先日の18歳の誕生日に終わったのである。
けれども、一つの誤算としては、“僕”が“彼女”の婚約者であるということは“彼女”にも秘密だということだった。幼心にも、“彼女”と交わした約束が、“彼女”が子どもの戯言だと思っていても不思議ではないことくらい感じていた。だから、“彼女”が他の誰かのものになるかもしれないということだけが恐ろしかった。
現に“彼女”が二十歳を過ぎたころになると、縁談の話が出ていた。この国の令嬢たちの結婚は早い。二十歳とならずに結婚をするのが通例だった。妙齢の令嬢がいると聞きつけた貴族の子息たちは、縁談を持ち掛け、“彼女”はその縁談に応じようとした。それを聞きつけた“僕”は、ありとあらゆる手段を使い、“彼女”に近づこうとする男を排除していったのだけれども。
二十三歳になり“彼女”自らお見合いをしようとしたり、年下の令嬢たちと貴族の子息を含めたパーティーを開こうとしたりしていた頃には、自らの約束がやはり子どもの戯言だと思われていたのに気が付いた。まぁ、結局は、妨害をしていったのだが。
とにかく“彼女”を誰にも渡したくない一心で、手を尽くしていった。我ながら、“彼女”のことになると平常心ではいられなくなる。愛しくて愛おしくてたまらない。
ちなみに、それらの情報を教えてくれたのは“彼女”の弟。『ルーカス・ガルシア』。彼との出会いは……。少しばかり長くなりそうなので、またいつか語ることにしよう。
ふーと息を吐いてベットに倒れこんで、天井を見上げる。無造作に前髪が目にかかった。そのまま瞼を閉じて、今までのことを思い出す。様々な思いがこみ上げてくる。
「……10年経っても私の想いは変わりませんでした。貴女は、今、何を思っていますか?……――エレナ」
呟いた言葉は、自室にやけに静かに響き渡る。窓の外には月が星空の中、ひと際輝きを放っていた。
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